被契約書偽造詐欺①
信じられない。麗様が豆に負けた。
それは、港の見える洋食屋でパンを食していたときのこと。1人の異人が立ち上がり、店員に文句を言い始めた。異国語で、何を話しているのか不明。とうとう異人は厨房の方へ行き、異国語で責め立てる。背がこの国の人より頭1つ分高い。肌も髪も目もこの国の人とは全く違う。それだけじゃない。体つきがサイボーグ。迫力。
「お、揉めてる」
となぜか嬉しそうな麗様。
男は踵を返して店を出て行こうとする。
「お客様、お代を!」
そう言って近づいたウエイターをスルーし、のしのしと歩いていく。
最近、その手のトラブルがなくて体が鈍っていたのか、麗様は、さっと男の前に出た。
「金払えよ」
ああ。喧嘩をふっかけてしまった。
「ファックユー」
謎の言葉を吐いて、男の人は麗様の体をどんっと押した。ゴング、鳴りました。
麗様は男の腕を捻り上げようとする。振り払う男。追う麗様。
そのとき、
ざばーーー
床に豆が大量に撒かれ、麗様は転倒。男は店を出てしまった。
「くっそ。誰だよ。豆撒いたヤツ!」
麗様が毒づくと、メガネをかけた男が登場。
「話を聞いたか? 非があるのは店側だ」
メガネ男は、20歳くらい。血色の悪い土色の肌が内臓疾患を思わせる。
お堅い地味な服装からして、役人だろうか。
と、そこへ、No.15が顔を出した。
「麗じゃん」
「「皇子?!」」
立ち上がった麗様と驚く私。
「こちらの方は?」
メガネ男の方を見る。メガネ男は、No.15が答えるのを遮って自己紹介した。
「私は、この方に仕えている、劉です」
あ、れ? No.15が前回来たとき、武官の劉氏と一緒だった。よくある苗字だもんね。
「へー。劉氏様の息子? お付きの人は?」
麗様は転ばされたのが気に入らなくて、ちょっと睨んでいる。メガネ男は店員と共に自分が撒き散らした豆を拾い始めた。なんとなく麗様、No.15、私も豆拾い。メガネ男は集めながら答える。
「劉氏を知っているのか? いや、あの者と親戚ではない。学院生活を送る際、学友として側に仕えている。お付きの者は、学院に通う歳ではないし。腰痛も辛そうだから」
「学院まで一緒に行ってんのか。宦官も大変だな」
皇族の身の回りを世話する男性は、ほとんどが宦官。だからって、この人も宦官とは限らないのに、麗様は決めつけている。
「で、非が店側にあるって? タマナシ」
「麗!」
麗様ったら、なんてことを。
それでもメガネ男は、全く動じる様子なく受け答えした。
「料理にGがはいっていたらしい」
「ひっ」
「なんだ。そんなことでタダになるのか。だからって、転ばせることないだろ。タマナシ」
顔を引きつらせる私の横で、悪態をつく麗様。
「それは失礼。男はあちらの国の貴族。国際問題に発展する危険を避けたかった」
メガネ男は言い訳付きで一応謝り、立ち上がる。豆拾い完了。
とっても不思議。なぜなら、No.15がずーっと黙っているから。いつもの年配のお付きの人の前では子供のように振る舞っていたのに。あれから環境も変わって、No.15も大人になったのかな。
「護衛はこの方、劉氏だけなの?」
聞くと、No.15はやっと口を開いた。
「あ、えーっと。ま、そんなとこ?」
No.15はメガネ男に確認している。メガネ男が無言で頷く。すると、No.15は「そう」と明確に返事を返した。なんか変。
「劉氏は話の分かる方なの? それとも家に誘ったら『なりません!』の人?」
2人に尋ねると、メガネ男は「ぷっ」と笑い、No.15が答えた。
「行く! 行こうぜ、珊瑚と麗ん家。星、元気か?」
「うん、元気。人に怖がられちゃうから、街に来るときはお留守番なの」
家に着くと、星はNo.15に飛びついて、熱い抱擁。ころころと転げ回って激しく喜び合っていた。
麗様は不躾に訊く。
「なー、タマナシ。宦官だったら、頭いーの?」
巷で、宦官は庶民の出世コースの1つ。貴族にとっての科挙的な位置付けだったりする。
No.15が星に組み敷かれたまま言った。
「天才。学院トップ」
「マジか」
「すごーい」
「じゃさ、考えて欲しいことあるんだわ」
いったい麗様は何を知りたいの?
