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秒針が導くCHRONOS  作者: わたろう
彼女の見た世界
2/4

Ep.2記憶

*すべてフィクションです

         〜探求〜

        5月


朝、薄く目を開けると、部屋の空気が肌を刺すように冷たい。まるで昨日までの温かさが、全て夢だったかのように。ふとんからそっと手を伸ばすと、ひんやりとした空気が指先を包み込んだ。

「あれ……やっぱり夢じゃないよな……」

思わず声に出して呟く。昨日、確かに何かが起こったはずだ。胸の奥に、ぼんやりとした輪郭を持つ記憶の破片が横たわっている。それは、現実離れしていて、だからこそ夢だと自分に言い聞かせたいような、そんな出来事だった。

身支度を整え、重い鞄を肩にかける。玄関の扉を開ける直前、少しだけ迷った。昨日通った道――あの出来事が起こった場所を避けるように、いつもの通学路とは違う道を選んで学校へ向かう。冷たい空気が肺を満たし、吐く息が白く染まった。

午前中の授業は、まるで頭に入ってこない。二コマ目が終わり、昼食の時間になっても、誰かと話す気分にはなれなかった。購買で買ったパンを一人、窓際の席で黙々と食べる。午後の授業も上の空で、放課後になっても、教室に残る生徒たちの賑やかな声が遠くに聞こえるばかりだった。やがて、その声も途切れ途切れになり、気がつけば教室には僕一人だけになっていた。ふと時計のことを思い出した。

胸元に潜めていた時計を見た。あれは何だったのだろうか。

秒針がチクタクと音を立てるたびに、不安と期待が入り混じった奇妙な感情が胸の奥で渦巻いた。あの瞬間、時計はただ時を刻む道具ではなかった。それは、僕の心臓の音に合わせて、不思議な装置のように感じられたのだ。

そして、僕は再び時計に目をやった。

いつも通りのリズムで秒針を刻むそれは、以前と変わらず冷たい金属の塊だった。あの時のざわめきは消え失せ、僕の心臓もまた、いつも通りの静かな鼓動に戻っていた。

あれは、一瞬の幻だったのだろうか。それとも、僕の心が作り出した、切ない願望の現れだったのだろうか。

冷たい時計だけが、その問いに答えず、ただ静かに時を刻み続けていた。

一体なんだったのだろうか。

そんなことを思いつつ1週間ほどたった。

ある日の昼頃、僕は昼食を持って屋上へと上がった。いつものように人気のない場所で、今日の献立である焼きそばパンを手に持ち歩いていたその時だった。

屋上のフェンスにもたれかかるように、一人の女が立っていた。まさか、と僕は目を凝らす。そこにいたのは、あの時、あの場所で見た女だった。以前と同じ、いや、それ以上に強い日差しが彼女の白い制服を眩しく照らしている。風が彼女の髪をそっと揺らし、その指先には何か小さなものが握られていた。

彼女は僕に気づくと、ゆっくりとこちらを向いた。そして、にこりと微笑んだ。その表情は、以前僕が見た時よりもずっと柔らかく、まるで春の日差しのように暖かかった。

「こんにちは」

彼女の透き通るような声が、屋上の静寂に響いた。僕は反射的に「こんにちは」と返したが、心臓の音がうるさくて、自分の声が震えているのが分かった。彼女がなぜここにいるのか、何故僕に微笑むのか、全く分からなかった。ただ、その微笑みが、僕の胸の奥にしまい込んでいた何かを、そっと揺り起こしたような気がした。

そして彼女は、少し申し訳なさそうに眉を下げた。

「この前は、何も言わずに帰っちゃってごめんね」

そう言って、彼女は手に持っていたもの――それは、あの日見た懐中時計だった――を、そっと僕に見せた。陽光を浴びて鈍く光る銀色の時計は、なぜか見る者の目を惹きつける不思議な魅力があった。

「この時計、ね。実は時間を止められる時計なの」

その言葉に、僕は息を呑んだ。時間を止める? そんな非現実的な話が…。しかし、彼女の瞳は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。

「でも、これを使うと、時間を止めた回数だけ、私の寿命が縮んじゃうのおそらくあなたが持っている時計も同じだと思うよ…」

彼女の声が、わずかに震えた。まるで、その言葉の重さを噛みしめるように。

「どうしてこんなものが作られたのか、私にも分からない。ただ、私が持っているこの時計は、お父さんがくれた物なの」

彼女の視線が、遠くの空へと向けられた。その横顔は、一抹の寂しさを帯びているように見えた。僕は、何も言えずにただ彼女の言葉を聞いていた。この目の前の少女は、僕の知らない、あまりにも不可思議な秘密を抱えているようだった。そして、その秘密が、僕と彼女を引き合わせたのだとしたら、それは一体、何を意味するのだろうか。彼女が言った「ごめんもうすぐ授業始まるから先に行くね」


放課後、僕は一人、先日訪れた古時計屋の扉を再びくぐった。カランコロンと、気の抜けたようなドアベルの音が店内に響く。カウンターの奥から白髪交じりの店主が顔を上げ、僕の顔を見て小さく頷いた。店内は相変わらず、様々な時計の規則正しい時を刻む音で満ちている。

僕は店主に話しかけた。

「あの、先日この時計を買った者なんですけど」

店主はにこやかに頷いた。

「ああ、覚えてるよ。どうだい、調子は?」

「はい、おかげさまで。それで、この時計のことなんですけど、少しお聞きしたいことがあって」

僕は、ずっと心に引っかかっていた疑問を切り出した。

「この時計は、どこから手に入れたものなのですか?」

店主は目を細め、遠い昔を懐かしむような表情を浮かべた。その表情は、まるで古時計の時を刻む音のように、ゆっくりと紡ぎ出された。

「これはね…」

店主の言葉に、僕は耳を傾けた。

「昔、男がここに入ってきたんだよ。その時だったのかな…彼はこの時計を預けるべき人が取りに来ると言って去っていたんだよ。困ったものだよこんなもの急に渡されて…ただ、そうだな……君に伝えてなかったことがある。この時計は少し他のと変わっているだよ

…………すまないがそれぐらいしか言えない。よくわからないもんでね…」

僕は、店主の話に引き込まれた。

「だから、これはただの仕入れ品じゃないんだよ。長年の歴史と、色々な人の思いが詰まった、いわば『生きた時計』だ、と思いたいものだよ…」

僕は自分の時計をもう一度見つめた。ただの古い時計ではない、何か特別な存在感を放っているように思えた。この時計がこれから僕のどんな時を刻んでくれるのか、改めて期待に胸が膨らんだ。

「貴重な話ありがとうございます。」

店主は言った「こちらこそうちも気難しくてね…迷っていたところ君が買ってくれてほんとありがたいよ。」

 僕 「では」

そう言って僕は古時計屋を出た。

外は先ほどまでの雨が上がり夕焼け空が見える

「(さぁ帰るか…………)」

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