雨露霜雪治世の子宝
読んでくださってありがとうございます。
「恋挽歌」の章の最初にep.61「いつか笑うはずの夜」を追加挿入しました。
「誰もが好きに? 願いの間違いだろ。……そーでもないのか」
麗様の視線は宙を泳ぐ。恐らく、皇帝や東宮のことを思い浮かべたのだと思う。
「その呪いをかけた術師を探して、呪いを解いてもらうの」
「へー」
「その術師が今、どこにいるのか知りたくて」
父母に尋ねた方が確実かもしれない。けれど、東宮殿に帰らないつもりの私は、両親に会わせる顔がない。
「なんか、面白そう」
麗様は目をきらきらさせる。東宮殿に挨拶に行った後、私は麗様との別れを覚悟しているのに。
「星輝が私のこと好きになってくれたのは、そのせいかも。東宮も皇帝も。麗だって」
「私? そっかなー。護衛より武術を教えるのより、一緒にいるのが楽しいけど」
「うっわー。嬉しい! 刹那落としならぬ、言葉落としの麗様だね」
刺さった。
その後、第3側室ピンク芍薬に銀子を返す綺麗な袋と、第4側室紫陽花の持っていた指輪で、麗様に渡した物と似たものを購入した。バカ高かった。紫陽花に渡された指輪は、麗様への1個以外はそのままある。麗様と星輝は東宮からたっぷり経費を前払いされていたから。南自治区での生活は、食事くらいしかお金の必要がなかったこともある。
「杏様には、この髪飾りが似合いそう」
麗様の見立てで、杏へのお別れの品を用意した。
問題は、どう東宮殿に入り、他の誰にも見つからずに3人に会って、脱出するか。
杏に会うのは簡単かもしれない。主のいない部屋で、杏はもう1人の侍女と2人で暮らしていると文にあった。その侍女は、私が東宮殿に輿入れするときに新規採用された者。恐らく、誰かに密告はしない。
ピンク芍薬と紫陽花の周りには、常に大勢の侍女がいる。
まず、麗様が忍び込んでコンタクトを取ることになった。麗様は、そのときに銀子と指輪を渡してくると言ってくれたけれど、それは直接渡したい。
さっそく忍び込んだ麗様は、朗報を持ってきた。
「近々、2人とも一緒に、都外れの寺へ祈願に行くんだって。休憩場所で人払いするって」
「ありがとう! 麗」
聞いたお寺は、安産祈願で有名なところ。
お優しい2人だから、きっと、親類の誰かのために祈願なさるのだろう。
違った。
「元気な姿に安心しました。珊瑚」
「珊瑚! もう、心配したよ」
指示された場所には、少しお腹が膨らんだ2人がいた。
ご挨拶して、お礼を述べて、銀子や指輪を返すなどしている間中、ずーっとちらちらと2人のお腹を見てしまう。大きいよね? 太ったんじゃないよね? でも、微妙と言えば微妙。
「ふふふふ。5ヶ月ですわ」
「そーなの。揃って」
「おめでとうございます」
んーっと。東宮がEDってゆーのはウソだったとしても、東宮殿には夜伽はなかったのでは? じゃなかったら、元正室の菊蘭様は辛い思いをしなかったわけで。
はっ! まさか、2人とも皇帝の……。いえいえ、それだけは絶対にない。
「ふふふふ。不思議そうな顔をしていますね、珊瑚」
「もう、可愛い」
ぽふ ふわっ
紫陽花は、今までのように私を胸にぎゅっと抱かなかった。お腹にちょっと私の体が当たってしまい、腕だけを私に回した。
「お二人とも、イスに座ってください。重いのではありませんか?」
「ふふふふ。重くはありません。大丈夫よ。では、座りましょう」
「男の子とか女の子とか関係なく、無事に生まれてくれることを祈ったわ」
「どちらかはお世継ぎかもしれませんよ。すごいです」
「ふふふふ。珊瑚がいたころからは想像もできないことですよね」
「ほーんと。災い転じて福となすよ」
「災い?」
「ふふふふ。元正室のことは知っていますか?」
「東宮の不名誉な噂のことは?」
