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秒針が導くCHRONOS  作者: わたろう
彼女の見た世界
1/4

Ep.1 秒針

      

        〜繰り返す秒針〜


          11月18日

毎日が同じことの繰り返しで、僕の日常は薄いグレーのヴェールに覆われていた。特別なこともなく、人目を避けるように過ごす僕は、クラスメイトから「陰キャ」と呼ばれていた。それでも特に不満はなかった。それが僕の日常であり、僕の世界だったから。

ある日のこと。11月も半ばに差し掛かり、冷たい風が肌を刺すような日だった。凍える体を温めようと、いつもより少しだけ早足で帰路についていた。ふと、見慣れない店が目に留まった。古びた木製の看板には、かすれた文字で「古時計屋」と書かれている。店の奥から漏れる暖色の光と、チクタクという規則的な音が、なぜか僕の足を止めた。

吸い寄せられるように店のドアを開けると、そこは時が止まったかのような空間だった。壁一面には大小さまざまな古時計が飾られ、それぞれが異なる音を刻んでいる。僕はその中で、ひときわ目を引く懐中時計を見つけた。真鍮製のずっしりとした重み。蓋を開けると、繊細な文字盤と、まるで複雑な歯車が、静かに時を刻んでいた。

店主は白髪の老紳士で、僕の視線に気づくと優しく微笑んだ。「これは、もう随分長いことここで時を刻んできた時計じゃ。持ち主の時間を、そっと見守ってくれるはずじゃよ。」

なぜか僕は、その言葉に惹かれた。今まで何にも興味を持てなかった自分が、この懐中時計にだけは強く心を惹かれたのだ。僕はなけなしのお小遣いをはたいて、その懐中時計を買った。

家に帰り、僕はすぐにそれを首から提げた。時計は僕の胸元で、規則正しくチクタクと音を立てている。その音は、僕の心臓の音と重なり合うように感じられた。次の日から、僕の日常に少しずつ変化が訪れた。


 次の日、僕は懐中時計を胸元に潜めて学校に向かった。いつもと変わらない通学路。だが、その日は何かが違った。いつもの交差点を渡ろうとしたその時、

突然、右から猛スピードで一台のトラックが僕の目の前に現れた。

一瞬、全てがスローモーションになったように感じた。タイヤのスキール音、クラクションのけたたましい響き、そして迫りくる巨大な影。避ける間もなく、僕はただ目を閉じることしかできなかった。


 次にまばたきをした時には、トラックは僕の目の前でぴたりと止まっていた。

道を走っていたトラックは急に動きを止め、窓に当たるはずだった小雨は、空中に張り付いたように見えた。行き交っていた人々の足音が聞こえなくなり、上空を飛んでいた鳥も羽ばたくのをやめて、その場でぴたりと止まっていた。

すべてが、その場で止まっていた。私だけが、呼吸をしていた。心臓の鼓動が、自分の耳にはっきりと響いた。信じられないことに、僕は無傷だった。心臓がバクバクと激しく鳴り響いている。何が起こったのか、理解が追いつかない。

身体が鉛のように重い……それでも、足に力を入れれば、わずかながら体重を移動させることができる。

なぜだ?

僕は混乱しながらも、この異常な状況に抗うように、身体を動かそうとした。すると、ひんやりとした硬い感触があることに気づいた。ポケットに手を入れると、そこにあったのは、身につけていた懐中時計だ。

銀色の古いデザイン。手触りもずっしりと重い。しかし、その時計を握りしめた瞬間、僕の身体から、鉛のような重みがわずかに引いていくのを感じた。

動ける。

僕は驚きと共に、ゆっくりと一歩を踏み出した。アスファルトに固定されていた足が、まるで水の中を歩くように、ゆっくりと前に進む。まさか、この懐中時計が?

思考は追いつかないが、状況が動いていることだけは確かだ。僕は、あの止まったトラックの影から逃れるように、必死で歩道へと向かった。一歩、また一歩。止まった世界をかき分けるように、不自然な動きで僕は進む。トラックの巨体が、凍り付いたまますぐ目の前にある。このままでは、時間が動き出した時、確実に轢かれてしまう。

焦燥に駆られながらも、僕はどうにか歩道に到達した。地面に足が着いた瞬間、

「危ないところでしたね、あなた。もしかして、時計を持っていますか?」

突然、背後から澄んだ声が聞こえた。振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。彼女は僕と同じように、この異常な静寂の中で、まるで何事もなかったかのように立っていた。そして、その首元には、僕が持つものとそっくりな、銀色の懐中時計が揺れていた。

彼女はまっすぐに僕の胸元を見つめている。いや、僕が手にしている懐中時計を見ているのだ。

「えっ…?」

僕は呆然としたまま、手に持った時計に目を落とした。やはり、同じだ。この女性も、同じ時計を…

彼女は僕の混乱した表情を見て、ふわりと微笑んだ。その笑みは、この凍り付いた世界の中では、あまりにも現実味を帯びていた。

「やはり、持っていたのですね。よかったわ。それがあれば、大丈夫」

彼女の言葉の意味が理解できない。だが、その言葉には、不思議な説得力があった。僕がこの時計を持っていたから、動けた?そして、助かった?

その時、彼女が首元の懐中時計をそっと掌に包み込んだ。次の瞬間、止まっていた世界のすべてが、一気に動き出した。

「キィィィィィィィィ!」

耳をつんざくようなタイヤのスキール音と、けたたましいクラクションが響き渡る。降り注ぐ小雨が、顔に容赦なく打ち付けられる。目の前を、巨大なトラックが轟音を立てて走り去っていく。

僕は歩道に立ち尽くしていた。身体は小刻みに震え、心臓が激しく脈打っている。トラックはすでに遠ざかり、何事もなかったかのように日常の喧騒が戻ってきた。

まるで、全てが幻だったかのように。

僕は呆然と、手に持った懐中時計を見つめた。ひんやりとした重みが、確かにそこにある。そして、目の前には、さっきまでそこにいたはずの女性の姿は、どこにもなかった。

一体、何が起こったのか。あの女性は誰だったのか。

胸元で微かに鼓動を打つ懐中時計が、僕の現実を揺るがし始めた。これは、始まりに過ぎない。そんな予感が、僕の全身を駆け巡った。



*全てフィクションです。

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