殺人事件調査力技③
食事が運ばれているというのに、青薔薇磁苑の経営者はじーっと蓋付きの器を見つめている。
その横で、麗様はパクパクと食べ始めた。
「勝てないって、青峰さんの作品のことですか?」
私は、心はデザートにあったけれど、話につき合った。
「もう恒例になっとる。オレが器を見せて、向こうが首を横に振る。それだけや。それだけのためにオレは、結果が分かっとるのに足を運ぶ。で、ダメ出しされた後は、毎回、この店で酒を飲む」
ことの始まりは5〜6年前。
ある日、青薔薇磁苑の前に高級な馬車が止まった。総白髪の杖をついた老人が降り立った。仕事の依頼だった。
1つの蓋付きの器を見せられ、同じものを作れと言われた。落款は違っていたが、青峰さんが造ったものだと一目で分かった。
「同じの造れなんて失礼な話や。でもな、礼は弾むってことやった。大きさ8寸のお茶の葉入れる蓋付きの器でな、形はこれと一緒や。白地に細いグレーの線が走り回っとる模様や。測ったみたいに等間隔で。そんな線引くの狂気の沙汰や」
けれど経営者には、青峰さんが嬉しそうに楽しそうに一心にその線を引く姿が想像できた。
「真似せぇ言われた瞬間、絶対ムリや思った。でもな、絵付けの前に器すらムリとは思わんだな。あいつのは8寸(24cm程)の大きさや。その大きさにじゃ、焼くと割れる。
4寸(12cm程)で造った。お茶の葉が入らないと言われた。
5寸(15cm程)にした。それでも、焼いたうちの何個かは割れて、1番いいできのものを持って行った。実用性だけじゃなく、インテリアにもなるものがいいと言われた。
じゃあって、8寸で、焼くときに割れんよう分厚くした。重くて女性がお茶の葉を入れられないと言われた」
模様の方もダメ出しばかり。線の引き方にセンスがない、等間隔になっていない、見本はもっと細かいはずだ。
思い切って、自分の絵付けで作品を造った。前よりは好感触だったが、華やかさがないと言われた。金を使ったら、派手なのは好まれない。風景画がを描いたら、ダサい。幾何学模様にしたら、面白みに欠ける。
うっわー。それでもチャレンジする青薔薇磁苑の経営者を尊敬するわ。
「がんばっていらっしゃるのですね」
「もうこっちも意地でな」
「陶磁器などの芸術品は、好みが大きいですから……」
そう言ったら、経営者は少しにっこりした。
「でもな、お嬢さん。1回だけ褒められたことがあるんや」
あるとき、経営者は銅銭を1枚渡され、「これを落款として使え」と言われた。経営者は青薔薇磁苑の落款の代わりに、銅銭の印を器の裏底に使った。
次に、「窯元の落款も必要だから、銅銭の方は横にずらせ」と言われた。経営者は、器の裏底に2つの落款をバランスよく配置した。
「そのときな、もの凄く豪快に笑ったんだ。それはそれは愉快そうに。いつもはむすっとしてる人なんだけど。『正解』ってな」
瞬間、書店のバックヤードにあったピンクの線の器が頭に浮かんだ。皇帝御用達のマークが器の側面に模様として取り込まれていた。何個も、ありがたみなく使われていた。
度氏様は、あの器を見た?
