単に呪いのせいです
第3側室ピンク芍薬、第4側室紫陽花が去った後の残り香に包まれながら、自分の特殊能力を思い出す。
ーーー誰からも好かれるーーー。
とすると、チャドクガを仕込んだ人は誰なんだろう。私と会っていない人? 自分は、正室か側室の誰かだと推測していた。婚儀の翌日、正室と側室には挨拶している。私への敵意がなくなった人は、チャドクガを降らせようなんて思わないはず。
うーん。
考えてみる。指示した人と実行犯は別。指示した後に私からの挨拶があったのかもしれない。
婚儀翌日午前 正室&側室の人達へ挨拶
午後 チャドクガ落下
これに犯行を重ねて推測してみる。
婚儀の日以前 チャドクガの指示
婚儀の日 実行犯が仕込み
婚儀翌日午前 正室&側室の人達へ挨拶
午後 チャドクガ落下
実行犯は、私を好きであっても、命令には逆らえない人。あるいは、私がこの部屋にやって来る前にチャドクガを仕込み、私には会っていなかったのかもしれない。
チャドクガを仕込むのは人目につかないとき。婚儀の日は、皆、東宮殿にいなかった。絶好のチャンス。恐らく、そのときに作業をしたのだろう。想像しただけで吐きそう。毛虫を1匹1匹、木の枝に置くなんて。しかも相当数。
今後、こういったことを避けるには、なるべく人に会う!
特殊能力をフル活用して、1人でも多くの人の心から、私への敵意をなくそう。
特殊能力を考えるとき、少し悲しい。自分が魅力的で素敵な人間だから好かれるんじゃなくて、呪いのせいで好かれるだけってとこ。自己肯定感、だだ下がり。
ピンク芍薬も紫陽花も、素敵な女性だった。自分も、あんなふうに人間として魅力があれば自信を持てるのに。
夕食前、東宮の訪問があった。
私の居室の扉は開け放たれたまま。東宮は廊下に立ち、私は入り口の中央に立って、部屋への結界を示す。入らないで。
「弓を持ってきた。引く練習をしなさい」
「ありがとうございます」
弓を受け取っても、東宮は廊下に立ち尽くしている。
体を張った結界は、意外にも有効ーーーではあるけれど、帰ってくれない。
分かってる。気に入られちゃったんだよね。明日の朝も教えてくれるんだから、今日はもういいのに。
「……」
「……」
私を気に入るなんて、ただの呪いのせい。
「……」
言ってしまおう。
「東宮は、私にかけられた呪いのことをご存知ですか?」
「呪い?」
「私には『誰からも好かれる』という呪いがかけられているのです。なので、東宮も私のことを気にかけてくださるだけなのです。ご存知なのかと思いました」
「いや。知らなかった」
「その噂が皇帝の耳に届いて、私を望まれたのだと思っていました」
「父は、見る者を虜にする美しい娘がいると聞いたのだ」
そう聞いただけで、たった13歳の娘を後宮に差し出させようとしたなんて。この国の皇帝はどうかしている。玉座にふんぞり返って、民を虫けらのごとく思っているのだろう。
現皇帝は、世襲による何代目か。国の礎を造ったのは初代皇帝。国土を広げたのは2代目、3代目。4代目で戦は減り、政治が盤石なものになった。
現皇帝は、政治を文官任せにしている。確かに科挙によって選ばれた文官は優秀。複雑怪奇なシステムを構築した。
文官は貴族出身で、構築されたシステムによって貴族は財を蓄え、権力を欲しいままにしている。政治は民のためではなく、貴族のため。体質は下々の役人にまで浸透し、汚職と賄賂が蔓延っている。
たった13歳の私ですら、知っていること。
耐えかねた民が方々で暴動を起こしている。
今や、皇帝は血脈の継承をしているだけ。
「皇帝は、呪いをかけられた娘を物珍しく思っていらっしゃるのかと」
