そういえば妻でした
一人暮らしで最初にしたことは、朝寝坊。
ゆっくりと身支度して、麗様の商売道具を届けに行った。
「麗は大丈夫かい?」
「はい。ケガが酷いので、しばらくお休みさせてください」
宝石店の店主は、昨日のことを知っていた。何者かが屋敷に来て「逃げろ」と言った。言われた料理人と使用人は、逃げた足で役所に駆け込んだ。宝石店を知っていた料理人が、店主に「アンタんとこの麗様が危ない」と知らせてくれた。
「じゃ、これ。ありがと。麗にゆっくり療養するよう伝えておくれ」
「はい」
店主から、薬と治療費名目の銀子を渡された。
貰っちゃった物は届けなきゃ。麗様に会う理由ができて嬉しい♡ 皇室別邸へ届けると、麗様は薬が効いて睡眠中。寝ることは、体力回復にとてもいいのだそう。
「珊瑚、それが何か知っているか?」
私の手にある店主からの薬を指し、No.9がきらりーんと目を光らせる。
「元気になる薬だと渡されました」
「精力剤だ」
「では、誰か男の方に」
「私はこんなものは無用」
「……」
聞いてないし。
「まあ、女性とて、元気になるのだろうな」
麗様が危険っ。
「持ち帰ります」
さっと薬を引っ込めた。
「昨日のことだが、役所では麗がいたことを把握していない。助けを求めた者達が説明し忘れたのだろう。好都合。命じた者は、刺客が失敗したことしか分からない。話を聞こうにも、屋敷の主人は逃げたままだからな」
事件はコソ泥の仲間割れと処理された。男の使用人の死体は巻き添え扱い。
当然のことながら、No.15に関してはなにもなし。窓を塞がれた監禁部屋があるのに調べないなど、上からの圧力しか考えられない。
「穏便に収まったのなら、麗は普通に職場復帰できます。安心しました」
「ところで、珊瑚、東宮の船が到着した」
「ええっ!」
ヤバいヤバいヤバい。思わず辺りをきょろきょろと見回してしまった。最初に言われなかったのだから、大丈夫なはず。
「しかし、港に入れない」
「どうかしたのですか?」
「こちらの区域の知事が、入港許可を出さなかった。武力抗争を企てている可能性があるという理由だ」
「第15皇子が拐われたからいらしたのでは……」
「通じなかった。乗っているのは兵士だったから」
「何か、別の力が働いているのですか?」
皇帝は東宮が邪魔。皇帝と皇帝の弟は仲良し。皇帝の弟が兄に代わって東宮に嫌がらせをした?
「ことは複雑だ。この北東部の統治者は皇帝の弟だが、当主の力が及ぶのは、この街近辺のみ。まあ、人と物資が集まる豊かな街だから、それで表向きは問題ない。しかし、広い北東区域以北は、代々この土地を治めていた民族である地方役人に力がある。最も力があるのは、それを統括する知事だ。皇帝の弟は傀儡。異母弟を誘拐したのも殺そうとしたのも、そっちかもしれない」
「なぜですか?」
「分からない。青巾隊が邪魔というのはあるだろう。ただ、それだけかどうか。私がこの街で学ぶことになったのは、もともとは偵察目的だ。皇帝の弟にとっても知事にとっても、私達兄弟は疎ましい存在だろう」
皇帝とその弟は仲良しって聞いてたけど、そーでもないのかな?
「偵察は、区域全てということですか?」
「そうだ。この街の周りや更に北は、特殊なのだ。様々な国が立国し、消えた。古くから何度も襲来した凍つく地の騎馬民族が支配層。農民達はもともとここで生活していた者達。民族の違いがあるからなのか、かなり高圧的な統治がされている。現皇帝はそのことを心配されているのだ。もちろん、弟の力が全北東区域に及ばないことも」
へー。皇帝って、そーゆーことも考えてるんだ。意外。
「知りませんでした」
世の上級国民の複雑な話はどーでもいい。私にとってのポイントは、入港拒否で東宮が街に上陸しないこと。出歩けるじゃん。バイトで仕事貰ってこよっかなー。
「今、異母弟が、港に入れない船に食料などの物資を運びに行っている」
No.15が? せっかく逃げてきたのに、敵に姿見せるの?