「なんだ?」
「ある家に、前の人が残していったお宝があった。それを今の人が合法的に手にいれるにはどーすりゃいい? 私は道徳心なんて微塵もないから別に気にしない。でも、世間じゃ気にする人がいる」
それ、青嶺さんが残していった大金のことじゃん。そして、気にする人って私。
「その話、皇子から聞いてる。この家にあった銀子のことだろ」
「そーそー」
「この家の賃貸契約書はどうなってる」
「「え?」」
そんなのあったっけ。
「帝国内の他の場所であれば、家主が亡くなった場合、土地も家も国に返されるが。南自治区はどんな法律になってる?」
「「は?」」
「正当なやり方は、殺人事件として処理。でもそれじゃ、銀子は役所に没収されるし、調べられる。珊瑚様が東宮殿に送還されたとして、東宮と皇帝の間にわだかまりができるーーーかもしれない」
元正室の菊蘭様は「もう大丈夫」っておっしゃってたけど、そーとも言い切れない状況なのね。
「賃貸契約書なんてないし、南自治区の法律とか知らん」
麗様は言い切った。
「土地台帳はあるはず。この家を借りるとき、不動産屋はなんて言った?」
「『タダ。気がついたら住んでる人がいなくなってた。陶芸家の家だから窯つき。住んでても持ち主やその縁者が来たら出てかなきゃいけない。地域の人が不動産屋に、犯罪者のアジトになったりするのが嫌だから住む人見つけてくれって頼んだ』」
「家にある備品については?」
「何も」
麗様の答えに「ふーん」と考えるメガネ男。
「賃貸契約書に、家財の処分を一任する文言を入れてもらうか」
「おおーっ! タマナシ、方法があるんだな」
「但し、家の部分だけ。窯の方は行ったことないって言っとけ」
「わーった。殺人現場と死体遺棄の場所だもんな」
「どこの不動産屋だ。後で教えてくれ」
そこで、私が、実は麗様が不動産屋を脅しましたって話をした。気まずいかもしれないと考えて。すると、メガネ男は「ぷっ」と笑う。
「なかなか。じゃ、改めて口止めも必要ない。好都合」
問題は、
「誰が契約すんの? 偽名でいい? 私、苗字ないんだけど」
麗様は戸籍がない。麗という名は旅芸人の一座がつけた。私も雲隠れしている身。
「南自治区へ入ったときの名前で大丈夫だろ」
「字ぃ書けない。どーすりゃいい? 南自治区へ入るときは、口で言った」
「じゃ、手形にしてもらおう」
「さっすが、タマナシ」
なんて心が広いのかしら。タマナシと呼ばれて平然としていらっしゃる。聞いているこっちが冷や汗もの。
翌々日。異国情緒溢れる街には湿った風。メインストリートでは、大道芸人が火を噴くパフォーマンスを披露しようと、風が止むのを待っていた。
4人で不動産屋を訪れる。麗様の顔を見た店主は顔色を変えた。逃げようとイスから立ち上がった瞬間、メガネ男はいかにも銀子がたんまり入っていそうな袋をさりげなく取り出し声をかけた。
「すみません。ちょっとお話しがあるのですが」
店主の奥様らしき人は、「はーい」と返事をしながらも目を銀子の袋にロックオン。彫刻が施された衝立の奥の席に、素晴らしい営業スマイルで私達を案内してくれた。そして、店主の正面に麗様が座り、麗様の隣にメガネ男。No.15と私は傍観者席となった。
「な、なんの、お話しでしょうか?」
店主の声が上ずっている。なんかもう、可哀想。




