白い夜の火消し隊②
翌日、仕事から帰った麗様は、新たな情報を持って来た。
「増えてる」
「何が?」
「青巾隊」
「帰りにちょっと通って見たら、100人くらいんなってた」
「雪降ってるのに、まだ座ってるの?!」
「それがさ、昨日、仕入れた情報伝えた人、いなかった」
「え」
「たぶん、交代してる」
「じゃ、もっといるってこと?」
「東宮殿の兵士と一緒だな」
東宮殿には、300人に見せかけて、おそらくは3000人くらいの兵士がいる。
「青巾の乱があったのは、塩湖がある、こからはずーっと遠くなのに。青巾隊の人達、こっちまで来たんだね」
塩湖があるのは帝国の中央部。とんでもなく遠い。
「それか、ここで仲間増やしたか」
「ここじゃご飯振る舞うくらいで仲間増えないよ」
青巾の2人は仲間に食べ物を提供していた。蝗害で飢えた人達には効果絶大。青巾隊に入れば食べられるのだから。でも、この街の人達は豊かで飢えていない。
「宦ちゃん、今日も差し入れに行って来たってさ」
「マメー」
「今夜の夜勤担当がヤバそうだからだろ」
「あれ? 宦ちゃんとどこで会ったの?」
「店に来た」
「ふーん」
「皇子の情報が入って来ないらしい。この街はアウエイなんだってさ」
「大丈夫かな。皇子」
その夜、星が家の外で遠吠えをしていた。
どうしたのかな。星もお年頃で、寒くて仲間の温もりが恋しくなったのかな、なんて呑気に思った。
ニュースを知ったのは、麗様が仕事から帰ってからだった。
「お帰りなさい。お疲れ様」
「珊瑚、戸締り気をつけて。犯罪者がいっぱい脱獄した」
「いっぱい?! すぐ戸締りするね」
ばたばたと家中の窓を確認。荷馬車がある納屋も厳重チェック。OK。
「ウチには星がいるから、大丈夫だよな」
「麗、脱獄って?」
「昨夜、牢が火事でさ、危険だから囚人が出されたんだって。したら、半分逃げた」
「まさか、青巾隊が?」
「違うって。青巾隊は、牢の火事消すの手伝った」
「そうだよね。リーダーが入ってるんだもんね」
星の遠吠えは、火事の臭いのせいだったんだね。
「アイツ、なんかやったのかも」
「え?」
「宦ちゃん。差し入れんとき」
「火が出たのは夜って。差し入れできるのは昼間でしょ?」
「火が出るよーなもん、差し入れたとか」
「検査されるんでしょ?」
検査されないかもしれない。第9皇子だって言えば、特別に人払いもできそう。
「……。死刑囚や凶悪犯は死んだって」
「助からなかった人もいたんだね」
「夜勤は3人。囚人は150人以上。監視できないから、軽犯罪の囚人を火事から逃して、半分いなくなった」
「麗、ゴリラと毛モジャって、どうしたんだろ。政治犯って凶悪犯扱い? 勅命で捕まえた人じゃん」
「分かんない」
そして、次の日、ゴリラと毛モジャの訃報を受け取った。
麗様は、私と一緒に入った食堂で役人に尋ねた。ゴリラと毛モジャは凶悪犯の檻に入っていた。亡くなった死刑囚や凶悪犯は黒焦げで、誰が誰か判別できなかったという。
知っている人が亡くなるのは、心が暗くなる。
星を抱きしめた。
「お肉くれた人ね、空に行っちゃったんだって」
雪は静かに降り続けた。
翌々日早朝のこと。家の門の横の垣根に、竹スキーが2つぶら下がっていた。
「麗、ゴリラと毛モジャ、生きてる!」
嬉しくて、麗様を門まで引っ張って来た。
「眠いぃ」
「ほら」
「お、竹スキーじゃん」
「麗のと私の2つ」
「すげー。脱獄して作ってくれたのか。ヤベー。でも、一人だけかも」
ううん。私は首を横に振った。
「見て、2人分の跡があるよ」
雪が積もった道には、4本の線。2人分のシュプールがあった。
思わず麗様とハイタッチ。
No.15が見つからないまま日々が過ぎる。そろそろ、東宮に知らせが届いているころ。街は囚人が逃げたことを警戒しながらも、いつもの活気を取り戻していた。牢の前を通ると、建物の塀は残っているものの、中は9割方焼けて黒くなり、そこに雪が積もっていた。
