万死に値、不義密通
「え、倍で買う? お前さん、いくらで売っとるんや?」
青薔薇磁苑の経営者の目がきらりーんと光る。すかさず訳すNo.15。
「ぺらぺらぺらぺら?」
「ペペラ。Mr.Doペーラペラ」
「秘密。ミスターDoが流行らせて大人気」
ちょっと待って。
「ミスターDoって度氏様のことだよね? どうやって流行らせたのか、皇子、訊いて」
「ぺらぺらぺらMr.Doぺらぺら」
度氏様は昔から西洋にお茶を売っていた。あるとき、特別に美味しく香りのよい紅茶の葉を広めた。
皇帝が認めた高貴で品のある美味しさという触れ込みだった。度氏様は、紅茶の葉を取り扱う大商人に試供品を配った。
試供品の茶葉は器に入っていた。異国情緒がありつつも西洋のインテリアに合う、ステキな蓋付きの磁器。大商人の奥様方は大喜び。それは5〜6年も前のことだった。大商人はアッパークラス。その蓋付きの器が、茶葉の入れ物として少しずつ上からミドルクラスの奥様方へ広がった。現在は、入荷すると即売れるという状況。
「最初はただのオマケだったってこと?」
私の解釈に、青薔薇磁苑の経営者は首を横に振った。
「ちゃう。賄賂や。これからご贔屓にっちゅーことや。金を渡すんやない。紅茶の葉ぁ売るのに、器に入れただけ。でもな、それが、あの青峰の造った器なんや。上の方の人らは売り込み方がセンスええなぁ」
「ペラペラペラペラペラペペラ」
「ぺらぺら。……西洋は妻を大切にするから、妻への贈り物はとても効果があるらしい」
No.15は外国人と軽く手を挙げ合って別れた。ただの5歳児じゃなかったのね。
だからお茶の商いをしている度氏様が磁器を造らせた。気になっていたことが解決したわ。
あら? 麗様がいない。
見回すと、麗様は、屋台の横で食べ終わったところだった。串2本、ホタテの貝殻、イカの透明な骨、えびの皮がある。ホタテ、私も食べたかったな。
青薔薇磁苑の経営者とはそこで別れ、メインストリートの方へ歩くことにした。移動しながらの話は聞かれにくいとのこと。
聞かれる心配などなかった。度氏様に関して、No.15と劉氏は「収穫ナシ」。収穫があったとしても動くつもりは毛頭ないのだけれど。
石畳の道を歩きながら、劉氏は言いにくそうに、切り出した。
「実は、珊瑚様にご相談がありまして……」
「なんでしょうか」
私にできることであればなんなりと。
「ここへ来る少し前のことなのですが。執務長に東宮殿での行動を詳しく聞かれたのです」
「はぃ……」
「最初はなぜ尋ねられるのか分かりませんでした。特に、執務室のある建物に出入りした日時を事細かに。最初は、何か物がなくなり、自分は盗みの疑いをかけられているのかと案じました」
「はぁ……」
「けれど、どうも違うようなのです。執務長は、私の妻が東宮の正室の菊蘭様に似ているとおっしゃる。私は、正室の顔をほとんど見たことがないというのに。しかもときどき『まさか』『あの菊蘭様が』と執務室勤務の者と呟きながら私に視線を向けるのです」
「……」
「何か誤解が生じているようなのです。私の方は正室に懸想などしておりません。もしも、万が一にでも、正室が、武術の鍛錬をしている私を垣間見て、心惹かれたなどということでもあれば、私が妻一筋であると文などでそれとなく正室に伝えていただきたいのです」
え、これ、私が否定しなくちゃダメなの?
