サバイバルな子供達
びよーん
びよーん
びよーん
本日も弓を引く練習をする。意外と力が要る。腕怠っ。この調子じゃ、いつまともに矢を射ることができるのやら。
「よ」
垣根から、ひょこっとNo.15が顔を出した。
「先日はありがとう。あら、星輝は?」
「今日はいない。何やってんの?」
No.15は見物するかのように、私が立っている場所から1mくらいの地面、草の上にあぐらをかいた。
「弓、引けるように力つけてる」
「へー。剣や槍より危なくないよな。相手から離れて使うからさ」
戦では槍が1番人を殺しやすい、とこともなげにNo.15は口にした。
「戦に行ったこと、あるの?」
まだ、13歳なのに。
「うん。成人してすぐ。また行くかも」
貴族の成人の儀は12歳から20歳の間に行う。成人の儀が過ぎれば結婚できると見なされる。加えて男子は、戦への参加が許される。
貴族の女子は12歳で成人の儀を行うのが通例。けれど、貴族の男子は理由がない限り、18歳から20歳で成人の儀を行う。
きっと、戦に行かせるために、12歳で成人させられた。それが後宮。「生き延びた」なんて言ってたけれど、今もNo.15は命を狙われている。
戦に行った場所を尋ねたら、当時の最前線、激戦区だった。
「子供なのに」
成人の儀を済ませていても、No.15が子供なのは明白。身長だって私と変わらないし、ひょろひょろした子供体型。
「戦場って、子供、いっぱいいるよ」
「え?」
「食いもんと金目当てに子供が参加してる。オレより小さいのもいっぱい」
「知らなかった」
参戦する兵士にはランクがある。将軍から雑兵まで。主だった兵士は、都や拠点に集合して戦場まで歩く。多くの者に、鎧や武器が支給される。反対に、戦場に単発アルバイトのように来る者達がいる。雑兵。近所の貧困な農民やゴロツキ。雑兵には鎧が支給されない。武器は自分で用意した農具や竹を尖らせた物。
「オレ、知って良かったって思った」
No.15の瞳は強い光を宿した。
「知って良かった?」
そんな悲惨なこと。
「後宮にいたら、絶対に知らないままだった」
「……」
「オレが知ってたのはさ、後宮やせいぜい都の裕福な人ら。広い国のほとんどでは、貧しくて、ガリガリに痩せて、ボロい服着て、働くだけの生活してる」
「そうなの? 書物には、農民や鉱夫、商人がちゃんと働けるように、役人が世話をしてるって書かれてたよ」
「ちげーし。字を書けるのは役人以上。そいつらが勝手に書いて報告したのを、字を書ける上層部がまとめたやつだよ。世話じゃない。搾取」
暴動があちこちで起こっている状態。No.15の言うことが本当なのだろう。
戦では、No.15の前後左右に強い者が付き、自分の無能さにキレそうになったと言う。4人もの大切な戦力を自分のために割くわけにいかない。No.15は、自分が死んだら、4人は褒美が貰えるのだと後宮事情をほのめかした。
それでも1人が護衛として残った。3人は戦力となった。
No.15は、護衛と共に敵に飛び込んだ。
「訓練と実践はぜんぜんちげーの。でもさ、左で手綱持って、右手だけで槍扱えたのは、訓練してたからだな。そのこと、終わってから気づいた」
「生きて帰って来れて、よかったね」
「うっす」
戦場は、何もかもが日常と違うとNo.15は語る。
「ベッドとかないもんね」
「それでもオレ、テントん中だった。他の人は地面」
「皇子だから」
「戦じゃお荷物なのにテントん中で布団。すっげー嫌だった」
「初陣だったんだから、しょうがないよ」
「その間に、少しはマシんなったとは思うけど」
「軍記物を読んだくらいで、武術を習いたいなんて。私……」
軽々しかった。弓も剣も槍も、人を殺し、自分が殺されないための物。
