キュン死に値あーん
No.9は麗様の服をはだけて毒を吸い出した。クナイが掠ったのは、麗様が胸に巻いていたサラシの僅かに上だった。「ちっ」と説明時に舌打ちするNo.9。え、何?
傍でガタガタと震えている女主人に、No.9は言った。『聞いただろう。ここにいれば、お前も殺されるぞ』と。女主人は転びながら逃げていった。
No.9は、麗様を抱き、売り物を背負って屋敷を後にした。
チェストの上には、麗様の商売道具がある。
なんて冷静な。人が死ぬか生きるかの瀬戸際で、商売道具に気づくなんて。No.9に引く。
チェストの上にある、お盆に載った器と水差しが目に入る。まさか。No.9。麗様が意識を失っているのをいいことに、口移しで解毒剤を飲ませた? ちょっと待った。麗様が傷を負ったのはサラシの少し上。No.9はそんなところに、妓楼でなんやかんやして遊んでいる汚らわしい唇を押し付けて毒を吸い出したわけ? 許せない! 麗様の命を救ったはずのNo.9に、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「なんで、1人で出かけたんだよ。劉氏を連れていれば」
No.15がNo.9を責める。
「ちょうど、東宮が来る件で話をしていた」
「それでもっ」
そこまででNo.15は黙った。元はと言えば、捕まったのは自分だったからだろう。それに、過ぎたこと。どうにもならない。
「助けてくださってありがとうございます」
言いたいことは多々あるけれど、私はNo.9に一応お礼を言った。No.9は首を横に振る。
「クナイを投げるのが、ど下手クソなオレのせいだ」
麗様は意識が戻っても、体が痺れた状態で普通に動けないだろうとのこと。No.15が拐われたこともあり、No.9は学院を欠席中。時間があるので自分が看ると言う。
させるか!
「いえ、私が。それか、侍女をお付けください」
「ここさ、侍女いないんだわ」
No.15が教えてくれた。侍女がいない屋敷なんてあるの?
未婚の皇子が住む若葉宮はオール男。そこから移ってきた人員なので、現在の皇室別邸にいるのは男だけ。様々な陰謀を鑑みての体制らしい。要するに、できちゃったから認知してって問題ね。皇子達にその気がなくても地位や金目当てで狙われる。
No.9が妓楼で遊ぶのは、そういった心配がないから。
そのNo.9はどう見ても麗様にご執心で、下心しか感じられない。
「麗は男と思われている。だから、この部屋でこっそり看病しているのだが。皇帝の弟から匿うためにも」
ふざけるな。シモの世話までやろうとしてるんじゃないだろーな。この、ど変態くずエロメガネ。
「第9皇子にお手を煩わせるなど、とんでもありません。即刻、連れて帰ります」
「いや、しばらくは安静にしないと」
私を遮るNo.9。
昨日はそれだけではなかったらしい。No.9が麗様と馬で皇室別邸へ向かうとき、青巾隊の集団を見た。
ここへ来る前に見た、雪が踏み荒らされた跡を思い出す。
「大勢が青い巾を被っていた。あの道の先にある民家は数軒。恐らく、あの屋敷に向かったと思う」
「「青巾隊が?」」
「それどころじゃなかったから、何があったかは知らん」
そこで初めて、No.15に風呂屋の宴会場で聞いた話をした。
No.15を皇帝にしようと喋っていたこと、皇帝、東宮以下兄弟を排斥するとき力を貸そうと話し合っていたことを。恐らく、そのためにNo.15を助けようと、No.15が監禁されていた屋敷に行ったのだろう。
「はあああ?!」
No.15はびっくり仰天。No.9も首を傾げる。
「どーしてそーなるんだ?」
「ツートップがいないと、自分達の味方かどうかという点が判断基準になるようです」
No.9は残念がる。
「あの、かっこいい青巾隊はどこへ行った。2人いなくなるだけで烏合の衆か?」