バイト先へ納品し、家に帰って仕事をしていた。
「「ごめんくださーい」」
玄関の外で声がする。星が怒っていない。この声はひょっとして。
「ご無事でよかったです! 竹スキー、ありがとうございました」
ゴリラと毛モジャだった。
2人とも、僧のコスプレ。頭に被っていた蓑笠をとると、ツルツル。
「お嬢さん1人なんか?」
「はい」
「したら、ここでええ」
「いえ、どうぞ、温かいところに」
そう言うのに、ゴリラと毛モジャは「すぐ終わる」と家に入らなかった。要件はNo.15についてだった。
「青巾隊に大工がおる。そいつと一緒に暮らしとる女の勤め先に、身分の高そうなイケメンが幽閉されとる。ワシらが捕まった次の日から、飯を作っとると。第15皇子かもしれん」
「皇子が!」
「ワシら、逃げとる身や。第9皇子に知らせに行けんのじゃ」
「知らせます。すぐに」
「申し訳ない。伝える方法が、ここしかないんや」
「どーぞ。いつでもおいでください」
「第9皇子に、感謝しとるって伝えてくれ」
ん? 麗様が思ってたように、No.9はなんかしたの?
「あの日、何があったのですか?」
雪が止んで日差しが温かい。庭にあるイスの上に藁と布を敷いて座ってもらった。そして、牢が火事になった日のことを聞いた。
第9皇子が牢に差し入れに来た。そのとき、ゴリラと毛モジャは凶悪犯の檻の中にいた。第9皇子は言った。
「勅令をなんと心得る。あのような者達と同じ檻に入れるのか」
しかし、牢は過密状態。2人だけ特別に部屋を与えるなどできなかった。言われた役人は、少しは優遇したと示すために、2人をやや空いている軽犯罪の部屋に移した。といっても、2人も増えればぎゅうぎゅう。
第9皇子の差し入れは、油紙に包まれたちまきだった。
「油紙?」
普通、ちまきは熊笹の葉や筍の皮で包む。油紙のちまきは、全ての囚人達に2個ずつ行き渡り、更には、役人達の分まであった。薄いお粥を1日2回しか与えられない囚人達は喜んだ。涙する者もいた。
夕食前、夜勤の担当者に変わった。その中の1人は生粋のSで、新人拷問が大好き。しかし、ゴリラと毛モジャは皇帝の命によって捕えられた特別な存在。獲物は別の者が選ばれた。
残り2人の役人は、やれやれといった表情で、お茶を沸かし、タバコを吸おうとした。
「取り調べの部屋から悲鳴が聞こえた」
「タバコを吸おうとした男も、火が出て驚いたんや。ワシも見た。囲炉裏から火が出た。火ぃ噴いたんは、茶ぁ飲もうとしたヤカンやったかもしれん」
取り調べを行う部屋は見えない。確認できなかったが、S役人が『火事だ!』と叫びながら走ってきた。一方、囚人達の目の前でも、火は大きくなった。
「いろんなもんから火が出た。燃え広がったのもある。火の近くにあった油紙な、自分で燃え始めたんじゃ」
囚人達は大混乱。『出せぇぇ』と大騒ぎし、軽犯罪者の牢は鍵を開けられた。我先にと皆が逃げる。ゴリラと毛モジャは、自分達の代わりに拷問されるはめになった男を助けに行った。その部屋の壁付近一面が燃えていた。急いで男の縄を解き、一緒に逃げた。
牢の外では、青巾隊が、火消しのための用水や近くの川からの水を、桶でリレーして火を消していた。仲間は無言でゴリラと毛モジャを見、桶のリレーを続けた。
軽犯罪の囚人達の半分は、青巾隊と共に火消しをした。残りの半分は逃げた。
「なぜ逃げない人がいるのですか?」
「刑期が短かったら、脱獄なんて罪、被せん方がええ」
「あそこでしか暮らせんのもおるんじゃ。歳とって前科者が職探すのはできん。家族との縁は切れとるじゃろ。しゃびっしゃびのお粥でも生きていける」
逃げた囚人達の足跡を雪が静かに覆った。