不正解の器。
青峰さんは、器を造るだけで、儲けることに興味がない。お釣りの計算もできない。実は、お釣りだけじゃなくて、数が苦手だったかもしれない。だから、自分の作品に値段をつけられなかった。
無口なのはどもりが酷いから。喋ることだけじゃなく、話を理解することも苦手だったかもしれない。
ただ、想像する青峰さん像と大金が結びつかない。
「珊瑚、どした?」
「ベッドの下の大金のこと、考えてた」
「気にしなくていーじゃん、珊瑚。あるって知らなかったときは何も考えてなかったのに」
「だね」
知らなかったときは、いなくなった星輝のことばかり考えてた。
次の日、年配の女の人が家に来た。家から1番近いところに住んでいる人らしい。といっても、かな〜りかな〜り離れている。
「梨がね、いっぱい採れたの。食べてね」
その女の人が、不動産屋に空き家のことを知らせた人だった。
「ありがとうございます。いただきます」
今ごろ、東宮殿の庭にも梨が生っているだろう。みんな、心配してるよね。
「よかったわ。住んでくれる人がいて」
「前に住んでいらしたのは、どんな方だったのですか?」
「陶芸家でね、優しい人やったよ。にこにこして。綺麗な器くれたよ。うちにいっぱいあるわ」
「交流があったのですか?」
「こっちが一方的に。心配でね。病気しても怪我しても1人じゃ困るやろ。って言っても、遠いから、なんかのついでってくらいやけど」
「大変ですよね。ケガ」
ギルドの人達にボコられたの、知ってるかな?
「そうそう。ケガしたことあったねぇ。あのときは酷かった。うちの人が荷車でお医者まで運んだの。何があったかは話してくれんかったけど。話すことが苦手な人やったし」
「そんなことが」
「困ったときはお互い様だからいいって言ったのに、後でお医者のお金持ってきてくれたよ。その後、立派なお茶の葉入れる器もくれたわ。こんのくらいの大きさでね」
「8寸くらい。立派ですね」
「うねうねした細い線がいっぱいあって、円い模様がところどころにあって、なんや、高級そうで。勿体無いと思いながら使ってるわ」
「何色ですか?」
「白地にね水色の線。ちょうど、この器みたいな水色。綺麗よ」
「きっとステキですね」
「青と水色とグレーとピンクを造ったんやって。他は売れたんかって聞いたら、グレーは注文やったから納品して、青とピンクは売れたって」
「注文された品物だったのですね」
「でもね、『注文と違うって怒られた』ってしょげとったわ」
「まあ」
「その前に100個納めて、追加注文やったって。ほんでな、そのとき、『銀子って使ったことないけど、銅銭のどんだけ分や』って聞くのよ。やからね、銀子1コで銅銭50枚やって。銀子で支払われたなんてよかったなぁって言うとったんや」
「高く売れてよかったですね」
「ね。ホント。あの人ね、お金数えるの苦手みたいや。どの器も銅銭5枚で売っとったの。そりゃアタシ素人やけど、もっと高く売りなって言ったんよ」
「私も詳しくありませんが、銅銭5枚ってことはないですよね」
「アタシね、あの人の器、好きなんよ。綺麗な色で。気品があって優しいみたいなイメージ。造っとったのは、年中粘土まみれの、髪もヒゲもぼさぼさの男やのにね」
「私も思います。気品があって優しい。煌びやかではないのに華がある」
「あぁ。アタシも思う。華。家のキッチンな、あの人の器あるだけで、ぜんぜん違うんや」
女の人は、日焼けした顔に白い歯を見せて笑った。
そこへ、馬の世話を終えた麗様が登場。
「どーも。え、梨? ありがとうございます。いただきます」
気さくに喋っていた女の人は、いきなり姿勢を正す。
「たくさんとれましたので、持ってきました。お召し上がりください」
「旨そ」
シャクッ
麗様は、皮を剥いていないし洗ってすらいない梨を丸かじり。馬の世話してたんでしょ? せめて手を洗ってからにしてよー。
「お兄さん、ワイルドですね ♡_♡」
また1人、刹那落としの麗様のファンが増えてしまったわ。
女の人は何度も振り返り、麗様の姿を目に焼きつけて、帰って行った。
青峰さんは100個の蓋付きの器を納品した。その報酬を銀子で受け取ったとしたら。ベッドの下には、銀子20個入りの袋が100あった。度氏様は、青峰さんの器1つに銀子20個の価値があると評価した。
それもきっと、銅銭5枚で売ったのね。1/200じゃん。
結論。
「麗、ベッドの下のお金、遣っちゃっても大丈夫かも」




