殺人事件調査力技①
バイト先の街の書店、売り場からバックヤードに入ってチェックを受けた。
「いけませんねぇ。修正箇所、このページ3つ。書き直して」
「すみません。直します」
眠いのを我慢して作業した部分にミスが集中していた。反省。
その場で修正しようと、紙を1枚手に取る。
壁際に長い机があり、私と同じく書写をする人や、挿絵の仕事をする人の作業台になっている。
筆を取るとき、絵筆が立ててある入れ物が目に入った。絵筆は文字を書く筆より長く、少し背の高い磁器の器に立てられていた。キッチンの扉付き戸棚に入っていた蓋付きの器に似ている。8寸(24cm程)。細い等間隔の曲線がピンク色。
異なるのは色以外では、模様。大胆にも、皇室御用達のママークが細い線の幾何学的な模様の一部になっている。マークは何個もパターンの中で使われている。
うっそ。これ、印の使い方絶対間違ってる。
なんて無造作に高級磁器が。いえいえ、つっこむところはそこじゃなくて、皇室御用達のマークがふんだんに模様に使われている。って冒涜を通り越して、もはやギャグ。
そっと器を持ち上げ、裏底の落款を見た。「青峰」。
やるなー、青峰さん。この人、きっと、マークの意味、知らなくて使ってるよね。そうとしか思えない。
そして、蓋を見つけて驚いた。なんと、蓋は裏返しにして絵の具を溶く皿として使われていた。
間違っていたページを修正し、店主にチェックしてもらう。そのとき聞いてみた。
「この入れ物、綺麗な模様ですね」
「そーだろ。お茶の葉を入れる物なんだ」
「筆入れになさってるのですね」
「最初はお茶の葉を入れてたんだけどね、娘が気に入って、宝物入れにしたんだよ。その娘も大きくなって使わない。捨てるのは勿体ないから使ってるんだ」
筆入れにするのも勿体ないと思いますよー。
「では、これは昔の物なのですか?」
「5〜6年前だったかな。どっかで飲んで朝帰りする途中、買ったんだ。実は、二日酔いで吐きそうで、万が一、ゲボってなったとき、蓋ついてていいなって思って」
「……」
筆入れどころじゃなかった。
「妻に上げたいから欲しいって言ったら、安くしてくれてさ。大事に抱えて帰ったよ。最初は妻のお気に入りだったんだ」
ってことは、吐かなかったのデスネ。ヨカッタ。
奥様は、ねだられて娘に譲った。その娘は今、13歳なのだそう。何年間か、可愛いリボンや綺麗な石のネックレス、ブレスレットが入っていたらしい。
「どこで売っていたのですか? 私も欲しいです」
するっとウソが出てきた自分に、良心の呵責で心臓がどきどき。
「メインストリートの1本裏の橋んとこだった。売ってる人、髪や服や手に粘土くっつけて、歯ぁ欠けてんの。でも、もう何年も見かけないな」
「残念です」と言って、書店を後にした。
芸術は、興味と好みの世界。とはいえ。ゲボを入れるために蓋付きの器を買ったとか、今は筆入れと絵の具の皿にしてるとか、青薔薇磁苑の経営者が聞いたら泣いちゃいそう。
麗様と合流。
メインストリートのカフェに入った。座ってみたかったテラス席。この街へ来たとき、ここにカップルがいて羨ましかったっけ。
麗様と私だから、兄妹に見えるのかな。
たった今、バイト代が入ったところ。奮発して、西洋の紅茶なるものを飲んでみることにした。西洋の磁器は、お皿と器がお揃い。器にはくるんとした小さな持ち手がついている。この食器を使う国なら、青峰さんの作品は好まれそうだなって、なんとなく感じた。
陶磁器に詳しくはない。でも、書店の主に比べれば、見る目があると自負。
テラス席からは大道芸人が見える。今日も火を噴いている。
「あの人の体の中、火傷してるよね。大変なお仕事」
私の言葉に麗様は笑った。