「そのように目立ったことをしては危険です」
「はっはっは。真昼間で大勢の者がいる。街の掲示板に張り出した手前、どうするのか見ものだろう。喧嘩を売ってこいと言ったのだ」
「笑いごとではありません」
「今のままでは、誰が敵なのかも分からない。相手の出方を知りたい」
こーゆーとこだよ。青巾隊の人が「あの男は食えん」って言ってたの。矢面のNo.15は大丈夫なんだろうか。
ん?
チェストの上に洗ったサラシが畳まれている。まさか麗様がいつも胸に巻いていたサラシ。
「これは?」
「そんな物を巻いたままでは体が休まらない」
「……」
キッとNo.9を睨んだ。
「おいおい。ちゃんと自分で外していたぞ。私は治療するときに緩めただけ」
馬で家に到着。誰?
家の軒先、2頭の馬の横に蓑を来た人が2人いる。ゴリラと毛モジャ? 体型が違う。ヒゲがない。
「ご用ですか?」
不審者だったら逃げようと、馬に乗ったまま近づいた。不思議なのは、星が一緒にいて尻尾を揺らしていること。
「珊瑚!」
驚いて声も出なかった。粗末な蓑を着て雪よけの笠を被り、鼻を真っ赤にしていたのは、東宮だった。
「……」
「会いたかった。会いたかったぞ。珊瑚」
共にいた男は「では、私は失礼します」と去っていった。
麗様は「訳あり嫁入り前のうら若き乙女」なんて私達2人のことを言ったけど、本当は私、夫がいるんだよね。
遂に、目を背けていた現実と対峙するはめに。
「お入りください」
東宮は、目と鼻から滝のように水を滴らせている。
止んでいても、一面雪の山の中。どれだけの時間待っていたのだろう。
玄関を開け、リビングに通す。囲炉裏に火を起こした。
「今度の家は、前の家より新しいのだな。おお、珊瑚が火を」
……ずび……ずずっ……
鼻水をすする効果音と共に、とても珍しそうな感動の声。後宮にいれば、自分で火を起こすことなどない。
「お待たせしてしまいました。寒かったのではありませんか?」
涙と鼻水を拭く布を渡し、お茶の用意をしようとすると、東宮は「座りなさい」と一言。
とうとう話が始まる。私はきっと、謝罪して、東宮殿に戻らなければならない。
寒いので、囲炉裏の横にイスを動かし、並んで座った。
「珊瑚には、辛い思いをさせた。父に地下牢に入れられ、そこから助けることすらできないほど私は無力で」
「とんでもありません。東宮が遣わしてくださった麗のおかげで、こうして無事に暮らしております。私の方こそ、南自治区から勝手に住処を変えたこと、お詫び申し上げます」
「探したのだ。珊瑚を」
東宮は手を尽くして私を探した。諦めかけていたころ、北東の街に『刹那落としの麗様に似た人が妹と一緒に現れる』という情報が入ってきた。詳しく調査している最中に第15皇子が誘拐された。運命を感じ、東宮自ら船に乗って、北東の街を目指した。
「実は。麗は今、皇室別邸で療養しております。第15皇子はすでに皇室別邸に帰られました。麗は、第15皇子を助ける際、ケガをしました」
これで、No.9とNo.15が私の所在を報告しなかったことがバレてしまった。
「青巾隊の者達はどうなったのだ」
「青巾隊は、誘拐に関与しておりません。誤報です」
そこまで話した後、私はイスから降り、床にひれ伏した。
「どうか、第9皇子と第15皇子を責めないでください。お二人にお会いしたのは偶然なのです。そして、私がここに止まることを望みました。お二人は私の意思を尊重してくださっただけなのです」




