心惑わす名前の響き
皇子という身分。通常ならば、何かを言われるなどということはない。けれど、内乱という非常時。
頭ごなしに怒鳴った塩商もいた。『アホか、何をしに行ったんだ』『制圧するのが仕事なのに暴徒の意見を聞いてどうする』『そんなことでは暴れれば何でも要求が通ると思われてしまう』ーーーなど。
No.15はトップの塩商を交渉人として連れて行こうとしたが、命が危険という理由で断られた。青い巾を被った者の中には製塩所で働き、経営者に恨みを持つ者が多くいた。
「なにせ10万人規模」
「「10万人?!」」
想像を遥かに超える。500人程度を想像していた。
都に軍の要請を届ける時点で5000人ほど。その地の担当役人が、減俸や降格などの処罰を恐れて隠蔽しようとし、報告が遅れた。
その時、どんどん人が増えていた。そして、何ヶ所もある製塩所、塩を採取する塩湖、関連施設を次々と占拠していった。No.15に出征命令が下ったのは2万人のころ。到着したときは10万人弱。すでに女子供まで青い巾を被って鋤や鍬を持っていた。
塩商は『見せしめに100人くらい殺してくれれば、軍には敵わないと悟るでしょう』と言った。なので、No.15は剣を抜いた。
『もっと合理的な方法がある。塩商のトップの首を皆に見せる。そうすれば、皆、納得して武器を捨てるだろう。軍は人を殺すのが仕事ではない。人を守るために戦うのだ。民衆は殺さない』
この宣言で軍がNo.15についた。軍の大半は庶民の兵役や志願兵。貴族の武官幹部であっても、戦場で命の尊さを知っている。
現在、塩の値段をどうするかという話し合いをしているのだそう。
「ここに情報が届くまで、日にちがありますから、もう上手くいっているかもしれません。反対に10万人が100万人になって、軍が全滅って可能性もありますが」
「そんな」
「宦ちゃん、意地悪い言い方すんな」
「ご安心を。東宮が向かわれました」
東宮は、絶対にNo.15を見捨てない。
待つことしかできない自分が歯痒かった。
麗様はバルコニーに手すりをつけて完成させ、荷馬車のための車庫まで造った。荷馬車は大切。二重底の床に銀子がたくさんあるから。車庫は家と繋がっている。
私は書写のバイトと畑仕事を頑張った。鶏を飼うようになった。
No.15の帰還は、4ヶ月後だった。
南部の気候に慣れていた麗様と私が、渡り鳥のように「やっぱ南へ行こうか」なんて話していたころ。
「戻った!」
No.15が家を訪ねてきた。周りにはNo.9も護衛もいない。でもって、ぼさぼさと無精髭。それでも星はすぐに分かったらしく、飛びついた。No.15は星とごろごろ転がって戯れながら話す。
「一人なの?」
「おう。街に着いたばっか。屋敷に帰ると出歩きにくいし、学院行くと、歓迎会とかありそうだからさ、先にこっち来た」
「護衛は?」
「もう屋敷行った」
No.9とNo.15は北東の街の別邸に住んでいる。護衛は、皇子を1人で放っておいていいのだろうか。No.15だから許されるのかな? もともと問題児。
「あれ? 麗は?」
「仕事。宝石商で働いてるの。店員兼用心棒」
「へー」
「皇子。無事でよかった」
「おう」
「お茶飲む? 何か食べる? 担々麺ならすぐできるよ」
「食う」
私が担々麺を作っている間、部屋で待っていればいいのに、No.15は寒いキッチンまで来てお喋りする。
「青梗菜、いっぱい入れるね」
「さんきゅ。いーなーここ」
「え?」
「温っかい」
「寒いよー」
「珊瑚、ありがとな」
「え?」
「珊瑚が地図、持たせてくれたから、すっげー役に立った」
「もともと皇子のじゃん」
「でも、ありがと」
「青い巾被って1人で交渉に行った話聞いたよ。びっくり」
