麗人
茜色の空を眺めていると、東宮の来訪を知らされた。
いつもこの時刻。
第3側室ピンク芍薬、第4側室紫陽花の話では、東宮にはガルルルな部分が欠落している様子。私への気持ちは、「女性の魅力も子供も関係ない」って本人が言っていた。実は、夜伽などこの東宮殿には存在しないのかもしれない。
なので、東宮を部屋に招き入れるくらいはいいのかも。嫌だけど。
昨日は部屋の入り口のど真ん中に立って、東宮を入れないように頑張った。本日は、入り口の中央を空けて立ち、東宮を部屋へ通した。
「特に用はないのだ」
「はあ」
「元気な顔を見れば、それでいい」
「はい。元気です」
今朝も弓の稽古のとき、元気な顔を見せたはず。
「そうか」
「……」
頻繁に訪ねてこられても。
「あ、そうだ。武術の師の、面接をした。できれば、ここに住んで、珊瑚を守って欲しいと考えている」
「お心遣い、ありがとうございます」
「3人まで絞り込んだ」
1人は武官の娘。30歳、未亡人。兵士に剣術を教えている者。
もう1人は34歳。後宮で長年、側室の1人に仕え、護衛や間者など仕事をしていた者。
あと1人は、男女関係で一座を追われた旅芸人。
「それが、最終選考に残っている方々なのですか?」
最後の1人、素性でOUTな感じなのに、なんで残ってるんだろ。燻銀の未亡人、熟年プロに並んでいるなんて妙。
男女関係で揉め事を起こしたくらいだから、色気で採用担当を丸め込んだ? 枕?
私の疑問を察した東宮は言った。
「最後の1人は、とんでもなく強く、そして速い。歳はまだ15。外見はほぼ男」
あら。熊みたいな方なのかしら。なのに男女関係で揉め事????
「どのような方々なのでしょう」
めっちゃ興味ある。特に最後の人。
「最後の1人なら東宮殿にいる。行く当てがなくて、使用人の女のところに住んでいたのだ。不審者として捕えようとしたところ、あまりに強かったので、私がスカウトした」
「すかうと」
東宮が尻尾を引き連れて廷内を歩いていると、捕物劇が繰り広げられていた。護衛達がバッタバッタと倒され、その間を人影が跳ぶように軽快に動く。護衛の数が増え、倒れる数も増えていく。
「見応えがあったぞ。『ここで働く気はないか?』そう言って、銀子の袋を投げた」
袋ごと。東宮ともなると、アプローチが派手。
飛び跳ねていた者は、銀子の袋をキャッチ。東宮はきりりとした視線に刺されるようだったと言う。
「目つきが悪いのですか?」
「いや、違う。見れば分かる」
やっぱ熊? 東宮の護衛は、選び抜かれた使い手揃いのはず。それをバッタバッタと倒すなんて。
「女性なのですよね?」
「近くで手を見て、やっと女性と気づいた。女だと知れば、声も首も女だなと。あまりに若く見えたので歳を訊いたら、15だったのだ。18くらいに見える」
「15歳なら、私の2つ上ですね」
「歳が近ければ、珊瑚は何かと相談をしやすいのではないかと思ってな。ここには歳の近い者がいないだろう」
いない。大人ばかり。会った子供は、No.15と星輝だけ。
「はい」
「会うか?」
「はい。スカウトなさったのですよね?」
だったら、もう、師と決まっている。
「スカウトしたのは、間者として起用できそうだと思ったからだ。そのときは男と間違えていた。武術の師と無理に決めなくともよい」
「会ってみたいです」
速くて強くて目が鋭い熊みたいな15歳。
早速、部屋を出て、東宮と共に廷内を進んでいく。
歩いていると、尻尾の1人が勘づいた。
「どちらに向かわれているのでしょうか?」
そうだよね。この先にあるのは、使用人住居エリア。
「例の者を、珊瑚に会わせたいのだ」
「お待ちください。呼んでまいります」
東宮自らが足を運ぶなどとんでもない、と言わんばかり。尻尾の1人は尻尾の後ろの方の1人に呼びに行かせた。
ほどなくして現れたのは、、、♡_♡
麗人。
かっこいい。背ぇ高っ。すらっと伸びた手足。彫刻のような目鼻立ち。切長の瞳。
きゃーーー。うちわとペンライト(?)で応援したいわっ。
「こちらが麗だ。麗、私の側室、珊瑚だ」
「麗です。はじめまして」
麗様はすっと握手の手を差し出した。長い指の白くしなやかな手。尊い。
「珊瑚です」
握手に応えようと右手を差し出すと、麗様は流れるようにそれを取り、跪いて、私の右手の甲に、ちゅっと口付け。
はぅっ。今、何が起こったの?
なんてスマートな一連の動き。素敵です。
「決まりだな。珊瑚が嬉しそうだ」
嬉しいです!
こんなにも美しく妖しい方、初めてお会いしましたっ。
「よろしくお願いします。麗」
嗚呼、心の中では麗様って呼ぼう。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。珊瑚様」
くらっ
太陽よりも眩しいわっ。
眩しさに倒れそう。ふらつきながらも、なんとか体のバランスを保った私。
「珊瑚、どうしたのだ?」
「いえ」
中性的な魅力に吸い込まれそう。一瞬目が合っただけなのに、心に切り込まれた感じ。これが東宮の言う「視線に刺される」。
国宝級の魅力を私だけがひとりじめするなんてもったいない。ぜひ、一人でも多くの女性に麗様の魅力を味わっていただきたいわ。似顔絵を、都中の皆さんに配りたい。ファンクラブを作って、共通の趣味として崇めたい。都だけじゃなく、全国津々浦々まで布教活動をしたい。
「若干、心配ではあるが。決まってよかった。では、勤務形態や報酬など、事務的な話をしておいてくれ」
目をハートにしている私を見ながら、東宮は尻尾の1人に麗様を引き渡す。
なんだか気になる話が聞こえてくる。
「使用人の女とは円満に別れるように」
「別に、住むとこと食事を提供してもらっただけです」
「こちらで揉め事は御法度ですぞ」
「はいはい」
きっと、おモテになるのですね。麗様。
半ば夢見ごごちで自分の部屋まで送り届けられる。
歩きながら、東宮は宣う。
「家臣の者が心配するのだ。あまり珊瑚だけに好意を示すと、よくない噂が立つと」
「私が噂で攻撃されるということですか?」
「そうだな。特に加害者の私だ。少女偏愛者と思われてしまうのではないかと」
「ロリコン?」
なんだろそれ。初めて聞く言葉。侍女達がこそこそ回し読みしていた大人〜な書物には、出てこなかったわ。
「私は反論した。それはつまり、珊瑚を最初に望んだ父、皇帝が少女偏愛者だと申したいのかと。その者は、力一杯否定した。多くの妃の中に1人紛れていても誰もそうとは思わないと」
「はあ」
「誤解しないでくれ。私は決して変態などではない」
へんたい? その言葉は知ってる。縛ったり鞭や蝋燭を使うと喜ぶ人。詳しくは書かれていなかったけれど、刑を受ける囚人が変態なら、少しは救われるのにと思ったもの。
誰もが痛いのが嫌だから、罰が成り立つ。だから。おそらく、へんたいは空想のもの。龍とか一角獣みたいな。
目の前にいる東宮は、空想のものとは全く違う、普通の人間に見える。
じーっと東宮を上から下まで眺めて、チェック。視線を東宮の顔に戻す。やっぱり普通の人間。
「はい」
「っ。……。わ、分かってくれるなら、よいのだ」
東宮は少し頬を赤らめて、去った。