下品な言葉遣えます
あっという間に3日目。
午後イチで傷口を診て、包帯を取り替えたら退院の予定。
麗様が馬の世話に行っていて、私が星輝に朝食を出した。
お盆に載せた鶏肉のお粥を置く。真ん中に赤いクコの実をトッピングした。料理はまだまだ下手くそだけど、庶民の女性の必須科目。料理が上手なことは、女として高得点なのだとか。頑張りました。
「どうぞ。熱いから気をつけてね」
「珊瑚も一緒に食べないの?」
「私はあっちで」
キッチンへの扉を視線で指す。
これ以上星輝に近づくのは辛い。
「一緒に食べよ」
そんな真剣な目で訴えられたら。……そうだね。最後の食事だもんね。
私は、キッチンに置いてあった自分の分を持ってきた。
「「いただきます」」
湯気が立ち上るお粥をスプーンですくい、ふーふーと冷ます。
「こうしてると、あのころみたいだね」
「だな。……あのころより……珊瑚、綺麗んなった」
こんなにもストレートな言葉、かわし方が分からない。
「星輝こそ」
大人になってる。
「2年前、オレ、あのまま一緒にいたかった。戦場とは全く反対の場所でさ。楽しかった」
「うん。楽しかったね」
「鶏が産んだ卵、誰が食べるかジャンケンして」
「星輝、ジャンケン弱過ぎ」
思い出話が弾んだ。火傷しそうだったお粥は、ちょうどいい温度からだんだん冷めていった。
「ははは。珊瑚、死体見つけた後、3人で無口んなったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「衝撃だよな」
「あ、そーだ。星輝が使ってたベッドの下から、青峰さんが持ってたお金出てきたよ。すっごい大金」
「皇子から聞いた」
「知ってたんだ」
「皇子とはちょくちょく会ってるから、珊瑚の文のこと聞いたりした」
No.15は筆豆。北東から送られてくる文は、東宮殿のチェックを受けない専用ルート。冒頭に塩や米の値段、挨拶文なしの箇条書きという、ほぼ業務報告文。
いつも、文を持ってきた人に返事を託していた。その内容が、No.15経由で星輝に届いていたなんて。
「そっか」
「2年前さ、オレ、まだガキで。すっげー珊瑚のこと好きだった」
「……」
過去形。
告ってもいないのに、フラれるフラグが立ってる。
「ガキ過ぎて怖いものなし。自分のことしか考えてなかった。あのころの自分の方が、今より強いと思う」
「今は弱いの?」
「たぶん」
「それは、あのときに捕まって拷問されたから?」
私のことを話さなかったために辛い目に遭った。犯罪者の焼印まで押されて。目の前にいる私は辛酸の元凶。とんでもない女だって現実を、体に刻み付けられた。
星輝は「違う」と首を横に振る。
スプーンで掬ったお粥は、水分を吸い切ってねっとりと固まっている。口に入れると、冷えていた。星輝も私と同じように、冷えたお粥に視線を落とした。
「珊瑚、東宮殿に帰るために都に来たの?」
「ううん。東宮殿には、お世話になった人たちへ、ご挨拶に寄るだけ」
「東宮には?」
「会わない。どこか、別のとこへ行こうと思ってる」
「え」
「今、ムリって思ったでしょ。できるところまでやってみたいの」
「だったら珊瑚、オレと」
カシャン
星輝の分厚い右手が私の左手首を握った。反動で星輝の箸がお盆から床に落ちる。
ずるい。
ホントだ。星輝、2年前の方が無敵だった。私の出方なんてお構いなしに抱きしめて。
今の星輝は、私が東宮殿に戻らないって知ってからのアクション。気持ちに種類なんてないかもしれない。でももう、熱の塊みたいな想いはないんだね。それは私を尊重してるって大人な対応とも取れる。
私ね、東宮殿から、ぜんぜん違う世界に連れて行ってくれた星輝が、好きだったよ。今も、あのときの星輝が好き。いつもは静かなのに、時折、激しい心の中を見せてくれた。
