下手糞
朝の光の中、囲炉裏もブランケットも衝立も、家の中の物全てが愛おしく輝いていた。
「星、帰ることになるかもしれないよ」
都へ。
1枚だけ残しておいた、東宮から贈られた服に袖を通した。髪を洗って結い、煌びやかな簪をする。白粉、唇に紅。必要な物を荷馬車に詰め込んだ。置き去りにされている、麗様の剣。
二頭立ての馬車に馬を1頭だけ繋いだ。
「ひとりで頑張れる?」
納屋の戸を開けて、気づく。雪。間抜け。雪の中、今まで気軽に出歩けたのは馬だったから。街なら雪かきがされているかもしれなくても、ここは山の中。1寸程度ならいざ知らず、積雪は軽く膝の上。荷馬車は雪で進めない。オーマイガッ。なんてこと。
せっかく、東宮の第5側室として皇室別邸へ行く覚悟をしたのに。東宮殿へ戻ることに押しつぶされそうになっていた。
荷馬車で行こうとした理由は、二重底の床に大金が入っているから。
とりあえず、納屋を戸締り。家も戸締り。鶏小屋の餌箱にこれでもかってくらい餌を山盛りにして、馬で出発。
「星、行こう」
馬を走らせ、No.15が監禁されていた屋敷近くへ行ってみた。あまり近づくと危ない。昨日、使用人に顔を見られたかもしれないから。
ポツンと一軒家だというのに、道に大勢の人が雪を踏み荒らした跡があった。その上に、うっすら雪が積もっているから、人が通ったのは昨晩くらいのことだろう。そーっと屋敷の方を覗く。誰もいない。
今度こそ、皇室別邸。
出てきたのは、知らない人。星を見て、ぎょっとしていた。
「珊瑚と申します。第9皇子、第15皇子にお会いしたくて参りました」
これで取り次いでもらえなかったら、東宮の第5側室という身分を明かさなければならない。そうなったら、この自由な生活は、THE END。
「少々お待ちください」
しばらくすると、劉氏が来てくれた。
「珊瑚様! 昨日は第15皇子を助けていただき、誠にありがとうございました。感謝しきれません」
第9皇子、第15皇子とも取り込み中とのこと。
「実は、お願いがあって参りいました。麗が、昨晩帰らなかったのです。私が頼れるのは、結局は、皇室のお力です。お願いします。麗を探してください。昨日、私が第15皇子を逃すとき、麗は屋敷にいたのです。何かあったのかもしれません。お願いします」
懇願すると、劉氏は頬を人差し指で掻き、眉をハの字にして視線は斜め上、頬を赤らめる。
「それが、その……。昨日、第9皇子がいなくなられまして。でもまあ昼間でしたし。お帰りになると、麗を抱きかかえていて。部屋に篭ってしまわれたのです」
「麗は無事なのですねっ」
「どうなのでしょう。なにせ第9皇子と一緒ですから」
? どーして。第9皇子と一緒だったら、無事じゃん。違うの?
「何かあったのですか?」
「なにぶん、プライベートですし。お年頃ですし」
「一応、私が来たことをお伝え願えませんか」
「はあ……」
いつもと違って歯切れの悪い劉氏。「ではお入りください」と皇室別邸内へ招き入れられた。
「実は、東宮がこちらに向かっていらっしゃるという知らせが届き、少々ばたばたしているのです。申し訳ありませんが、奥の部屋でお待ちください。そこでしたら、珊瑚様を知る者は参りませんので」
広っ。廊下が長くて扉がいっぱい。奥の部屋ってここ?