「習えば? きっと役に立つ。なんか悪ぃ。なんでこんな話。オレ、どうかしてる」
「そ?」
「誰にも話してなかったわ。かっこ悪ぃじゃん」
「そんなことないよ」
「戦、なくなればいいのにな」
「この帝国の軍は強いんでしょ?」
「まあ。強い。その戦も勝った。それでも、思う。殺し合いなんて、ない方がいいって。戦で稼ぐしかないガキだってさ、政治で救えばいい」
「皇子はいっぱいいろんなこと、見てきたんだね」
「ううん。オレなんて、ぬくぬく育ったガキ。たぶん、星輝の方が修羅場知ってる」
死の商人。
「今日は、星輝がいなくて残念だね」
2人揃ってる姿は子犬のじゃれあいみたいに楽しそうだった。
「明日戻ってくる予定。生きてれば」
「友達のこと、なんて言い方すんの。」
私がNo.15の頬を指で弾いてやろうかしら。
「あいつの仕事は、そーゆー感じ。今回も」
「どこへ行ったか知ってるの?」
「おう。異母兄から聞いた。星輝は絶対に喋らないから」
武器商人は、誰よりも戦の情報を持っている。きっと、だからこその秘密厳守。
「大変な仕事なんだね」
「だな」
「皇子と星輝の関係、羨ましいな。友達」
「珊瑚は友達、いるだろ」
「いたよ。でももう会えない。お喋りしたり、箏を一緒に習ったり、いろいろ」
屋敷をこっそり抜け出して買い食いしたり、侍女達がこそこそ回し読みしていた大人〜な書物をみんなで大騒ぎして読んだり。
「文書けよ。ここにいるうちなら、後宮よりは会いやすい」
「うん。書く」
「オレよりぜんぜんいーじゃん。オレはさ、言うこと聞いてくれるやつしかいねー。星輝だけ。普通に接してくれるの」
「星輝、私には敬語だよ」
「何回も会えば、友達になれるって。すっげーいいやつだから」
「皇子と星輝はどうやって友達になったの?」
「あいつの父親がさ、毛皮や宝石を売りに、後宮に来たんだよ。オレが池で溺れてたら、助けてくれた。6歳のとき。長い竹竿で」
「人を呼ばなかったの?」
「呼んだら殺される。星輝はオレが池に投げ込まれるとこ見たから、こっそり助けてくれたんだ」
「……それって殺人未遂」
「おう。そーゆーとこだから。後宮」
軽く言わないでよー。後宮、怖いよー。
「星輝だって小さかったんでしょ? すごいね」
判断力と行動力。幼いときから星輝は星輝だったんだね。私をチャドクガから守ってくれたみたいに。
「オレらとタメ。その時6歳。星輝が仕返ししようっつったんだ。でもさ、命令したのは、オレを池に投げたヤツと違うじゃん。一応。ははは。ちょっとは仕返しした」
「何したの?」
「後宮中のカマキリの卵集めて、その宮のいろんなとこに仕込んだ」
(宮は、後宮内にある位の高い妃に割り当てられた屋敷のこと)
「おもしろーい」
「すっかり忘れたときに騒ぎんなってた」
No.15は、嬉しそうに親指を立てた。
「命狙われたのに、可愛いイタズラ」
「だろ? ちょい腹立ったのは、こんなことをするのはオレしかいないって言われたことかな。オレだけど」
「あははははは」
「最初、星輝はオレのこと皇子って思ってなくてさ。それで友達んなれたのかも。オレの母は身分が低くて、毛皮や宝石売る場に行かなかったから。で、星輝が来ると遊んでた」
「なんかいいね」
「東宮殿にも出入りしてるって知って、こっちに遠征してきた。したら、異母兄が遊びに来やすいように武術の稽古って名目を作ってくれたんだよ」
「武術の稽古… …。それで、戦に行くはめになったの?」
「そうなんだろな。次から次へと策を講じてくれるよ。妃殿達は。ま、戦はマジで行ってよかったから」
「そっか」
「なあ」
「なに?」
「オレが武術、教えようか?」
「東宮が女の師匠を探してくれてる」
「その方がいっか。女じゃないとな」
No.15はすくっと立ち上がった。
「じゃな」
「じゃね」