ブラック麗様再降臨
夜更け、闇医者が戻ったとき、星輝はまだ眠っていた。
泣いた顔を見せられない。
ちょっと急用が、と闇医者の前を礼をしながら顔を伏せて通り抜け、麗様に、荷馬車で待つことを伝えた。
荷馬車の中、星を抱っこ。
「うまくいくかなぁ」
星は軽く首を傾げる。
こんな風に泣いてたら、星だって変に思うよね。
翌朝、荷馬車の中で寝っ転がって、ぼーっとしていると、麗様が来た。
「飯、食お」
「星輝は?」
「目ぇ覚めた。3日くらい、あそこで安静だって」
「3日も。仕事、大丈夫かな」
「鯨飯に入り浸ってるんだったら、大丈夫なんじゃね?」
「……」
「ごめん。珊瑚」
「私こそいちいちごめんなさい。じゃんじゃん言って。そーゆーの」
「今、親父だけ仕事に行ってるってさ」
「親子で仕事してるんじゃないの?」
「2つ仕事が入って、星輝の方は早く終わったらしい。大丈夫。一応、無職ではないっぽい」
「もう、これで、東宮殿行くこと考えなきゃね」
「世話しろってさ」
「え?」
「闇医者がさ、3食も作るの嫌だって。あのオヤジ、昼、菓子とか食って、夜は飲み屋で酒&飯。治療はするけど飯やその他の世話はしないんだって」
「なにそれ」
「金渡しただろっつったんだけど。ってことで、珊瑚、どーする? 星輝にさ、鯨飯に連絡しようかって聞いたら、世話はかけられないって。食いもんは自分で買いに行くって言ってた」
「安静にならないじゃん」
結果、闇医者の家のキッチンを借りて食事を作ることになった。闇医者の家は狭い。寝取りまりは荷馬車。
星輝には、麗様が食事のみ届けると話した。たった3日間。1日目の朝は、すでにマーラーカオ(蒸しパン)で終わっている。
昼、ナスと豚肉の炒め物を作った。白米ご飯に野菜たっぷりのスープ。
キッチンの片隅で、自分もお昼を食べようとしたとき、扉が勢いよく開いた。
「珊瑚。やっぱり」
劇的な再会のはずなのに、2人でそのまま固まった。星輝は開けた扉に手を添え、私は箸でナスを掴んで静止。
「星輝、安静にしてなきゃ」
接着剤でくっついていたような口を開いて出た言葉は、色気の欠片もない。箸を置き、立ち上がって3歩。星輝に触れられるほどの距離。星輝は後ずさるように部屋に戻る。
「ナスが、珊瑚の剥き方で。だから」
そっか。私、ナスを縞々に剥くもんね。自分が小さなころから出されたナスは、縞々に剥いたものが多かった。麗様と星輝と旅をするようになって分かった。ナスは所々皮が傷ついていることが多い。それを誤魔化すために料理人が縞々に剥いていたのだと。自分もそうした。
「ベッドに戻って」
「うん」
ベッドの傍らでは、麗様が自分の分を平らげている。
「麗がさ、珊瑚はいないって」
「いるっつったら、星輝、来ねーじゃん」
「……」
「ウチらが定宿にしてるとこ行ったとき、いたろ?」
え、星輝、いたの?