扉を開けると、むわっとした蒸気が漂っていた。衝立が1つあるだけの部屋。衝立には服が掛けてある。奥にもう一部屋あって、歌声が響いている。すっごい下手。楽しそうなんだけどね。
歌声が止むと、奥の部屋から人が出てきた。
「うわっ! 珊瑚」
「わんわん」
「星、ちょっとたんま」
まっぱのNo.15。なぜか胸を隠してるし。星に飛びつかれてるし。
私は、咄嗟に回れ右。うっかり上半身しか見なかったわ。
「ここで待つように言われて」
「あ、え、そーなの? なんか、今、みんな忙しくて。あ、ちょっと、目瞑ってて」
「はい。瞑った」
「わん」
「湯浴みんときの係までいなくて。えーっと、それは、オレが、風呂入る時間、めちゃくちゃだからなんだけどさ。あ、えと。昨日、さんきゅ。マジで助かった」
「昨日、あの後、何かあったの? 麗が帰って来なかったの。ここへ『助けてください』って言いに来たら、麗は第9皇子と一緒みたいで」
「帰ってすぐ爆睡したから、知らない。やっぱ違う環境でキツかったんだよな、オレ」
はあ? わんこ耳つけて「クーン」とか言って喜んでたのに? あ、そっか、Dカップで窒息しそうでキツかった。んなわけないじゃん。わんこ耳、持ってきて辱めればよかった。でもって、No.15のことなんか聞いてないし。
「ふーん」
ふわっ
一瞬、近くに暖かさを感じて、その瞬間、髪に何かが触れた気がする。
?
「大丈夫。服着たし」
「そ?」
目を開けると、湯上がりNo.15。……さっき私に何かした?
「じゃ、アイツに訊いてくる。こっちの部屋にいて。誰も来ないから」
「わん」
隣の部屋へ案内された。そこにはテーブルセットがあり、イスにはふわふわな獣の毛が敷いてある。暖かい。劉氏が言った「奥の部屋」ってここのことみたい。
待っていると、窓からNo.15が呼ぶ。
「こっちから出て。廊下には人がいる」
窓から出てNo.15の跡を付いて行く。軒下を通り、回廊部分で身を低くし、到着したのはNo.9の寝室だった。ベッドに眠っていたのは麗様。肩が剥き出し。いったい何が。劉氏が赤くなってたのは、こーゆーこと?!
「緊急だったから、連れてきて手当した。オレが投げた毒を塗ったクナイ(手裏剣のように使うナイフ状の武器)が掠った」
とNo.9。
「麗は大丈夫ですか?」
「ああ。毒を吸い出して、解毒剤を飲ませたから。たぶん」
「おい、何があったんだよ」
No.15が険しい顔をする。
「お前を殺しに来たヤツとやり合った」
No.9は、麗様と私が、昨日皇帝の弟の妾の屋敷に行くのを知っていた。
なんとなく胸騒ぎがし、東宮が来ることで大忙しの皇室別邸を抜け出した。
到着すると、屋敷の裏手、雪の上に4本の線があった。そして、それを追ったかのような足跡が川の付近まで。足跡はそこから勝手口に向かう。勝手口から屋敷へ入ると、女性が2人、竈で何かを作っていた。騒ぎ出す前に「逃げろ」と命じた。
No.9は、設計図を思い浮かべ、監禁部屋へ向かった。部屋の前に使用人の死体。一太刀だった。これは相当な使い手が屋敷に入り込んでいる、と用心しながら、足音を忍ばせていると、人影を見つけた。それは、ちょうど客間に入る瞬間。
No.9が麗様の名を叫んだのと、女の悲鳴はほぼ同時。すぐさま駆けつけ、刺客にクナイを投げた。しかし、クナイは服を破いただけ。刺客は屋敷の女主人に言った。
「第15皇子をどこへやった」
「皇子?! ひぃぃぃ。知りません。私は何も知りません」
女主人は半狂乱で逃げ惑う。それを守るようにポジションを取る麗様。
「預かったガキだ」
「ひぃぃぃ。お助けを。お助けを」
刺客は、四つん這いになって逃げる女主人の前方に剣を投げた。それは彼女の行く手を阻むように床に突き刺さる。刺客は、もう1本の剣を鞘から抜いた。
「いいさ、どうせお前を殺す命も出ている」
麗様はすぐ様、刺さっていた剣を床から抜いて戦闘。No.9は刺客にクナイを乱れ発射。
そのとき1つが、女主人に当たりそうになった。それを庇った麗様の服をクナイが切り裂いた。
数本のクナイを受けた刺客は即死。
麗様は、、、
「タマナシ、ど下手クソ」
と言って意識を失った。




