山中大火の鸚鵡術師
ぽいっと地面に下ろされたNo.9は、膝に手をついて、はーはーぜーぜーと呼吸を整えている。麗様とNo.15は揃って腕組みをし、No.9を睨む。
No.9は地図の上、北の方を布で隠した。
「猟師が馬で市場に来られる距離は、この辺りの山まで。今、珊瑚様と麗がいる馬宿はここ。馬宿の夫婦が指差した山は、こっちの方角とこっちの方角。山の高さからして、この山かこの山かこの山か……だから、この範囲になる」
「「「……」」」
地図の左の方と右の方、西と東に皿を置く。
範囲がかなり狭まった。
「この中に、オレら学院生の間で肝試しに使う山がある」
No.9は1つの山を指差した。
「おう、みんなで行ったな、ハゲ霊山。出るって聞いて。怖いから昼間」
昼間。肝試しにならないじゃん。
山頂へは道があり、1時間ちょっとで登れるらしい。一般的に、学院生達は明るいうちに登頂、夜、頂上で肝試しと称して酒盛り、明るくなってから下山というレジャーをする。楽しそう。
「頂上に家が潰れた感じのがあった。あれ寺かも。焼けたってよりも雨風で朽ちてた」
「ガチな雰囲気だったし」
「なんで出るって言われてるか聞いたことがない」
「そーいえば」
出ると噂の廃墟ありの山、通称「ハゲ霊山」。いかにも事故物件。山火事の可能性大。
No.9が特定したのには、もう1つ理由があった。
「いつから学院生が肝試しに使っているのか。アラサーの先生は『私も学院時代に肝試しをした』とおっしゃった。アラフォーの先生の在学中は肝試しのレジャーはなかった。そうすると、肝試しに使い始めたのは、10年から20年くらい前の間。術師が身を寄せた寺の山火事は17年程前。一致」
山の入口までなら馬で行けるとのこと。と、そこで麗様が気づく。
「その山、上らなくてもいーんじゃね?」
「あ、そっか」
探したいのは術師。山には崩れた建物跡があると分かっている。術師は、山火事の際に隣の山に逃げたと聞いた。
「隣の山探せばいい」
「そーだね」
再び地図に目を戻し、がっくり。肝試しの山の周りは南以外山。探すのは広範囲。そこでNo.15。
「土地台帳は?」
「寺は土地台帳に載らない。戸籍も僧は除外。寺に入るときに名前を坊さんの名前に変える。還俗するとき、また名前を変えるから調べられない」
No.9って物知り。
「2人で行くの?」
No.15が心配する。変な人だったらどうする、珊瑚の父親を恨んでいるなら珊瑚に危害をくわえるかもしれない、誰からも好かれるを誰からも嫌われるに変えられたらどうする、などなど。うざっ。
「いーの。全て自己責任」
「珊瑚、変わったな」
とNo.15。
「変わった?」
「自分で何かをするって感じじゃなかった。初夜ぶっちぎって逃げて、毛虫で泣いて、武術の鍛錬のときも縮こまってオドオドしてた」
そうかな。今だって、初夜だったらぶっちぎる。毛虫のときは、No.15と星輝の優しさに泣けたの。武術の鍛錬は、見られてる感がスゴいんだって。「下手くそで微笑ましい」って思われているのが分かるの。だんだん慣れたけど。
でも、あのころの私だったら、自分で誰かに会いに行こうなんて思いつきもしなかった。やっぱ、変わったのかな。
結局、肝試し山に登った。民家チェックのために。
「星、待って」
当然だけれど、山登りは星が圧倒的に速かった。頂上には建物の残骸、学院生達が置いて行っただろうゴミ、空の酒樽などが転がっていた。
頂上から見下ろすと、家は、ぽつん、ぽつんと離れてある。南自治区での家を思い出す。
街から見て奥の山にある家からスタート。術師って、なんとなく、山奥で修行してそうなイメージだから。空き家だったり、老人だけだったり。聞き込みをしながら調べる。誰もが「術師など知らない」と言った。
もう、17年くらい前の話、引っ越してるかも。
9軒目、クリーム色の塀に黒い文字が書かれている家があった。文字はまるで模様のよう。長い文の中にある「山中大火」の4文字に足を止める。え、山火事?
