ここではただの珊瑚
長い棒の両端の炎がくるくる回る。目を閉じても現れる炎の残像は、心から消えることのない星輝のよう。
No.15は、銀子1個をチップとして鍋の中に入れていた。すかさず、麗様が「庶民は小銭しか出しません」と小声でダメ出し。
人通りが少なく、大道芸人はパフォーマンスを止めた。
道の隅に腰掛けて、徐にタバコを吸い始める。
いきなり、No.15がそちらへ駆けて行く。どうしたの、急に。急いで3人で追いかけた。お付きの人の苦労が分かるわ。
「すごい、かっこいい。それ、オレにもできる?」
No.15は無邪気に尋ねた。
「ああ、さっきはチップ、ありがとうございました。練習すれば誰でもできるべ」
「体ん中に特別な仕掛けでもすんの?」
「いや。水を噴く練習をすりゃいいさ。できるようになったら、火がつく油でそれをやって、それに空中で火をつけるんだべ」
大道芸人は、竹筒の水を口に含んで、霧吹きみたいに空中にぶわーっと撒き散らした。
「すっげー」
「「「おおーっ」」」
ぱちぱちぱちぱち
4人で拍手。
「上手くできるようになっても、火傷は絶えない。やめといた方がいいべ」
大道芸人は袋から油紙に包まれた円い入れ物を出して、白い薬を左肩に塗った。そこは皮膚が赤くなっていた。
あ!
「その器、見せていただけませんか?」
私は大道芸人が薬を入れている白い器が気になった。青い細かい等間隔の線がちらっと見えたから。
「ん? どーぞ。お嬢さん、ときどき見かける子やな。このお金持ちの兄ちゃんとこ嫁に行ったら、楽できるべ。はっはっは」
大道芸人はチップを弾んでくれたNo.15に視線を送る。いえいえ、私、その人ん家へ嫁いじゃってますから。そんなことより、やっぱり青峰さんが造った蓋付きの器と同じ模様。それの青バージョン。
青峰さんは側面に皇室御用達のマークがある蓋付きの器を4つ造った。青、水色、ピング、グレー。水色は、かな〜り離れたお隣さんの家にある。ピンクはバイト先書店のバックヤードで筆入れと絵の具の皿になっている。グレーは納品した。ここに青の蓋が!
「こちら、どこで手に入れたのですか?」
「何年も前に拾ったやつだべ」
大道芸人は、当時のことをよく覚えていた。とても奇妙なできごとだったから。
5〜6年前のこと。
彼は、仕事から帰るところだった。目の前の飲食店から、1人の男が、何度も頭を下げながら出て来た。
『ありがとうございます。ムリ言って申し訳ありません。どうしてもこれが欲しかったのです。本当にありがとうございます』
岩のようにゴツい男が布に包んだ物を大事そうに抱えていた。いったいどんな凄い物なのだろうと思いながら、そのまま男の後ろを歩いていた。
男は、人気のない道に折れた。
ガシャンと何かが割れる音がした。気になって、そっと音の方を覗いた。岩のような男が、持っていた布を道端の石に叩きつけた音だった。月明かりの中、蓋だけが布から出てころころ転がるのが見えた。
傍に馬車があり、中から『商売相手にはできないな。追加は取りやめだ』と声が聞こえ、別の岩のような男が馬に乗ってどこかへ行った。
一方、石に布を打ちつけていた男は、何度もそれを繰り返した後、雑草が生い茂る中に布の中の物をばら撒いた。
大道芸人は、翌日見に行った。粉々に割れた陶磁器の欠片があるだけだった。
「何が入っとったのか。まったく分からん。せっかく店の人に頼んで手に入れたのに。蓋が転がっとったから、薬入れるのにちょうどいいと思って、拾ってきたべ」
大道芸人は、器の中に何か大切な物が入っていたと思っていた。
私は、かな〜り離れたお隣さんの話から、青峰さんは追加注文を受けていないと思ってしまった。皇室御用達の印を使って「不正解」の作品を納品したときに。けれど、そうじゃない。
