ちまちま小遣い稼ぎ
「ね、術も呪いもなかったから、自分、イタイ子だったなって凹んだ」
「は?」
「誰もが自分を好きって前提で接してて」
「うん」
「アホみたい」
「ははは。嫌われるかもなんて思いながら喋るよりいーじゃん」
「そっか」
「オレは、呪い解いたって、オレから珊瑚への気持ち、変わらない自信あったし」
「ありがとう」
No.15は欲しい言葉をくれた。
ほんわり心を温かくしていると、目の前の強い瞳は何かを言いたげに揺れる。見つめ返し、首を傾げると、ぷいっと逸らされる視線。
「今さ、塩の値段、ぐちゃぐちゃんなってる」
なんか話題の方向転換が不自然。
「久しぶりに聞いたよ。塩の話。そういえば、文にいろんな場所の塩の値段、書いてあったね。ずーっと調べてるんだ?」
「他の人にも頼んで情報集めてる。都周辺や沿岸部は値段が下がって安定してる。3年前は大富豪だった塩商らは、普通の商店とほぼ一緒」
「辛いだろうね」
「え?」
「だんだん生活レベルが下がっていくって」
「今まで儲け過ぎだったんだよ、って、珊瑚、この生活辛い」
「まさか。豪華な生活に価値観を見出してた人は、辛いだろーなーって」
「よかった。辛いなら、なんとかするから言えよ」
「ありがと。で、沿岸部が安定してるなら、どこがぐちゃぐちゃなの?」
「内陸と西の方。内陸には塩湖があってさ、西の方は岩塩が取れるとこがある。特に塩湖の塩は、採るのと製塩するのが大変だから、その分を値段に上乗せして高い。製塩ってとこでは、沿岸部の塩田と一緒のはずなんだけどさ。塩商の人数は半分に減って、製塩に絡んでる塩商らが力持ってる」
「塩チケットで周りの値段が下がっても、ダメなんだ?」
「塩チケットは僻地対応だからなー。内陸じゃさー、塩官らが連携して塩の値段釣り上げてるんだわ。庶民の間で、沿岸部からの安い塩を買いーの、寺院を巡りーの、美味いもん食べーのってツアーが人気だったんだってさ」
「色々考えるんだね。あははは」
逞しいわ。
「笑いごとじゃ済まないんだよ。帝国の東の方の塩商が普通の商人になってるってのは、西の塩商にとってすっげー怖いことなんだよ。だから、塩買うツアーの帆船のマストが倒されちゃって。船体に横から穴開けられた船もある」
「えっ」
「もう、ツアーはなくなった。あ、そーだ」
No.15はテーブルいっぱいに大きな地図を広げた。それには塩の値段が書かれていた。分かりやすい。内陸部の塩湖の塩は沿岸部の2倍以上。
値段が急激に変化する場所では、庶民は安い方の塩を買う。15箇所ほど問題アリな場所があった。そのうち1箇所では間に検問所があり、人々が買った塩を役人が没収してしまうという事態まで起こっている。アヘンでもないのに。横暴。
「塩商と役人ってずぶずぶじゃん」
と呆れる私。
東宮殿で武術の鍛錬に参加していた兵士の多くは、塩に関連する仕事に従事していた。東宮は作為的に塩官を大勢採用した。仲間の塩官に担当させて賄賂ナシにするために。
「3年経っても塩商の牙城をなんともできないって東宮が嘆いてる」
「じゃさ、こことかこことかこの辺、間に真ん中の値段の区域を作るのは? そしたら、買いに行く手間と値段が相殺されるってことはない?」
「へー。なるほど」
「山超えてまで塩を買いに行くなんてとか、思うかも。特に橋がない川なんて、船の渡し賃の方が高くついちゃう」
「お。珊瑚、庶民が板についてきたな」
そーだね。こんなケチくさいことを気にするようになったのは、東宮殿を出てから。
「塩のゴールってどこ? 東宮殿の軍の維持じゃないの?」
「塩の値段が安く安定すること」
「理想じゃ儲からない」
「そー、それ」
政治談議が続く。
「ね、開国派と鎖国派って、今、どーなってるの?」
「バッチバチ。国の会議に参加する官僚は、皇帝抜いて100人。ざっくりな感じで、しっかり主張してる開国派が20、鎖国派20、なんとなくってのが開国派10、鎖国派10、未定が40。未定の40人を取り合ってる感じ」
