被契約書偽造詐欺②
「こちらの者が家を借りたときの賃貸契約書を見せていただきたいのです」
とメガネ男が申し出る。
「い、いえ。あの物件は事情がありまして、そ、そういったものはな、な、ないんですよ」
「そうですか。では、作ってください」
「そんな。困ります」
「なぜですか? お手間を取らせるお礼はさせていただきます」
「それが。その……」
トン
麗様はテーブルの上に置いた右手の中指で机を叩く。怖いよー。
「はっきりしねーなぁ」
イラッとした麗様の声に店主のお尻が一瞬イスから浮く。
「も、もうしわけございません。その、お客様を手こずらせてはいけないと考え、すでに契約書はこちら側で作成させていただきました。あ、そ、その」
もういいじゃん。早く楽にしてあげて。
メガネ男はやっと語り始めた。
「昨日、役所で土地台帳を調べました。あちらの地域の方々からの依頼は、南自治区に土地を返して欲しいというものだった。しかし、なぜか土地の名義はこの不動産屋を営む、貴方の所有に移っています。去年に。この者が家を借りる少し前のこと。住んでいた人がいないはずなのにです」
昨日、メガネ男は南自治区の役所へ行った。そして、土地台帳を見た。すると、前年に所有者が青嶺さんから不動産屋の店主に変わっていることが分かった。土地所有について役所に尋ねると、所有者がいなくなった土地は、南自治区の所有になる決まりになっている。
同じころ、麗様と私は、かな〜り離れたお隣さんのところへ行き、話を聞いた。
お隣さんは、南自治区への土地の返還手続きと、住む人を探して欲しいことを不動産屋に依頼した。その際、地域の会からの手数料を不動産屋に渡している。
不動産屋は、地域の会から南自治区の役所への手続きを頼まれ、皆が読み書きできないのをいいことに、勝手に自分の土地にしてしまった。持ち主がいない青峰さんのサインが入った売買証明書が役所に提出されていた。恐らく、青峰さんは字を書けないだろうし、サインもできないだろう。それ以前に、この世の人じゃなくなっている。偽造。
「そ、それは……」
「土地を自分のものにしてしまったことを、地域の方々に知られるわけにはいかなかった。いない人間との土地の売買がバレてしまうから。取り敢えず、依頼通りに誰かを住まわせ、ほとぼりが冷めたころ、どうにかすることにした。そうですか?」
「……はぃ」
「しかし賃貸契約書は作成できない。なぜなら、土地と家屋の所有者が貴方の名義になっているから、契約書の貸主が貴方の名前になる。契約書がないと賃貸料を取ることができない。だから無料で提供するしかなかった」
「……はぃ。おっしゃる通りでございます」
「賃貸契約書を作ってください。この者は、こちらに知り合いなどいない。貴方が土地と家屋を掠め取ったことなど誰にも言いません。ただね、非常に道徳心があり、家財道具を使用することを気にするのですよ。薪を使わせてもらってもいいのか、残された鍋や包丁を使わせてもらってもいいのか、風呂へ水を運ぶ桶はどうだ、ベッドは、戸棚は? 残された衣類などは燃やしたい、と」
「……」
「というわけで、家財の処分を任せていただきたいのです」
そこまで聞くと、店主はきょとんとした。
「では、土地を自分名義にしたいとか、私を強請るとかではないのですね」
「強請る? とんでもない。この者は暴力が嫌いなのです。そうだよな? 麗」
その白々しい言葉に、店主は震えた。顔が青い。もう、やめたげて。
「あ”? うん。嫌い」
麗様の言葉を聞いた店主の目に涙が。
「大至急作成致しますっ」
メガネ男はちょいちょいと麗様をつつく。すると麗様は何かを思い出したように店主に注文。
「あのさ、家だけにしといて。窯の方とか行ってねーから」
「はいっ。承知致しました」
しばらく待った後、麗様は手形を押した。
メガネ男は銀子を店主に差し出す。
「手数料です」
「と、とんでもございませんっ。受け取ることなどできません」
「このこと、奥様はご存知なのですか?」
「……ぃぇ。妻には」
「では、受け取らないと怪しまれますよ」
そう言われても、店主は両手を膝に置いたまま、じっとしていた。
麗様は銀子を手に取ると、身を乗り出して、
「取っとけよ。心配すんな。変な噂が立ったら、取り戻しに来てやるから」
言いながら、男の懐に銀子をねじ込んだ。
ん?