推測でしかないけれど、度氏様は青峰さんに皇室御用達の落款の位置の「正解」を教えた。けれど、不正解の器が市場に出回っていると知り、取引を諦めた。そして、もう1人の岩のような男が、馬に乗って皇室御用達の印を取り返しに行った。そのとき、青嶺さんを殺した。
推理を修正したからといって、何も変わらない。青峰さんが殺されたことは、皇室御用達の印が使われたことの枝葉に過ぎない。
人の命が軽すぎる。
「どーした、珊瑚」
No.15は空気を読まないくせに、私の気持ちに敏感。
「なんでもない」
「……早く東宮殿に戻れるといいな。珊瑚いないとつまんなくってさ。武術の鍛錬、すっげー腑抜けんなってた」
「え?」
「珊瑚と麗がいたときは、あんなんじゃなかった。みんなのやる気のなさが伝わってくる。今、だるだるだよな、劉」
「そうなのです。お二人が参加する前に戻っただけと言うのに」
麗様の存在は大きいかも。誰よりも強いから。しかも老若男女を虜にする見た目。
私の場合は、単に呪いの力。
「隅の方にいただけですよ」
そう言ってお茶を濁した。
「でもなー。やっぱ珊瑚はここにいろ」
さっきとは反対のことを言うNo.15。
「は?」
「ここにいれば、珊瑚は東宮の側室じゃなくて、ただの珊瑚だ」
「皇子、ここで何してたの? 観光だけ?」
「お見通し?」
「塩の値段調べてた?」
「それもある」
「?」
「南自治区って、帝国と戦って自治区って権利、手に入れたじゃん」
「うん」
「帝国の政治の何が嫌なのかなって。でもって、南自治区は貿易が暗黙の了解で、めっちゃ栄えてる。開国したときのモデルになる」
「そっかー」
「自治区にしたかった1番の原因は、貿易。2番が戸籍による税の割り当て。3番は2番に関連してんだけど、役人が吸い上げる袖の下」
「戦の原因になるほどの税と袖の下って」
「税で儲けの5割は持ってかれるからな。何かをするたびに、更に袖の下が要る」
「自治区は?」
「産業ごとにギルドがあって、結構上手く回ってる。税の代わりに、それぞれのギルドからの金を自治区でまとめて中央政府に支払う仕組み。帝国の役人と体質が違うから、賄賂って慣例はナシ」
「いいことづくめじゃん」
「軍がない」
「戦ったんでしょ?」
「みんな庶民。もともと地域の南半分は海に面してたし、北は山や手付かずの荒地でさ。戦なんて縁がなかったんだよ。それでも自治区んなるほど強かったわけだけど」
「素人なのに」
「港あるじゃん。西洋から進んだ武器をいっぱい仕入れた」
「いつまで調査するの?」
「もう帰らないと」
「そっか帰っちゃうんだ」
「寂しい?」
「別にっ」
寂しい。No.15といると楽しいから。この街に来ているって思うだけで、ちょっと気分、上がった。
「近くにいるのに、会うのも許されない」
「……」
「必要以上に会ってはダメだってさ。
……ホントは毎日、珊瑚に会いたかった」
No.15の泣きそうな顔に、心が宙に張り付けられる。初めて会ったときと同じ、強い目が射るように見つめてくる。身動きできない。
「ダメって言われなかったら?」
「一緒に住むに決まってるだろ」
「楽しいかもね」
「薪割りして、畑耕して、鶏追いかけてさ。洗濯して飯作って」
「あははは。めっちゃいーじゃん」
「金銭的に余裕があるから、楽しそうなんて思えるんだよな。生きるために精一杯っだったら、辛いんかな」
「……」
私も分かってる。自分が甘っちょろいって。
「珊瑚と暮らしてみたかった」
「あはは」
「そしたら、星輝と同じ辛さを味わったかも」
星輝?
「辛いって言ったの?」
「『珊瑚は人妻だ』って。『人妻』って結構なパワーワードだな」
「星輝、そんなことを……」
「……じゃ、帰るわ」
「え?」
「都へ行く船見つけた。じゃな」
「もう?」
「星に会えないのが残念」
「会ってからでも」
「麗、珊瑚をよろしく」
「承知しました」