「40は大きいよね。今更だけど、どーして意見が分かれてるの?」
「鎖国派は、東の国の海賊とかヤバいし、治安。それと、国の中の経済を守るため。他はアヘンとかが入ってこないように」
「それ聞くと、私、鎖国派かも」
「そ? 開国派は、国際社会から取り残されないように。今だって西洋の方が技術的にも政治的にも先を行っている。西洋諸国は、文化的に遅れた地域を武力で制圧してさ、そこの人らを奴隷にしてる。このまま差が広がったら、この国だって植民地になる」
「植民地? まさか。この国ってめっちゃ大きいじゃん。それに、世界で1番優れた人々が暮らす、1番優れた皇帝が治める、1番素晴らしくて大きな帝国って習ったよ」
淑女教育で。
「珊瑚、それは都合よく教え込まれてるだけ。本当に1番面積が広大な国は北の国」
「え、そーなの?」
「優れた人ってのは、定義がないからなんとも言えない」
「あら」
「で、1番優れた皇帝だと思うか?」
「……」
私は、宮廷の地下牢にやってきた、どスケベ下衆野郎=皇帝を思い出す。目の前にいるNo.15の実の父親だし、何か言おうものなら不敬罪。あれが1番優れた皇帝なら、終わってる。他の国はどーなるんだって話。あーよかった。我が国の官僚が優秀で。税の取り過ぎって弊害もあるって噂だけど。
「珊瑚、西洋諸国の南に、技術や文化がこれからって大陸がある。そこの人々は、奴隷として厳しい労働をさせられてる。西洋諸国に運ばれて、そっちで奴隷になってる人達もいる」
No.15は、イスにかけてあったブランケットを三角にし、テーブルの高さで水平にした。その三角は、テーブルいっぱいに広げてある地図よりも大きい。
「?」
「これくらい広いとこ。もちろん、全部じゃない。沿岸部のところどころ。帝国て同じことが起こったら、、、」
No.15は我が国の主要な港を北から順に挙げていく。最後から2番目に南自治区の港が入った。
「帝国の外って、そんなことになってるの?」
そこにいきなり、No.9が入ってきてブランケットの端を持つ。
「知らなくていいのですよ、珊瑚様。みんなが日々楽しく生きられるよう、国のトップが考えるのです。庶民が気にしていないということは、政治がうまく行っている証」
「そうなのですね」
「全く。2人でいい感じになっているのかと思えば、クソ真面目な話しやがって」
No.9は、ぼふっとNo.15の顔にブランケットを投げた。それを見た麗様が注意する。
「おい宦ちゃん、ご主人にそれはないだろ。いくら自分の方が賢くても」
それを聞いたNo.9は密かに、「ぷっ」と笑った。
「オレが許せないのは、鎖国を主張してるヤツらの多くが、自分の儲けや出世しか考えてないことだよ。残念ながら、そのトップは父なんだけどさ。しかも、ただの小遣い稼ぎ。帝国1番の金持ちのくせして、ちまちまと。どーして小遣い稼ぎなんて。情けない」
「まあ、皇帝が使うのは、税の一部。自由になる小金はありませんので。それは、東宮も同じこと。公文書の範囲内では、敵を欺いて、禁軍(皇帝の軍)や私軍を強化することはできないのです」
お金を持ってても自由には遣えないのね。
似たもの親子。皇帝は皇室御用達の印で密輸に加担して禁軍を強化。東宮は塩の売買で私軍を強化。
そしてどっちも先細り。
皇帝は若葉宮にDoの紅茶が保管されていたことから、不正がバレていると悟ったはず。もう、密輸に皇帝御用達の印を使わないだろう。そうすると、ロイヤルティってお小遣いが入らなくなる。
東宮は、自分が採用した塩チケットによって、塩の価格を下げ、恐らくは利益が減っている。僻地へ運ぶ経費が大きかったという話だけれど、大富豪の塩商達が普通の商人になるほどの価格変動。自ら蒔いた種による不利益を喰らっているに違いない。




