第3側室&第4側室
昼間、東宮の妻達は東宮殿で自由に過ごす。後宮でなくとも、外出は難しい。それでも、出入りのチェックは後宮より緩い。東宮殿には、宝飾品や美術品を扱う商人、楽団、口利きを頼みたい親族などが訪れる。
第3側室と第4側室が、私の部屋へご来訪。
「ふふふふ。少しは慣れましたか?」
「ホームシックになってない?」
煌びやかで華やかな2人は、光源となって周りを照らす。
チャドクガの件があったから構えてしまう。美しくて優しい方々でも、気を抜いてはダメ。
第3側室は21歳、柔らかな印象を受けた。花に喩えれば、淡いピンクの芍薬。
第4側室は24歳、色っぽい。しっとり濡れた紫陽花のよう。
序列は嫁いだ順ではなく、実家のランクによると聞いた。本来ならばここに、男子を産んだか、女子を産んだか、どれだけ寵愛を受けているかが加わる。けれど東宮は、最低限の義理しかふり撒かず、結果もなし。へー。
「要するに、淡白ってことよ」
第4側室紫陽花の言葉に面食らう。
「ふふふふ。もう。そのような……」
第3側室ピンク芍薬は扇で口元を隠して俯く。
2人によると、未だ子供がいないことは問題視されているらしい。
「だから、私が選ばれたのに。さして効果がないわ」
ゆさっと胸を揺らす紫陽花。
「その、えっと、毎晩、どこかの妻のところにいらっしゃるのではないのですか?」
うわっ。私ったら、なんてはしたないことを。ダメだ。顔が熱い。扇子で顔を隠さなきゃ。扇子、扇子。
ばたばたと扇子を取り出していると、
むぎゅぅ
「かわいい!」
紫陽花の胸に抱かれた。
ピンク芍薬は微笑みながら、ぱたぱたと自分の扇子で私を仰いでくれる。
「ふふふふ。東宮は、さして私達に興味がないのよ」
「女好きの皇帝の息子だというのに、そっちのガルルルな部分は遺伝しなかったようね。困ったわ。男子を産んで、一族を出世させたいのに」
紫陽花は不満げ。向上心に満ちた、これぞ側室という姿勢が清々しい。
「ふふふふ。珊瑚は、朝、東宮に呼ばれたのですか?」
情報早っ。弓の稽古1日目にこれ。侍女に間者がいる。
「弓の稽古をすることになりました。それで」
「「弓?」」
「東宮がいらしたとき、軍記物の書物を読んでいたのです。そうしましたら『やってみたいか?』と尋ねられ、その流れで毎朝稽古することになりました」
「ふふふふ。東宮は、コミュニケーションを取ろうとなさっているのですね」
「早起きなんて、勘弁だわ」
2人がここへ来た目的は、今朝、東宮と私が何をしたかを尋ねるためだった模様。まさか弓の稽古だけだなんて、想像しなかったよね。
「正室の菊蘭様がとっても驚いていらっしゃったわ。ふふふふ」
「焦ったんじゃない?」
怖い怖い怖い。こーゆーのが苦手なんだってば。
「ふふふふ。菊蘭様は正室だから、月初めと遠出前の夜だけは約束されてますもの。東宮の顔を忘れそうな側室とは立場が違います。余裕でしたのにね」
「強敵現る、よ。早朝でさくっと終わらせるのも、それはそれで味気ないと思ったけれど。弓の稽古と聞いて、安心というか、がっかりというか」
「……」
「ふふふふ。まあ珊瑚ったら初々しい。こういうときは、『ご期待に添えず申し訳ありません』って流すのよ」
むぎゅっ
「やだもう、かわいい!」
紫陽花の胸に抱かれる。私の頬が胸の弾力で形を変える。
そして話題は、東宮が半年間不在となることに及んだ。
「ふふふふ。また皇太后様が遊びにいらっしゃるのかしら」
「きっと私達に相手が回ってくるわ」
「皇太后様が?」
皇太后様は東宮の祖母。孫が可愛くて、ちょくちょく遊びにやって来る。若いころからず〜っと後宮で過ごした皇太后様は、今やっと、自由に様々なところを遊び歩いているそうな。
子孫繁栄は皇太后様、皇后様にとってのテーマ。
皇太后様は、ことあるごとに孫嫁チェックに訪れる。後宮から出られない皇后様の分も使命感に燃えて。
「ふふふふ。子がいないことを言われるから、誰も相手をしたがらなくて」