「暴徒化してたけど、死人は出てなかったから」
「それだけで? 怪我人はいたんでしょ?」
「いっぱい」
「この国の皇子なんだね。私ね、第9皇子から、途中までしか聞いてなくて。皇子が文に書いたことしか。どうなったの?」
「え、こっちに話、届いてない?」
「収まったってのは、街の張り紙で知った」
街には掲示板があり、国からのおふれや大きなニュースが貼り出される。文字を読めない人は、そこにいる人に「なんて書いてあるの?」って聞く。
No.15は語った。
役人や塩商達を説得できなくて困っていたとき、東宮が現れた。16歳の若造No.15は「けっ」という存在だったけれど、東宮は28歳。威厳もある。
塩官と塩商達を黙らせた。
再びバリケードに入り、No.15は塩の値段を提示した。しかーし、まだ他より高いと難癖をつけられた。更に。
「人質を取られた」
「皇子が捕まっちゃった?」
「ちげー。別の人。賄賂をいっぱい取る役人1人と、製塩所で威張り散らしてた男。ターゲットは塩商だろうって油断してたとこを拉致られた。2人目なんて、完璧、どさくさに紛れて憂さ晴らししてるだけじゃん? まいった」
「どーなったの?」
「普通に塩の値段だけ交渉続けた。殺したら、殺人事件として処理するって脅しておいた」
「……」
この国では、殺人犯は死刑。
皇子はNo.9と共に、全ての採掘所や製塩所の帳簿を集めた。
「え? 第9皇子は出征命令が出てないって言ってたじゃん」
No.9は途中参加。
あるとき街で麗様の姿を見かけ、隠れた。なぜ隠れてしまったのか。本当は皇子なのに何もしていない自分をカッコ悪いと感じたから。そのとき、ふと『そーだ、青巾の乱に行こう』と「そーだ、京都に行こう」のように思い立ち、旅立った。
帳簿を集めたのはNo.9の指示だった。
No.9は全ての帳簿をチェックし、人件費や燃料代など必要経費を洗い出した。
更には、他の職業の賃金なども調査して、働く人々の賃金を設定し、塩の値段の範囲を割り出した。
都や沿岸部の塩よりも手間がかかっているため、1割ほど高い。
それでも、従来の値段に比べれば、その価格設定は塩商達の力を失墜させ、役人が賄賂を貰う余裕のないものだった。
「マジで助かった」
担々麺ができあがり、2人で温かい部屋へ行く。麗様と私が造ったオンドルの上に座る。レンガで造った台があって、その下はキッチンの竈門に繋がっている。部屋には囲炉裏もある。
「第9皇子は頭脳派なんだね」
「解決が長引いたのは、そこら中に広がり過ぎたせい。もうさ、なんでバリケード造ったのか分かってない人までいた。『なんか青い巾がかっけー』って」
「あらら。収集つかなくなってるじゃん」
「民衆を捕まえたくないって異母兄、東宮の方、が言ってさ。青い巾を被ってる者だけ捕えることになったんだけど。それがなかなか伝わらなくて。ほら、軍の言い方って仰々しいじゃん。『頭の青の巾を世への抵抗の意思とみなし』とかって通じない」
「じゃ、いっぱい捕まっちゃったの?」
「星輝が『青い巾取れぇぇぇ!』って叫んだ」
「え、星輝?」
突然の名前にどきっとする。
「向こうの納品に来て、バリケード築かれて出れなくなってた」
「星輝が納品するほどヤバい物、みんなが使おうとしてたの?」
「星輝の話じゃ、黒幕は塩マフィア。だから資金もいっぱい持ってた」
塩マフィア。存在を忘れていた。
「今もいたんだね」
「塩の値段が高いとこには闇塩があって塩マフィアがいる。庶民は安い闇塩を買う。で、役人の塩マフィアの取り締まりがキツかった」
「じゃ、純粋にみんなが塩の値段に怒ったってわけじゃないの?」
「闇塩も塩マフィアの取り締まりもも元はと言えば、塩が高いってのが原因だから」
「あ、そっか」