きっと執務長は、正室のお腹の子の父親を探っている。
執務長や東宮殿の事務的なことをする者、正室、側室に仕える者は宦官。父親にはなり得ない。
東宮殿の軍の者達は普通の男。けれど正室や側室と兵士は、基本、行動エリアが別。たった1つ重なるところを除いては。
そのたった1つが執務室のある建物。
返答に困っていると、No.15が口を開いた。
「劉、その件は絶対に違うから心配するな」
ほっとしている劉氏が、実はちょっとがっかりしているようにも見える。
「そうですか。ではなぜ。妙です」
「東宮殿で執務室の建物に出入りする人間は、限られてるからだろ」
とNo.15。執務室の建物に出入るする兵士は武官のトップの方だけ。
「それがなぜ正室の菊蘭様と関係があるのですか? はっ。もしや誰かが密会!」
「「「……」」」
「絶対に私ではありません。先ほども申しましたが、私は妻一筋です。子は5人という仲の良さ。妾も持たぬほど」
「大丈夫だって。執務室の建物じゃ、ベッドがある部屋なんてないじゃん」
No.15は、何を暴露しようとしてるんだろ。正室のおめでたのことなのか、自分の無知なのか。
「皇子、ベッドがなくてもできます」
麗様に耳打ちされ、No.15は首を傾げる。私はね、大人〜な本で、ちょっとは想像がついてるよ。「背中に感じる体温」とか「突き上げられる」とか、今ひとつ具体的じゃない、なんか、よく分かんない文を読んだことがあるから。
驚いたのは劉氏。
「なんてことを。それは真の密通。万死に値する行いではありませんか?! まさか、正室が?」
「「……」」
「あ、えーっと。要するに。劉。そーゆーこと。で、正室の行動範囲で男が出入りするのって執務室のある建物くらいだから。聞かれただけだし、気にしなくても大丈夫。あのさ、ベッドなかったら、背中痛いんじゃない?」
と、No.15はおかしなことを付け加える。
「信じてください。絶対に私ではありません。あの、それは女同士の蹴落とし合いで、誰かが不名誉な噂を流しているだけなのではないでしょうか。世継ぎが生まれる前にライバルを減らそうという。……皇子、戦場に娼婦がウリに来るではありませんか」
おめでたのことを知らない劉氏は「かわいそうに」と正室に同情している。ついでにNo.15に何やら吹き込んでいる。
「あの人らって、酒の相手だけじゃないの? そんなんしてたの? どこで? オレ、知らんかった」
「「……」」
幸い、この話はここで終了となった。
よかった。私、結局なにも頼まれていないよね?
それにしても。正室の父親って誰なんだろ。想像したくもないけど、皇帝って、ありえるんだろうか。
!
ありえる。
弓矢の一件があってから、皇帝にとって、東宮殿は怖くて足を踏み入れることができない場所。東宮が自分の命を奪う可能性があるから。
けれど、東宮は謀反の罪で宮廷に捕えられていた期間がある。それは私が宮廷の地下牢にいたときに重なる。
東宮が宮廷に拘束されていれば、皇帝は東宮殿を訪れることができた。
私が地下牢で「独寝の寂しさに迫られた」と皇帝から聞かされたのは、東宮が宮廷での拘束を解かれたすぐ後のこと。
? あの美しい正室の菊蘭様が? あんなジジイに? まさかね。きっと考え違い。
メインストリートでは、いつものように大道芸人が火を噴く芸を披露している。手品師は他の街へ行ったのか、姿がなかった。
頭の中を占めているのは、自分にとって最も重要なことだった。私は皇帝に捕まっていないことになっている。このままだと、ほとぼりが冷めたら、東宮殿に戻ることになる。
戻りたくない。
戻ったら、いずれは東宮とスルことになる。
ここでの生活は快適で。作らなければ食べられない、洗わなければ着られない、手配しなければトイレの汲み取りもされないという不便ささえ、楽しくてしょうがない。
ここなら麗様は友達のように接してくれる。麗様はNo.15と劉氏がいるだけで、私に敬語を遣う。東宮殿に戻ったら、今の親しげな麗様はいなくなってしまう。
でも、東宮殿に戻ったら、星輝に会える。
ここにいたら、きっと、もう星輝には会えない。