「下っ端の私達に回ってくるのよね。皇后様に気に入られれば、メリットはあるけれど、皇太后様に気に入られたところで、今では政治や人事への影響力はほとんどないの。要するに、押し付けられるってわけ」
「では、私なのですね」
心得ました。
「ふふふふ。これからは、私は抜けられるのね。任せたわ」
「私も抜けたいところだけれど。しょうがない。結構、長いこと滞在なさるのよ。一緒に遊べる人なんて私達くらいでしょう。孫嫁。後宮に入ったら、友達との縁は切れるわよね」
なんて寂しい。そうだよね。後宮暮らしには自由がない。友達とのたわいのないお喋りすらできなくなる。何十年と。あ、でも。
「共に後宮で過ごした方々がいらっしゃるのではありませんか?」
むぎゅぅ
質問した瞬間、紫陽花に抱きしめられた。
「かわいい! そのままでいて欲しいわ」
「ふふふふ。皇后の座を守り抜いた方に友達がいるわけないのですよ。熾烈な寵愛競争に勝って、男子が産まれるラッキーに恵まれて、息子を皇位につけるためにあらゆる手段を使う。後宮で共に過ごした妃はライバル。戦友の侍女とは友情を育んでも、対等な友にはなれません」
「まだ来たばかりの子に、そんなこと。珊瑚、聞かなくていいのよ」
紫陽花は私の耳を塞いだ。
「ふふふふ。自分の置かれた立場は知っておくべきですよ」
「……私、平和に和やかに暮らしたいデス」
本音がぽろり。早くも戦線離脱宣言。
「もう、かわいい!」
むぎゅぅ
この調子だと、いつか私、紫陽花の胸で窒息死しそう。
「珊瑚の事情は聞いているわ。皇帝に望まれそうになったから、東宮に逃げたって。13歳で後宮に入るなんて辛すぎますものね。ふふふふ。けれど、東宮は皇帝になるお方。私達は後宮に入るのですよ」
「もういいじゃない。まだまだ先のこと。珊瑚だって、それまでには大人になるでしょう。東宮殿にいるうちに、いろいろ楽しみましょう」
私は、誰からも好かれるはず。異なる2人の異なる接し方。好きの表現が北風と太陽。
「ふふふふ。そうね。今度、街へお芝居を観に行きましょう」
「それを誘いに来たの。後宮に入ったら、できないから」
「行きます! お誘いくださってありがとうございます」
「ふふふふ。決まりね。今日、私達、お芝居を観に街まで行ったのですよ。なのに、お目当ての役者がいなくて」
「異名『刹那落としの麗様』の美男子」
一瞬で女を落とすってこと?
「ふう。残念ね」
「楽しみにしていたのに。他のお客も『麗様を出せ』って石を投げていたわ」
怒りの表現がストレート。
街へ行くのは、東宮が出発してからと決まった。
「東宮が長く留守にされる前の晩は、正室と過ごすと決まっているのです。あと何日かあるのですが……誰のところへも行かれないでしょうね。私、東宮の顔を忘れてしまいそうです」
ピンク芍薬は、はああっと溜息を吐いた。
「私も。珊瑚の婚儀のとき、久しぶりに見たわ。イケメンだけど、きっと女に興味がないのよ。性癖は変えられない。しょうがない」
紫陽花は残念がる。
なーんだ。夜伽に怯えすぎてたかも。
顔を忘れるくらい、なんもしなくていーんだ。
ならば、私の務めは、まずは皇太后様の相手。私が後宮に行かずに済んだのは、皇太后様のお力添えがあったから。心を込めて接待させていただきます。
!
皇太后様は皇帝の母親。皇太后様がいれば、たとえ皇帝が来ても、私は安全なのではないだろうか。皇太后様は私の事情を知って協力してくださった。
強い護衛でも皇帝を止められないのは、権力のせい。
いくら皇帝に権力があっても、皇族女子のラスボスは皇太后。
豪腕のラスボス、ちょっと怖いけど。できれば長期滞在していただかなきゃ。
地の文では、敬称、尊敬語などを遣わずに書く方が、読みやすいように思えます。「皇太后様」「皇后様」「おっしゃる」など。けれど、主人公目線で書いているので、会話文で敬称や敬語を遣い、地の文では遣わないといった文章にすると、主人公に裏表があって、心の中では尊敬していないように見えてしまう気がします。>_<