背景と目的が不明②
「皇子が誘拐されたのは、青巾隊の一掃が目的だったようです。それは、東宮が皇帝の弟と会見なさったときに聞いたことなので、間違いないでしょう」
「おい宦ちゃん、さっき、面会謝絶って」
「皇子とオレや兵士らが、東宮と喋ってたんだよ。そしたら、いきなり伝令が来て、面会謝絶にされた」
そこまで話が進んだとき、やっと食事開始となった。
「皇子の誘拐は分かりました。けれど、東宮の船が拿捕されたのはどうしてですか? 青巾隊に繋がりません。港で『罠だ』と叫んだのは?」
「罠と分かったのは、もともと、あちらが武力抗争が目的ではないかと疑い、入港拒否したからです。相手としては、何らかの形で攻撃を仕掛け、武力を使ってきたら、OUT。疑いは確信になります。なぜ入港拒否をしたのか分かりません。ただ、その時点では、皇子は監禁されていると思っていたはず。かといって、それが解明の手掛かりになるわけでもなさそうですが」
No.9に分からないこと、私が分かる訳ないかー。
すっかり考えることを放棄して、美しい料理を口に運ぶ。麗様が、ことさら箸の上げ下ろしに気を配る。その小さな変化に乙女心を感じてしまった。
料理の皿が9割空いたころ、麗様は切り出した。
「今夜、家に帰る」スパーン
「もう遅い。明日にしろ」スパーン
「仕事帰りと変わんない」スパーン
No.15と私は、テニスの様な会話のラリーに視線を動かす。
「なら送る。真っ暗だ」スパーン
「松明使うし」スパーン
「女2人では危ない」スパーン
「私は男として暮らしてる」スパーン
「それでも送る」スパーン
「バーカ。誰か見てたらどーすんだよ。佇まいや仰々しさが目立つんだよ」ロブ
「バ、バカ?!」スパーン
「今日は疲れただろ。寝とけ。いつもいつも遅くまで研究だか仕事だかしやがって。たまにはぐっすり寝ろ」スマッシュ!
「……寝られるわけないだろ」コンコンコロコロ…………ゲームセット
絞り出すような、呟くような声にぎょっとする。No.9は3人から見えない方へ顔を背けている。なんかもう、いたたまれない。No.15の方を見ると、No.15も私を見ていた。顔に書いてある。「オレら、部屋出る?」って。
そんな不自然なことはできず、麗様が身支度しながらお礼を言う様子を眺める。
「珊瑚、帰ろ」
「う、うん。お世話になりました」
「じゃな、皇子、宦ちゃん」
麗様はもう、No.9の正体を知っている気がする。食事の様子を見た時にそう思った。
今ならお互いが、立場など関係ない、自身のありのまま姿で想い合うことができる。けれど、いずれは住む世界で分けられてしまう。身分とか、結婚とか、陳腐な制度。
山の中は真っ暗で、松明の明るさは眩しいほど目立つ。遠く、木立の間から、その明るさがぼわっと一際浮き上がっていた。それは私達の家の辺りに。他に民家はない。
「麗、なに? あれ」
「一旦、こっちの松明を消して近づこう」
道が真っ直ぐになる辺りで、私は持っていた松明を消した。慎重に進んでいく。怖い。あんなに明るくするなんて、泥棒にしては不用心すぎる。声まで聞こえてくる。
「歌ってない?」
「マジか」
近づくと、庭に置いてあるテーブルに5人。
「あ、帰ってきたぞ」
「おお」
「おかえり。待ってたんだ」
「教えて欲しいことがある」
「寒かっただろ」
雪に松明が刺してある。めっちゃ明るい。5人はNo.9とNo.15の学友。学院生だった。「女の2人暮らしの家に。何時だと思ってるの」と心の中で悪態をつく。
「悪いが、訳あって、今日はへとへとに疲れている。日を改めてくれ」
麗様は毅然としていた。
