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1.プロローグ


「この結婚は家同士の都合だ。お前を愛するつもりはない」


 結婚式の夜、ユノは新郎のアレクシスから冷たくそう告げられた。


 確かに彼の言う通り、この結婚はロシュフォード公爵家とルシエール侯爵家の結束を強化するために、双方の当主同士が決めた政略結婚だ。


 アレクシスとの婚約はユノが11歳の時に決められたものだが、婚約者であるアレクシスと直接会ったのは5年経った今日、結婚式の当日だった。


 私の姿を一目見ただけで、彼は興味を無くしたようにそっぽを向いてしまった。


 どうやら私の外見が気に入らなかったらしい。


 やはり話に聞いていた通りの人だと思った。


 貴族学校に通っていた頃から、アレクシスの”評判”は音に聞いてはいた。


 公爵家の長男としての立場を利用して、次から次へと派手好きの令嬢達とのお遊びにご執心だということを。


 私の外見は栗色の髪に黒い瞳という、侯爵家の令嬢としては地味な外見だ。

 彼の好みの女性像からは外れているということだろう。


 もちろん私も自分の外見が地味であるという自覚はあったので、この日のために特注したウェディングドレスはとにかく華やかさを重視したつもりだった。


 それでも地味な外見をごまかすには華やかさが足りなかったのか。


「お前は俺の妻として最低限の役割を演じてくれさえすれば、どこで何をしようが勝手にするがいい。俺もお前のすることに口を出すつもりはない。まあロシュフォード公爵家の名を汚さない程度には節度を守ってもらうがな。その代わりお前も俺に干渉しないでもらおうか」


 つまり、この結婚は公爵家の跡取りとしての義務を果たしただけで、私には興味はない、これからも自分好みの華やかな貴婦人方と交遊を続けたいという宣言である。

 仮にもこれから共に結婚生活を送る相手にかける言葉としては、あまりに冷たすぎるのではないか。


「間違っても、俺に愛して欲しいなどと期待しないことだ」


 吐き捨てるように冷たく告げると、アレクシスは部屋を後にした。


 残された私は心にぽっかりと穴が空いたような、虚しい気持ちでただその場に立ち尽くしていた。


 私ユノは、ルシエール侯爵家の次女として生を受けた。


 ルシエール侯爵家と言えば代々優れた騎士団長を輩出する、帝国を代表する名門貴族だ。


 父は現職の帝国騎士団長。


 そして私の姉である長女エリーゼは、帝国内でも重要な立場にある王国の王太子の婚約者という地位を射止めた、未来の王妃様だ。


 母譲りのブロンドの髪はシルクのように美しく、翡翠の瞳は宝石のように輝いている。

 その美貌は王宮でも一際注目を集める存在だ。


 そして勉学にも才を発揮し、剣術の腕もそこらの男性騎士では歯が立たない。

 父であるジークベルトもエリーゼを我が一族の誇りだ、と事あるごとに周囲に自慢するほどだ。


 両親の期待と、そして愛情を目いっぱい浴び続けている。


 そんな姉を持つ私はというと、幼い頃から病弱で臥せっていることが多く、両親からはほとんど期待されていない。


 なんとか両親に振り向いてもらおうと勉学にも剣術にも努力したけれど、出来の良すぎる姉と比較されるとどうしても劣ってしまう。


 そして待望の長男である弟が誕生すると、私の存在はますます無視されていった。


 私は病弱な身体に鞭を打って死に物狂いで勉強に、武芸に努力した。


 両親に振り向いて欲しい。存在を認めて欲しい。


 愛して欲しい。


 それだけを胸に秘めながら……。


 だけど現実は、非情だった。


 努力すればするほど、姉の背中は遠のいていく。


 ある日の夕食時、お父様はエリーゼに昨今の帝国の政情について意見を求めた。

 姉様は見事な語り口で自説を披露した。

 私にはとても考えつかないその的確かつ鋭い指摘に、お父様は眼を見開いて何度も頷いていた。

 才能の違いというものをまざまざと見せつけられた気がした。


 そうやって姉様が脚光を浴びれば浴びるほど、両親の心は私から離れていく。


 そんな時、珍しく父ジークベルトの執務室に呼び出された。


「お呼びでしょうか。お父様」


 貴族令嬢らしく優雅にお辞儀して顔をあげると、ジークベルトは執務机に座って書類に筆を走らせていた。父は書類に落とした視線を上げることなく、


「お前の婚約者が決まった。ロシュフォード公爵家の長男アレクシス殿だ」


 感情のこもらない事務的な口調だった。


「アレクシス殿は帝国宰相を務めるヨーゼフ殿のご子息だ。この婚約を機会にロシュフォード公爵家との繋がりを強化して帝政進出の足掛かりにしたい。お前のような出来損ないでも我がルシエール侯爵家のために貢献できることを有難く思え」


 それってつまり、政略結婚……。

 お父様は私を出世の道具としか見ていないと言うことか……。


 だとしても……。


「わかりました。お父様。この婚約、喜んで受けさせて頂きます」


 望まぬ結婚だとしても、私にはこの婚約を断る選択肢はない。


 婚約を拒めば私は役立たずとして、侯爵家を追い出されるだろう。

 病弱な私には、貴族社会の外では生きていけるとは思えない。

 それにどのみち、お父様は私に諾以外の返答は許さないのだ。


 話は終わったとばかりに、お父様は書類仕事に没頭しはじめた。

 執務室を後にする時も、一言も声をかけられなかった。


 結局私は、両親からの愛を受けることなく結婚式の日を迎えた。


 そして、結婚相手からは「お前を愛することはない」ときっぱり宣言されてしまったのだ。


 私はこのまま誰からも愛されることなく一生を終えるのだろうか。


 贅を尽くした豪華絢爛な宮廷の一室が、私には牢獄のように思えた。



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