星輝が変わったように、私も、大人になったの。
「他の女と乳クリ合ってんのに、人妻に手ぇ出すな!」
「乳……」
目の間の星輝は口を円くして固まっている。
「早く食べて。片付けたら、もうお暇するから」
「え、珊瑚……」
「キッチン片付けてくる。後で、下げに来るね」
私は落ちた箸と自分の器とスプーンの載ったお盆を持って、とっとと退場した。
最後の別れはクールなもの。
2年前の、あの、心を引き千切られるみたいな辛さは何だったんだろう。
昼間は普通に過ごした。流石に、夜はダメだった。
都の外れに宿を取り、柔らかい布団の上でうずくまって声を殺して泣いた。
「お疲れ。酒、買ってこようか?」
麗様が慰めてくれる。
「明日、甘いもの食べたい」
「分かった」
「……」
「あのときの星輝」がいなくなった悲しさに泣いた。
「あのさ、珊瑚。鯨飯の女の人、星輝のカノジョじゃないって」
「……」
「鯨飯に来る客が、情報や仕事持ってくるんだって。だから星輝、通ってるだけ」
「……」
「遅かった?」
私はぶんぶんと首を横に振った。
「ううん。私ね、東宮殿に帰らないって話したの。そしたら、星輝『だったらオレと』って言った」
「よかったじゃん」
「よくない」
「は? なんで?」
「ずるくない? 過去形で告った後に」
「……そんなもんじゃん。逆に、珊瑚の気持ちも聞かずに『オレと』とか言われたら困るっしょ」
「2年前は、そんなこと聞かなかったもん」
「メンドクサイ女」
「そうなのかな。例えば同窓会で、女友達が思ったより脈ありそーたったから『好きだったんだ』とかって、ワンチャン狙う感じと一緒じゃん」
「ちょっと、何言ってんのか分かんないんだけど」
ちなみに、麗様は扉を隔てた部屋で、星輝と私のやりとりを全て聞いていた。
「星輝かわいそ。拷問されても珊瑚のこと黙ってたのに。拷問で死ぬ人、いっぱいいるんだよ。拷問終わったって、牢の中で手当なんてしてもらえないし、一緒の牢に入ってんのが悪かったりすると、飯取られて、やりたい放題されて死ぬ」
「死?」
「大袈裟じゃなくて、あいつは、本当に命懸けで珊瑚を守った。そこは分かってあげな」
天井からぶら下がった縄で手首を縛られ、板で打たれる星輝を想像する。それを招いた自分の悍ましさにぞっとした。
それでも。
「……それは、2年前の星輝」
「逃した魚の大きさに気づいたときって、大抵遅すぎるんだよ?」
「麗、まるで恋愛マスターの言葉」
「芝居やってたから、セリフはいっぱい知ってる」
次の日、いっぱい食べた。街角で、花売りが失恋の歌を歌っていた。
恋を知って女は綺麗になる、恋を失う女は一縷の望みの色香を放つ、そんな歌詞。
「だったら私、色っぽくなってる?」
「始まってもいないのを終わらせたのに。色香なんかあるわけないじゃん。菊蘭様みたいな色気のことじゃね?」
「あったね」
ぞくっとした。
菊蘭様は、東宮を好き過ぎて辛くて憎んで色香を放ったのかな。それとも、皇帝を好きになって色っぽくなったのかな。後者は考えたくない。
誰かが花売りにリクエストする。恋が始まる歌。
好きな人が自分のことを同じように想ってくれるって、奇跡なんだね。
麗様は花売りにチップを渡して花を買い、私に渡す。
「綺麗な声だったから、買ってあげたくて。花、貰って」
「ありがと、麗」
柔らかい歌声に乗った歌詞みたいに、いつかまた、恋が始まったらいいな。ひりひりと焼けつくような。辛い思いをするかもしれない。それもひっくるめて、恋に落ちる覚悟をするから。
「麗。私ね、杏に聞きたいことがあるんだ」
「杏様に?」
「うん。私、生まれて100日目に呪いをかけられたの」
「呪い?」
「ーーー誰もが私を好きになるーーーって呪い」