2人に尋ねられ、「はい」と頷く。
元正室の菊蘭様は、東宮が謀反の嫌疑をかけられたとき、皇帝直々に取り調べを受けた。そして、セックスレスであることを皇帝が知った。そのとき、東宮は宮廷に軟禁状態。皇帝、皇太后様、皇后様から叱責された。そして、宮廷医からEDと診断された。
ピンク芍薬と紫陽花は、実情をご存じないようだった。
「ふふふふ。珊瑚も大人になりましたね。さらっと話を聞けるのですから」
「大変だったのよ。東宮殿に側室達の親戚が毎日のように訪ねてきて」
側室の地位は一族に関わる大問題。愛だの恋だのレスだの言っていられない。
噂は瞬く間に広がった。東宮殿には、マムシ、スッポン、高麗人参、オットセイや鹿の睾丸、タツノオトシゴ、あらゆる精力剤が集まった。
それでも東宮は、ガンとして子供を作ろうとしなかった。
「東宮が変わられるようなことがあったのですか?」
「第3皇子と第5皇子が喧嘩なさったのです」
「ただの喧嘩じゃないわよ。2人の持つ領地の農民達が揉めて、井戸に毒を入れたの。そこからはもう、殺し合い」
「えっ」
第3皇子と第5皇子は仲が良く、領地も隣接していた。境目で農民達が揉めても、常に温情ある解決をしていた。しかし、東宮が子を成せないとなったとたん、2人はライバルになった。血で血を洗う後宮サバイバルゲームの続編、皇帝継いじゃうもんねゲームが幕を開けてしまった。
これに心を痛め、東宮はEDを克服した。
「ふふふふ。このお腹でも、東宮はただ一緒に時間をすごすためだけに部屋を訪れてくださいます」
「変わったわよね。政治の話をできるようになって、とっても有意義」
「そ、そーなのですね」
この2人なら、一晩中でも政治の話をしそう。
「ふふふふ。最初は律儀に、平等に側室のもとを訪れておられたのです。けれど、私達が身籠ったとたん、役目は終わったとばかりに、第1側室と第2側室のところへは足をお運びにならなくなりました」
「第1側室は、政治的に対立している、鎖国派の皇帝側だから。第2側室の場合は、ご本人がお子を望まれていないの」
第2側室は、東宮に涙ながらに打ち明けた。自分は後宮で子供を守り切る自信がないと。『どうか、お捨ておきを』と東宮の前で跪いた。
「後宮とは、そんなにも恐ろしい場所なのですね。それでもお二人は、きっと悠々と泳いで行かれるのでしょう」
「ふふふふ。そうね。東宮は必要以上に側室を増やすつもりはないそうよ」
「ぶっちゃけ、私達のところを頻繁に訪れるのは、お腹が大きくて夜伽の必要がないからでしょうし」
「?」
「ふふふふ。東宮は、子作りよりも政治談義の方がお好きということです」
「ちょっと残念ではあるけれど、1人2人生まれたら、もっと子供が欲しくなるでしょう」
「ふふふふ。産後も美しさを保ちましょうね」
「頑張りましょう」
「珊瑚はいつ帰るのですか?」
「もう、帰ってきても大丈夫。謀反の話は立ち消えたから」
「私、お二人にお礼とお別れを言いに参りました。これから、庶民として生きていくつもりです」
宣言すると、2人は反対した。
「甘いですわ。病気をしたら、怪我をしたらどうするのですか。戸籍がなければ様々な弊害があります。結婚できないのですよ。重婚になります。女1人で生きていける社会ではないのです」
「そうだよ、珊瑚。結婚しなくても、もし、子供ができたら? 子供に苦労させたくないでしょう? 教育をつけてあげたい、いい環境を用意してあげたいと思うなら、今、東宮殿に帰りましょう」
2人は私に、1人の人間としてアドバイスをくれた。「子供だから何もできない」「貴族だったから何もできない」とは言わなかった。感謝します。
「後悔するかもしれません。けれど決めたのです」
お寺の鐘が別れの時を告げた。