なんか、アンモニア臭が。
メガネ男は「ぷっ」と笑ってから、席を立ち、不動産屋を出ていく。3人でそれに続いた。
麗様は、嬉しそうに賃貸契約書の控えを広げる。
「お前、すっげーな、タマナシ。これで家の中の物全部、私の物なんだな?」
「処分をまかされただけ」
とメガネ男。
「OKOK。タマナシって呼ぶのは勘弁してやろう。宦ちゃん」
「それは昇格なのか?」
「じゃ、タマナシ」
「宦ちゃんで」
そんなやりとりをする2人を見ながら、存在を消しているNo.15を見る。
ずっと変。No.15はメガネ男の後ろを歩く。それでは、メガネ男は、お付きの人どころか、No.15より上の存在。
麗様に聞こえないくらいの距離を保ちながら歩き、No.15に並ぶ。
「ね、あの方、第9皇子?」
「分かった?」
「どーして『お付きの宦官』設定なの?」
「知らん。オレと星輝の関係を羨ましいっつってたから、フランクな感じに憧れてるのかも」
「麗様が女ってのはご存知?」
「たぶん。だいたい東宮が、いくら宦官でも側室と男の2人暮らしを許すはずないだろ。そーゆーとこ、気づかないヤツじゃないから」
「護衛やお付きの人がいなくても出歩けるの?」
「オレがアイツの護衛で、アイツがオレのお目付け役」
なるほど。
No.9は、周りから絶大な信用があるらしい。No.15は、小さなときから「第9皇子と一緒」と言うと、なんでも許可が出たそうな。
「意外」
「珊瑚、何が?」
「第9皇子って、色白で線の細い華奢で物静かな人かと思ってた」
目の前を歩くメガネ男は、長身、広い背中、細身だけれど華奢じゃない。男性の平均身長の麗様より一回り大きい。
「たぶん、すっげー毒盛られても生き残ってるくらい頑丈なんだよ。一応、体弱いけどさ。アイツの正体、麗には内緒にして」
「ん」
No.9の母親は西の帝国の皇女。男子を産んだのは遅いけれど、皇后様より実家は格上。No.9は命を狙われまくった。No.15によれば、メガネは、恐らく薬のせいで目を悪くしたとのこと。No.9が大きくなるまでに、毒味薬が2人亡くなっている。怖っ。原因は特定できなかったらしい。No.9の推測では、即効性のない、長期に渡って体に吸収されるもの。
「滞在期間中に片付いてよかった。アイツ連れてきた甲斐あったし」
「うん。ありがと」
「珊瑚、気をつけて」
「え?」
「アイツ、すっげー女たらし」
突然、くるっと目の前でNo.9が振り返る。
「皇子、いけませんよ。秘密は男同士で共有するものです」
「うっす」
釘刺されてるし。
前を向き直ったNo.9は、麗様と、星を指差しながら喋り始める。
「あはは。モテそうだね。頭キレキレだし、博学そう」
「だろ? オレの教育係」
再び、くるっとNo.9が振り返る。
「珊瑚様、私が最も期待されているのは、奥手の皇子の閨房教育です」
「「なっ!」」
赤面するNo.15と私。「ぷっ」と笑うNo.9。
「けいぼうって?」と麗様が首を傾げると、No.9は麗様の耳に息がかかるほど近くで囁いた。
「男女の睦事のこと」
息がこそばゆかったのか、麗様は右耳をぴっぴっと指で払う。
絶対わざとやってる。No.9、女たらし確定。




