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「アンタらは星輝の何?」
女の人が問う。もし自分のカレシだったら、知りたいよね。麗様は男と思われてるだろうけど、私は女だから。
「私の保護者が星輝に仕事を依頼したことがありました。そのときにとてもお世話になったのです。もしもお会いできたら、おかげさまで元気にしておりますと伝えたかったのです」
正直に話すと、麗様は渋い顔をした。それは正面に座る女の人も。
「あーはっはは。これはこれは。アンタ、いーとこの人だろ。こんなとこ来ちゃいけないね」
「……」
私、なんか、マズかった? 麗様の方を見ると、口を一文字に結んで首を小さく横に振っている。
「アタシはさ、星輝を知ってる人には全員、冤罪のこと知ってもらいたいんだよ」
「、」
「布教活動みたいなもん。いい子だからって広めてんの。誤解されないように」
「、」
「じゃ。ゆっくりしてって」
「、」
何度も口を開きかけて、結局聞けなかった。貴方は星輝の恋人ですか?
「あざーっす」
「ありがとうございます。いただきます」
女の人は階段を上って見えなくなった。
「珊瑚、言葉、丁寧過ぎ。庶民はもっとラフに喋るんの」
「相手が年上の方なのに?」
「『です』と『ます』つけるくらいでいーんだって。敬語禁止」
「……分かった。それより、麗。2年前、星輝が拷問されて焼印まで」
「それな。いくら準裏家業っつっても、焼印はマズいよな。だからさっきのお姉さんが布教してんだろ」
「一生消えないよね」
どうしよう。星輝の人生が。
「旅芸人のとき、一座にいたよ。火傷で消そうとしたヤツ。油熱くして焼印とこにかけててさ。油って垂れるじゃん。しかも火ぃ点いちゃって大惨事。大火傷して、医者呼んで」
「え。大丈夫だったの?」
「焼印とこの皮取って、その周りだけ火傷の治療、痕が残るようにして、油が垂れた他んとこはできるだけ綺麗に治してた」
「焼印は?」
「そーいえば、無くなってたかも」
「そのお医者さんにお願いしよう」
「は?」
「星輝の背中の焼印取ってもらうの」
「え?」
「麗、どこのお医者さん?」
「闇医者だよ」
「闇医者?」
「普段は博打して酒飲んでるおっさん。場所分かるよ。私が呼びに行ったから」
闇医者は5番街の近くに住んでいた。家の前にいたら、酔っ払って千鳥足で帰ってきた。で、そのまま玄関でいびきをかいて眠ってしまった。次の日に出直した。
報酬を弾むと言ったら、二つ返事で引き受けてくれることになった。問題は、星輝をどう連れてくるか。
2年間、会ってもいない人。
「珊瑚、なに暗い顔してんの」
「星輝、拷問、辛かったよね。犯罪者の焼印まで押されて」
「過ぎたことはどーにもならない」
「あの女の人、星輝のカノジョかな……」
「うわっ。出た。女の部分」
「綺麗な人だったよね」
「年上過ぎん? アラサーだった」
「アリでしょ。東宮と私だって12歳離れてる。皇帝と菊蘭様は25くらい」
「久しぶりに聞いた。『東宮』」
闇医者に話はつけた。後は星輝に知らせるだけ。
「あの女の人に頼んで、文を渡してもらおうか」
私の意見に、麗様は両人差し指で×を作った。
「あのさ、逆の立場だったら嫌でしょ。たぶん、あの人は字ぃ読めない。もしカノジョだったら、他の女からのラブレター渡すなんて」
「ラブレターちゃう」
「読めないと、そう思うって。星輝に直で話すしかない」
「そっか」
「珊瑚は来るな」
「え」
「私が話す」
「なんで」
「たぶん、星輝は私だったら普通に会ってくれる」
「……」
星輝はきっと、私を南自治区に連れて行ったことを役人に明かせなくて、拷問&焼印だったんだもんね。