「なので、早く第15皇子を助けなければと思いました」
「珊瑚、マジでありがと。そんな風になった青巾隊に助けられたら困る。そのすぐ後、刺客が来てるし」
「ところで、東宮がこちらへいらっしゃるのですか?」
唐突だったけれど、気になって仕方がないことを尋ねた。
「ああ。東宮には第15皇子が拐われたと文を送った。しかし、皇帝の弟から皇帝経由で、東宮に『青巾隊』が犯人だと間違った情報が届いていた。なので東宮は、兵を率いてこちらに向かっている」
「青巾隊の2人が亡くなったという偽情報は伝わっているのでしょうか」
「全く分からない。東宮とて、手探りだろう。先の青巾の乱は、塩湖の地方役人が隠していたうちに規模が拡大した」
「だから皆、ばたばたしてんだな。東宮と護衛だけだったら10人ちょい増えるだけだけど、軍つったら、受け入れ大変だもんな。あれ? オレが助かったから、もう来なくていーんじゃね?」
「船で向かっているから知らせるのが難しい」
「へー」「そうなのですね」
「しばらくは街に来ない方がいい」
「はい。そうします」
「で、申し訳ないが、麗の仕事の道具を、勤務先に届けてくれないか? 東宮なら、まだ到着しない」
「はい。お預かりします」
「なにせ、宝石。持ち逃げしたと思われたら困る」
「勤務先には、どうのように伝えましょうか」
「突然襲われたと、麗に起こったことだけを伝えればいいだろう。あっちは揉み消したいはずだ。麗が狙われる可能性は残る。申し訳ないが、しばらくこっちで預かる」
む。麗様を取られた。
そんな話をしているとき、お粥が届いた。
「お持ちしました」
「ご苦労」
お粥が載ったお盆を受け取るNo.9に、No.15が「粥?」と尋ねる。
「そろそろ気がつくころだ」
「……ん……」
マジ? 本当にすごいタイミングで麗様が目を開ける。
「麗。大丈夫? 痛くない?」
私は麗様の手を取った。昨夜は本当に心配で心配で。
麗様が体を起こそうとすると、No.9がそれを支え、枕を背中の後ろに置いて、麗様がもたれられるようにする。そして、自分はベッドの横にイスを置いて座った。
脈を診て、額に触り、目の下のところを診た。麗様の手を持ち、全ての指先に順に触れて行く。
「どうだ? 痺れは? 傷は痛むか?」
No.9は医術の心得があるっぽい。
「痺れはある。傷は、普通に傷の痛み」
「ずきんずきんするか?」
「別に」
「昨夜うなされてたぞ」
「寝てたから知らん」
「粥、食う?」
「うん」
え、何。この熟れたやりとり。いつの間に距離詰めたの? 麗様の勤務先の宝石店に通ってたから?
No.9は麗様の前にお粥の載ったお盆を差し出す。麗様はスプーンを手に取ろうとし、痺れからなのか、持ち上げることができなかった。と、すかさずNo.9がスプーンを持つ。そして、あろうことか、ふーふーとお粥を冷ましてから、麗様に、
「あーん」
やめてぇぇぇ!
麗様は、なんの躊躇いもなく、かぱっと口を開けたのだった。
……。ショック。麗様の「あーん」は、私がしたかった。まるでヒナのよう。凛々しい麗様とのギャップがありすぎる。キュン死に値。
口にも痺れがあるのか、麗様の口の隅からお粥の汁が溢れる。No.9は、それを丁寧に拭く。
「すまなかった。オレの投げたクナイが」
「別に。助かったし」
No.9は2口目のお粥を、またふーふーして麗様の口元に運ぶ。麗様がかぱっと口を開く。かわいい!
ちょいちょいとNo.15に突かれた。No.15を見ると、扉を指差す。え、出ようって? でも。
後ろ髪を引かれながらNo.9の寝室を出る。No.15は麗様の商売道具を持ち、星の尻尾が完全に出た後、そーっと扉を閉めた。
「アイツに任せよ」
「うん」
不本意だけど。
「珊瑚があの家に1人になる。そっちが心配」
「大丈夫だよ。星がいるもん」
「わん!」