「青巾隊の2人と会わせてくれ。東宮が捕まった」
学院生らは、今日の午後のことを知っている。掲示板にニュースが張り出されるのは午前中。公表されていない最新情報。そして、ゴリラと毛モジャが生きていることは一般市民は知らないはず。
「知らん」
麗様は言い切った。
「2人が牢から逃げたことは、青巾隊のみんなが知っている」
「オレら、聞いたんだよ」
「ここに来たはずだ」
それには私が答えた。
「別の街へ逃げるとおっしゃっただけです」
最後にゴリラと毛モジャは、No.15が監禁されている情報として、ダーリン大工の家の地図をくれた。
話しながら、気になって仕方がない。遠くから数人の足音が近づいてくる。やだやだやだ。学院生が増殖しそう。
違った。むさ苦しい小汚い男達だった。
「おお! やっぱりここにいたか」
先頭を歩いてきた男が言った。そして、自分達は青巾隊だと言った。
麗様は凛とした声を出す。
「すまないが、場所を変えてくれ。私達は何も知らない」
青巾隊は押しが強かった。
「寒いとこ歩いてきたんだ。茶ぁくらい飲ませてくれや」
「兄さんも、見れば、どっかから帰ったとこ。一緒に茶ぁ飲んで暖まろうぜ」
「せやせや。遠慮せんで中入れろ」
「寒い寒い寒い」
空いた口が塞がらない。学院生も便乗する。
「申し訳ない。皇子が誘拐されてから、学生寮には外部の者が入れなくなったんだ」
「寮だけじゃない。学院内も」
それは、青巾隊が乗り込んで、No.9とNo.15を探して練り歩いたからでしょ。
「疲れていると言っただろう! 妹だって徹夜仕事明けだ。頼むから勘弁してやってくれ」
本日納品だった私は、昨晩は寝不足。徹夜じゃないけど。
「よっしゃ。布団敷いてやる。囲炉裏の火も茶もまかせろ!」
この人達、いやぁぁぁ。
「なんなら納屋でもええ」
納屋はダメ! 二重底の荷馬車がある。
「お、姉さんが持ってるのが家の鍵か?」
青巾隊の1人が私の手に触れようとしたときだった。
しゅっ
「うわっ」
何かが物陰から現れて、男を雪の上に押し倒した。
「星!」
さすが。守ってくれたのね。もうちょっと早く出てきて、追い払って欲しかったな。
きっと星は、学院生の5人を覚えていた。だから、その人達と話している青巾隊がテリトリーに入るのを許していたのだと思う。賢いもんね。
「あいたたたた。転んだ拍子に、ケガをしてしまった」
ふざけるな。そんなもの舐めとけ。
心の声とは裏腹に、私は降参した。
「うちの子がすみませんでした。手当します」
地面についた手からちょっと血が出ているだけ。厚かましさに、塩を塗りこんでやろうと思いながら、家の中に招き入れた。
青巾隊は初めて来たというのに、手際よかった。私が男の傷の部分に粉薬を振りかけている間に、誰かが囲炉裏に火を起こし、誰かがキッチンでお茶を用意し、誰かがオンドルの暖かくなる場所に布団を敷いた。麗様は学院生達に衝立を運ばせ、布団を見えないようにしてもらっている。
麗様は小声で私に耳打ちした。
「絶対に何もするな。あーゆー輩はどこまでも図々しい」
うんうんと頷く。青巾隊の辞書に遠慮という文字はない。
誰かが衝立越しに言った。
「兄さん、酒を飲む器が足りねー」
麗様は一言。
「なら飲むな」
終了。
ごそごそと勝手に器を探しているっぽい。
「ほー。歯磨きしとるんか。あの姉さん。これ借りよう」
しくしくしく。涙。私の歯磨き用の器に、あのばっちい男達の誰かが口を付けるのね。
キッチンでは酒の肴を用意している気配がする。その一方、囲炉裏の方からは、東宮が拐われたことについての話が始まっていた。




