4・入隊試験
「ははははは! 入隊希望なら最初から言えよ!」
豪快に笑いながら、件の男性兵士――オリバーさんはべしべしと何度も私の肩を叩いた。
ちょ……地味に痛いんですけど……。
それにしても、随分と私への扱いが荒くない?
「小僧、名前はなんて言うんだ?」
え? 小僧?
ひょっとして私、男の子だと思われてる?
まあ確かに今の私の服装は男装に近いし、長い髪をキャスケット帽に隠すようにしてまとめてるから、あんまり女性っぽく見えないかもしれないけど。
それより名前を名乗らなきゃ。
「あ、えっと。ユノ……」
「ユノねえ……なんか女みたいな名前だな」
女みたいって……女なんだけど。
まあいいか。
オリバーさんに案内されるまま、私は訓練場までやって来た。
訓練場は楕円形の闘技場のような雰囲気だった。
私とオリバーさんはそのちょうど真ん中あたりに向き合うようにして立っている。
その周囲には訓練兵達がギャラリーをつくっていた。
「とりあえずユノ、お前、どのくらい剣を扱えるんだ?」
「えーっと、一通りは扱えるかと」
「全くの初心者ではないってことか。それなら一度お前の剣術の腕前を見せてもらうが、いいか?」
「入隊試験……というわけですか?」
「まあ、そんな所かな」
剣を握るのは数年ぶりだ。
果たして私に入隊試験を突破できるのだろうか。
まあ考えててもしょうがない。
「ほらよ、こいつを使いな」
オリバーさんが投げてよこした木刀を右手でキャッチする。
両手で木刀の柄を握り中段構えをとる。
懐かしいこの感覚。
まだ身体は剣術を覚えている。
これならいけるかもしれない。
「さあ、遠慮はいらねえぜ。いつでも来な」
オリバーさんも余裕の笑みを浮かべながら木刀を構えた。
構えが何だか崩れてるような気がするけど、相手は現役の兵士なんだ。
私なんかよりも遥かに経験豊富なはずだ。
遠慮してる余裕なんてないだろう。
となれば私にできるのは……。
最初から全力で技を出すだけだ。
「いきます!」
掛け声と共に右足で思いっ切り地面を蹴って前方に飛び込み、相手との間合いを詰める。
オリバーさんはまだ動いてない。
相手の間合いに入った。
今オリバーさんが木刀を振り下ろせば、私は打撃を受ける。
だけどここで足を止めちゃダメだ。
一瞬たりとも止まらない。
やられる前にやるんだ。
飛び込んだ勢いをそのまま両手に乗せて木刀を下段から振り上げる。
狙いは相手の獲物!
逆袈裟斬り!
パァァン! と木刀がぶつかる音が訓練場に響き渡る。
一本の木刀がクルクルと宙を舞って地面に落ちた。
私の木刀じゃない。
私の両手はしっかりと、木刀の感触を感じている。
「な……なんだ今の動き……全然見えなかった……」
顔をあげるとオリバーさんが啞然とした表情で固まっていた。
手ぶらになった両手を宙に止めたままのポーズで。
「す、すげええええ!!」
「あの小僧、オリバーさんに勝ったぞ!!」
「あんな剣術、初めて見たぜ!」
周りで見物していた訓練兵達から歓声が上がった。
そっか……私、勝ったんだ。
「この俺が負けるなんてな……ま、まあ油断してただけだし! 次も同じようにいくとは思うなよ?」
「は、はい! わかってます」
そっか。油断してただけか。
私が勝てたのはビギナーズラックみたいなもんか。
だとしても今は素直に嬉しい。
私の剣術の腕が思ったより落ちてなくて。
「それで、試験の結果は?」
「ああ。もちろん合格だ! これから我が隊で基礎訓練に励んでもらう。お前を歓迎しよう、ユノ!」
そう言ってオリバーさんは豪快な笑みを浮かべてサムズアップした。
「ありがとうございます! わた、いや、ボク頑張ります!」
「うおおおおお!! 期待の新人だぜ!」
「これからよろしくな! ユノ!」
周囲にいた訓練兵達が私を囲んで思い思いに歓迎の挨拶をしてくれた。
誰かに歓迎されることがこんなに嬉しいことだったなんて。
胸が熱くなるのを感じながら、私も笑顔で彼らに挨拶を交わした。
――
訓練場で宮廷警備隊の入隊手続きを終え、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、
「おい、お前」
突然のぞんざいな声に振り向くと、一人の青年が立っていた。
「どなたですか?」
「俺はライアス。さっきの戦い、見せてもらったぞ。まあまあな剣術だったな」
「は、はあ……」
ライアスと名乗るその青年は歳は20歳くらいだろうか。
私より少し年上かもしれない。
背は高く、美しい金髪と吸い込まれそうなエメラルドの瞳が印象的な美青年だ。
だが、その傲慢な態度のせいで、せっかくの美青年が台無しだ。
どこかの高名な家柄のご子息だろうか?
帝国の社交界はとても広く、全ての皇族や貴族方の名前や顔を把握するのは困難だ。
必死に記憶を掘り起こしても、どうしてもライアスという方の事はわからない。
こんな宮廷の奥深くに出入りしているということは、一定以上の身分の方だと思うけど……。
それにしても、初対面でいきなり「お前」なんて、ちょっと失礼じゃない?
「あの……何か御用でしょうか?」
思わず不快感をあらわに尋ねると、ライアスは面白そうに口元を歪めた。
「そう怒るな。ちんちくりんにしてはまあまあの剣術だと思ってな」
ち、ちんちくりん!?
チビってこと!?
そりゃ、確かに背は低い方かもしれないけど。
だとしても、そんな言い方ないでしょ。
人を小馬鹿にしたような言い草に腹が立つ。
「褒めてやったのにつれない態度だな」
ライアスはフンと鼻を鳴らしながら、まるで私を値踏みするような視線を向けてきた。
その鼻をへし折ってやりたくなる衝動を必死に押さえる。
「あの……何か御用でしょうか?」
「いや、ただお前みたいな剣士がどこまでやれるのか興味がわいただけだ。一応覚えておくぞ」
そう言い残してライアスは去っていった。
何なの、アイツ。
あんな失礼な人に興味を持たれても嬉しくないんですけど。
まあでも、もう二度と会うこともないでしょ。
この時の私はそう思っていた。
まさかこの出会いが、私の運命を大きく変えることになるなんて、この時は想像もしていなかった。