「……」
「星が間違えるわけねーじゃん」
あのとき、星は扉を引っ掻いていた。
「星輝、とにかく、座って。治療中なんだから」
泣かずに喋れてるよ。私。自分を褒めてあげたい。
居留守使われてたんだ。そこまで会いたくなかった? 凹む。
「医者見つけてくれてありがとう、珊瑚。あ。このたびのこと、心より感謝致します。珊瑚様。麗」
星輝は丁寧な言葉で言い直す。遠いね。敬語って。でも、私はこれを受け入れなきゃいけない。
「こちらこそ、取り返しのつかない傷を負わせてしまって。本当にごめんなさい。それは、南自治区から都へ行く途中でのトラブル?」
星輝は首を横に振る。それから、敬語なしで喋ってくれた。
「オレが悪かったんだ。引き返したから」
「「引き返した?」」
星輝は都に行って、私のことを報告しなければならなかった。けれど、自分が黙っていれば、私の居場所は東宮に知られない。
自分も一緒に南自治区でひっそり生きられるかもしれないと考えた。そして、引き返すとき、役人に呼び止められた。
「『最近よく見かける。何をしているんだ』って」
「「最近?」」
「オレ、その街でぐだぐだ悩んで2週間だったから」
「「2週間?!」」
場所は北に行けば都、東に行けば東の国が攻め込んできた港がある場所だった。南自治区から都へ7割ほど進んだ街。
怪しいと捉えられて投獄された。拷問を受け、手違いで焼印を押された。
様々な界隈に情報網を張り巡らしている星輝の父親が、自分の息子が投獄されたと知って牢を訪れた。しかし手違いで焼印まで押してしまったので、役人達は隠蔽しようとし、『そんなガキは知らん』とシラを切った。
星輝パパはブチ切れ。牢を爆破。
「は?!」「やるじゃん。ヒュ〜」
驚く私の横で、麗様は口笛を吹く。
星輝パパは『後は自分で。オレも危ない』と逃げ帰った。
星輝は、自分達が定宿にしていた円い要塞が役人達に囲まれているのを見て、近くの牢を爆破。父親の疑いを晴らした。
これって、疑いじゃなくて、ホントにやってたんだよね? 晴らしたんじゃなくて、逸らした?
星輝って、穏やかに見えるけど、武闘派だったのね。
「逃げたままで大丈夫?」
尋ねると、星輝は静かに口角を上げる。
「向こうも隠蔽しなきゃいけないから、いなくなってくれて好都合だったと思う」
星輝パパの情報網によれば、星輝に関しての記録はいっさい残っておらず、関わった多くの役人達が減俸や左遷になった。何人かは、北の国境の激戦区に送られたらしい。
星輝が東宮殿を訪れたのは、その数日後だった。途中の街に2週間も滞在し、挙句、投獄&焼印、+牢爆破のことは報告しなかった。
「辛かったよね。今も痛いよね」
そう言って星輝の顔を覗き込むと、星輝は破顔。きゅんっと心臓が捩れる。
「今の痛さはさ、良くなるって分かってるから。牢にいたときは、殺されて死罪の人と一緒に処理されるんだろーなーって感じだったけど」
「な、星輝さ、エンザイって呼ばれてんの? 周りの人、優しいじゃん」
麗様の言葉に、目の前の星輝が下を向いて頷く。
「うん」
ずきっ
自分が星輝の過去になった気がした。心臓が痛い。
本当に痛むんだ。
「よかったね」
上手く言えたかな。笑顔、作れてるかな。
パタン
「おー。ただいま。人がいる家に帰ってくるのはいいもんだな」
闇医者が帰ってきた。
「「「お帰りなさい」」」
「君、エンザイか?」
「はい」
「今、あの店に行ってきたんだ。色っぽい女が安く……ごほっ。ちょっと、食事をしてきたんだが、そこで、冤罪の話を聞かされた」
と、そこまで聞いたとき、麗様が闇医者に詰め寄る。
「おいおいおいおい先生よ。こっちは過去消そうと思ってんだ。ぺらぺら客の情報ふり撒いてんじゃねーよ」
「ぃやっ。違う違う。ただ」
「ただ何だよ。星輝の名前出さなかったら、向こうは喋んねーだろ」
「出していない! ただ、金が入ったと言っただけだ。庶民の服装なのに、やたら品のいい娘が大金くれたって。そしたら、向こうが、美青年と一緒だったかって聞いてきたから」
そこまで聞くと、麗様は舌打ちした。
「ちっ。他でも喋ってねーだろーな。金払いがいいなんて言いふらされたら困るんだよ。そのお喋りな舌、切っとく? センセのとこの刃物、めっちゃ切れ味良さそうじゃん」
きゃー! 出た。ブラック麗様。先生、ちびらないで。
「ぃや。もう、言わない。絶対に。そーだな。手術代を半分返そう」
きらりーんと目の奥を光らせた麗様は、無言で掌を上に向けた。
「麗、ストップ。ちゃんと治療していただいてるんだから」
私は言ったけれど、闇医者は「冤罪なら役に立ててよかった」と冷や汗を流しながら銀子の半分が入った袋を麗様の掌の上に載せた。