「どした? 珊瑚」
「『異苑』」
「胃炎?」
麗様はお腹を抑える。
「お世話んなったとこが火事になっちゃったよーって、山火事を消そうとする鸚鵡の話」
「へー」
「この家かも」
ちょっと狂気じみたものを感じる。それが、杏から聞いた話に重なる。
塀の中を覗くと、男が軒先で草鞋を編んでいた。
門に扉はなく、そのまま庭をつっきって「ごめんください」と大きな声を出す。
「珊瑚と申します」
男は驚き、手を止めて立ち上がる。背が高く、私は男の顔を見上げた。似ている。鏡の中の自分に。私の顔は基本、母そっくり。けれど、鼻の形と顎のラインは目の前の男のそれだった。
「珊瑚……」
自分に呪いをかけた術師を探しているのだと話すと、男は、あっさり自分だと言った。
男の名は「陳」。気持ちの良い季節だったので、庭のテーブルとイスで話すことになった。テーブルの上には魚や香辛料が干してあり、陳氏はそれを退けた。
布の色が変わるほど着古された粗末な服、髪は束ねてあったけれど、白髪が混じり、40歳ほどのはずなのに50代に見えた。私達にお茶を出す手の皮膚は火傷の痕で引き攣っていた。
陳氏の過去には触れず、術を解いて欲しいとお願いした。
「そんなものはない」
「貴方が訪れたとき、空に黒い雲が広がり、私に呪いをかけた瞬間、稲妻が走り、空を切り裂くような音と共に強風と雨に見舞われたと聞きました」
「偶然だよ。雨雲が来ていた。それに、私は術師ではない」
「頭から布を被っていたと」
陳氏は、左の頬から首にかけての火傷の痕を見せた。
「隠すためだ。雨避けも兼ねて」
「では、なぜ、呪いをかけるなどとおっしゃったのですか?」
「申し訳ないが、私は君の父君をとても憎んでいる。君の母君は、私の元婚約者。一目でいいから会いたかった。君にも。本当は、あの祝いの席を血の海にしようかと思っていたんだよ」
「……」
「できなかった。みなが怯えている中、君が私に笑ったから」
まあ、なんて空気の読めないベイビーだったのかしら。
「けれど、私は、呪いのせいで」
「誰からも好かれ、大切にされる子に育って欲しいと願いをこめた。けれど、家族を殺された恨みは大きい。願いなどと言えなかった」
「父が、申し訳ありません」
「私達が弱かっただけだ。政治の世界ではよくあること」
「政治? 父は商人です」
「政商だよ。政治に大きく絡み、利を得る商人。母君は息災か」
「はい。元気にしていると文にありました」
「よかった。あの日、君の父君を殺さなくて」
父親の焼身自殺で屋敷と家族を失い、身を寄せ、お世話になった寺も山火事になり、顔や手に火傷を負った。陳氏の犠牲の上に、母と私の生活があったのかもしれない。
薬問屋の父は低身長。母も背は高くない。
陳氏は、私の実の父なのだろう。それでも、薬問屋の父への愛情が薄れることはなく、むしろ、2人の父の愛の大きさを感じる。
歩き疲れて、馬宿でごろごろしていると、No.15が来た。
「急遽、都に戻る。知らせに来た」
「何かあったの?」
「若葉宮の蔵で火事」
「え。怪我人は?」
「まだ分からない。Doの紅茶、皇室御用達の印が入った蔵かも」
「ええーっ。密輸の証拠じゃん」
「確認に行く。で、そっちは?」
「会えたよ。呪いはね、かけてないって言われた」
「へ?」
「術師じゃなかったんだって」
「皇子、もう参りましょう」
No.15の背後からNo.9。その後ろには、馬車や護衛の姿があった。
「気をつけてね、皇子」
「珊瑚。またゆっくり会おう」