政治に力を注がず、余興感覚でたった13歳の娘を招呼した。
「とんでもない」
そのとき東宮は、扉の両側に立つ2人の侍女に視線をやった。聞かれていると。皇帝が私を物珍しく思ったという発言は、皇帝が低俗であるという侮辱ともとれる言葉。
「……」
「その話は、明日の朝にしよう」
東宮は、皇帝への侮辱よりも、呪いの方を気にしているように見える。
聞かれたって構わない。呪いの話で東宮が私から離れてくれるなら。
「冷静にお考えください。私など、女性の魅力もない子供なのですよ。もし、私のことを気に入ったとおっしゃるなら、それは、ただの呪いのせいです」
「珊瑚の呪いは珊瑚のもの。私の気持ちは私のものだ」
「?」
言葉の意味が分からなくて首を傾げる。
「珊瑚を気に入っている私がここにいる。それが事実だ」
「ですから、そのお気持ちは」
「会いたいから会いに来た。顔を見たい。弓を教えるのが楽しい。一緒に馬で遠出したい。そのことに、女性の魅力も子供も関係ない」
だからぁ、そーゆーふーに思うのも、
「呪いのせいです」
女性の魅力も子供も関係ない感情なら、ガルルルなことにはならないはず。そこは安心できるのかな?
「呪いなど気にするな」
いえいえ。私じゃなく、東宮に気にして欲しいんだってば。
「……」
「そんな困った顔をして……。顔を見たから私は失礼する。慣れない環境で疲れているだろう。しっかり体を休めなさい」
やっと扉が閉められると、大きく息を吐きながらしゃがみ込んだ。膝にアゴを乗せて床を見る。
言葉が通じない。
朝、東宮からの弓の指導では少し気持ちが楽。部屋というプライベートな場所とは切り離されているから。
ぴったりと体が重ねられ、両手を包まれて弓の引き方を習う。下心は感じない。真剣に指導される。
ただ、その大きさに、東宮は大人なのだと認識する。
ジャケットを頭の上に広げて、チャドクガから守ってくれた星輝より広い胸。両手首を握って、安全な場所へ導いてくれたNo.15よりも逞しい腕。
大人というか、おっさん。
妻を複数人持つような。
私にとっては、汚らしい大人の男。
No.15や星輝と一緒に弓の練習ができたら、楽しい気がする。
遊びながら、ふざけながら、競い合う。想像しただけで顔が綻ぶ。
「呪いについて尋ねてもよいか?」
弓を射るスペースで問われた。家臣が近くへ寄ることはない。
「はい。私が生まれて100日目のお祝いをしているときでした」
100日目のお祝いは、正室の子の場合は派手に行われる。私は貴族といっても側室の子。お祝いは両親と正室、母方の祖父母でのこじんまりしたものだった。
庭でいつもより豪華な食事をしていたときのこと。空に黒い雲が広がった。いつの間にか開いていた門から術師が入ってきた。頭からすっぽりと布を被った姿の術師は、父の前に立った。
術師は、父の政敵だった男の息子の変わり果てた姿。父は驚いて声を上げた。「生きていたのか!」と。このとき、術師は父に恨み言を言い放ったと聞く。けれど、母も杏もその内容を教えてくれない。罪を犯した術師の父親が焼身自殺をし、屋敷も家族も燃えてしまった話は聞いた。恐らく、内容はそれだろう。
父は、結婚目前で外聞が悪くなった母に情けをかけ、母を側室にした。
大きくなった私は、父が術師の父親を罠に嵌め、自殺に見せかけて殺し、屋敷に火を放ったのではないかと疑っている。母は戦利品。そのことは東宮には伏せた。
「術師は言ったのです。私を見て。『誰からも好かれるという呪いをかけよう』と。その瞬間、稲妻が走り、空を切り裂くような音がして、強風と雨に見舞われたそうです」
「そうか。そんなことが」