Ep.1彼女の見た世界 ※彼女視点です。パターン2
※このエピソードはEp.1.2の場面での彼女から見た視点です。
〜冷たい朝〜
5月18日
銀色の懐中時計
冷たい朝の空気が陽射とともに木々が芽吹く。吐く息は白く、瞬く間に朝日に溶けていた。霜で白くなった地面を踏みしめながら、私はポケットに手を滑り込ませた。指先に触れる冷たい感触。それは父の形見である、銀色の懐中時計だった。
精巧な文字盤が静かに時を刻んでいる。午前7時ちょうど。私は、いつもこの時間に家を出る。凍えるような冷たい朝の道のりを、ひとり歩くのが好きだった。
カツン、カツンと、革靴の音が静かな住宅街に響く。遠くで聞こえる車の音や、まだ夢の中にいるような家々の灯り。私は懐中時計をそっと握りしめると、父の温かい手がそこにあるような気がした。
父はいつもこの時計を大切にしていた。どんな時も、この時計で時間を確認していた。私が幼い頃、父はよくこの時計の音を聞かせてくれた。「チクタク、チクタク、この時計は代々受け継がれ生きた時計なんだよだから、一日一日を大切に生きなさい…そして、この時計はほんとに大切な時にだけ使いなさい」と…言って私は父の言葉を胸に、今日も学校へ向かう。校門をくぐり、昇降口で上履きに履き替える。教室に入ると、友人たちの賑やかな声が私を迎えた。日常が始まる。…ふと、ポケットの中の懐中時計に触れる。冷たかった金属は、じんわりと温かくなっていた。この懐中時計が、私の毎日を静かに、そして確かに支えてくれている。
放課後…私は、一人家路へ向かった。
横断歩道を渡り始めた一人の男子生徒。そして、その視界の端に、猛スピードで迫る黒い影。トラックだ。けたたましいブレーキ音も虚しく、その巨体は彼めがけて一直線に突っ込んでいく。
「──!」
私の指先が、無意識のうちに制服のポケットを探った。そして、ひんやりとした金属の感触を掴む。父の形見である、古びた懐中時計。
それを、ぎゅっと握りしめた──その時。
世界は、一瞬にして静寂に包まれた。
猛スピードで突進していたトラックのタイヤは、アスファルトの数センチ手前でぴたりと止まり、その姿はまるで彫刻のようだった。耳障りだったセミの声も、どこかから聞こえていた鳥のさえずりも、そして、肌を撫でるはずの風さえも、すべてが、消え失せた。そんな中一つ異変が起きた。横断歩道を渡りかけていた男子生徒は呆然としたまま立ち尽し動いているのだ。
時間は、完全に止まっていた。
色彩は鮮やかなままなのに、まるで一枚の絵画の中に閉じ込められてしまったかのような、不思議な感覚。私は、その静止した世界の中、彼は動いているのである、鼓動が高まった。ドクドクと脈打つ自分の心臓の音だけが、やけに大きく響いている。
なぜなのだろうか。彼は…
握りしめた懐中時計が、わずかに温かい。これが、父の言った力なのだろうか。ふと、彼を見ると彼は私と似た懐中時計を持っていた。
その時だった…
「この世界には二つの時計が存在する。一つは時を止める。もう一つは……わからない。だが言えることがある。それは、力を使うことで寿命を削るということだ。だが決して…」
父の言葉が、私の脳裏に鮮明に蘇る。あの時の父は、いったい何を思っていたのだろう。そして、この懐中時計に秘められたもう一つの力とは何なのだろうか。
私は彼に尋ねた
「危ないところでしたね、あなた。もしかして、時計を持っていますか?」
彼は振り向いた。私は彼の時計を見た。「(やっぱり似ている。)」
彼は「えっ…?」と言って呆然として立ち尽くしていた。
「やはり、持っていたのですね。よかったわ。それがあれば、大丈夫」彼は時計を持っていたから動けた。
私はこの現象に違和感を抱きつつ彼の目の前から去った。