「言い方キツかった。謝る。珊瑚は、星輝にとって、それくらい特別ってこと」
麗様は一応、言い直してくれた。大丈夫。辛辣くらいでちょうどいい。葬らなきゃいけない気持ちだから。
鯨飯の近く、最初に星輝を見つけたのは星だった。荷馬車から飛び降りて、走って行ってしまった。それを追いかけたのは麗様だけ。私は、闇医者のところへ向かった。飲みに出かけてしまわないように。
ほどなくすると、星輝が来た。
小さな古びた家の扉が開き、テナーボイスが「マジで? ここで?」と聞こえてくる。声変わりしたんだね。
心臓の音が喉まで響く。目を閉じると、セルリアンブルーの空が蘇る。
「お嬢さん、本当に隠れたままでいいの?」
闇医者には、訳あって、姿を晒すことができないと伝えてある。
「はい。お願いします」
「じゃ、そこにいな」
私は、小さな引き出しがたくさんある、薬が置いてある納戸に隠れた。星輝はどんな姿になってるんだろう。知りたい。会いたい。でも、星輝は、自分の体に犯罪の刻印が押された元凶なんて、見たくないよね。
「お願いします」
星輝の声が聞こえた。闇医者は手術の後、どんな皮膚になるのかを説明している。剣の傷に見せかけるのだそう。焼印部分はやや深く皮膚を傷つけるので、しばらくは安静にしなければならないことなど。
言葉が止んだ。静かな中に、金属の物を置く小さな音や、かさかさと布が擦れるような僅かな音が続く。
両手の指を組んで、祈った。なるべく痛くありませんように。ただの剣の傷になりますように。星輝の心からも焼印の傷が消えますように。
想像よりもずっと早く終わった。
「お嬢さん、出ておいで。麻酔が効いてる。大丈夫」
言われて手術をした部屋に入ると、星輝はうつ伏せ状態で顔を横にして眠っていた。2年前、綺麗な男の子だった。目の前にいるのは、いろんなパーツがごつごつと大きくなった進化系。背中に置かれた大きな白い絆創膏は全てを隠しきれない。日焼けして程よく筋肉がついた上半身は、思わず目を逸らしてしまうほどセクシーだった。
床の上の桶にも、ベッドに置かれた桶にも、血のついた綿や布が山になっている。麗様はそこではなく、玄関を入ってすぐの部屋にいた。
「麗、終わったって」
「よかった。星輝は?」
「麻酔で寝てる」
「じゃ、私もちょっと寝る」
それは麗様の優しさで、私は星輝を穴が開くほど見られることになった。困る。目のやり場に。
「本当は包帯を巻きたいんだが、寝ていてできない。起きても背中を下にするなって言ってくれ。で、この薬を飲ませる。ちょっと、飯を食ってくる」
「え、あの、」
「布団、掛けてやって。あっちの部屋にあるから」
「はい」
どうしよう。出かけちゃったよ。
布団を取りに行くと、それは闇医者がいつも使っているらしきものだった。くてってなってる。おじさんの臭いするし。
布団をそっと星輝に掛けた。日焼けした肌も筋肉も見えない方が心臓にいい。
「ぅ……」
星輝の顔が歪む。
「痛いの?」
思わす声を出す。
「……珊瑚?……」
うわごとのように小さな声だった。
……。珊瑚だよ、星輝。私の声、覚えててくれたの?
ごめんなさい。酷い目に遭わせてごめんなさい。辛かったよね。痛かったよね。今も痛いよね。
私は自分の口を両手で覆った。嗚咽が漏れないように。涙が後から後から湧いてくる。
星輝、好きだよ。
「大人になったね、好きだったよ」って過去になってると思ってた。
私ね、星輝が星を膝に乗せて、優しく撫でてる姿、好きだったよ。とろとろの目で。とろとろの顔で。一緒に遠吠えしたりして。それはいつもの光景で、あたりまえの幸せだった。
広い空。山。翠。一軒家。プラム。鶏。料理の湯気。
特別な日々だったんだね。
ねぇ星輝、大好き。