「マジで言ってんの? 騙されて壺買わされちゃよ」
なんて。
壺。思い出して、麗様に、青峰さんの器が書店のバックヤードで筆入れになっている話をした。会話は聞かれているかもしれないので、「皇室御用達」は遣わず、「印」と表現。
「吐きたいから蓋付きって。ちょっとびっくりだった」
「珊瑚が思ってるより、そっち側の人間が多いんだって。私もそっち側」
テラスの下、手品をして花を出した大道芸人が、私に花をくれた。店内や道にいた見物人から拍手される。麗様は、すかさず大道芸人にチップを渡した。
花は鳥の羽でできた、手品用。
大道芸人がテラスのすぐ下で休憩していたとき、手品用の花を返そうとした。
「こちら、大切なお仕事の道具ですよね?」
差し出すと、「たくさんあるから大丈夫です」と、袋にいっぱい詰め込まれている手品用の花を見せてくれた。
「こちらで長いんですか?」
元旅芸人の麗様が話しかける。
「長いっすよ。1ヶ月くらい。そろそろ街のみんなが飽きてきたころだから、他行こうかなって」
大道芸人は、様々な街を転々とし、1年に1回ほどこの街を訪れると言う。麗様と、どこそこの街がいいと情報交換し始めた。
「10年くらい前から、南自治区に来てる。ここのメインストリートはいいね。バナナや陶磁器を売ってる人までいる」
「バナナ。なんですかそれ」
「お兄さん、南国の果物だ。今は売ってないのか」
「へー。陶磁器も。道で? 売れんの?」
そんな話を、私は紅茶のおかわりをいただきながら聞いていた。
「売れていましたよ」
いきなり会話に参加したのは、私の紅茶におかわりを注いだウエイターだった。
「それって、いつですか?」
私が尋ねると、ウエイターは残念そうに言った。
「お嬢さん、もういないんですよ」
ウエイターは、青峰さんらしき人のことを話した。
5〜6年前、カフェの前で商売をしていた見窄らしい男がいた。売っている器は人気で、店が出ると繁盛していた。けれど、メインストリートのお洒落なカフェとしては困った。
「やはり、テラスの前は、大道芸の方が好ましいのです。見窄らしい男とバーゲンセールに群がるBBA、いえ、こほっ、奥様方よりも」
その言葉に、大道芸人は仰々しくお辞儀をする。
「こちらのテラス席のおかげで、私達も潤っております」
と大道芸人。
だよね。麗様以外にも、テラス席からチップ渡してた人が大勢いた。
「実は、心苦しくありましたが、器を売る男には、こちらのテラス席から見えない場所に移動してもらったんです」
数年前のある日、ウエイターが仕事を終えて帰るとき、器を売っている男が大勢の男から暴行を受けていたのを目撃した。その後、ウエイターは、違う道の橋のところで器を売る男を見かけた。
「総白髪で杖をついた立派な老紳士が足を留めているのを見て、買ってくれる方がいることにほっとしました。店から見えないところへ移動させたので、罪悪感がありまして」
「ああ、あの人か。昔から、豪快にチップくれる金持ちだ。ははは。ちょい前にチップくれたよ」
ウエイターは「ごゆっくり」と去った。
麗様はテラスの手すりに肘を乗せ、大道芸人と話し続ける。
「いーねー。ケチじゃない金持ち。あははは」
私は紅茶を飲みながら考えていた。青峰さんを殺したのは誰なのか。単純に考えれば、ギルドの中の誰か。けれど、ギルドの中の人達は青峰さんの作品を好き。家や別棟の多くの作品が埃にまみれたままなのはおかしい。
青峰さんはボコられてからしばらくして、姿を見せなくなったみたいだけど、「しばらく」ってどれくらいのことなんだろ。1週間? 1ヶ月? 1年? 暴行とは関係あるんだろうか。
気になるのは、皇室御用達の印。いったい、誰が渡したんだろう。印とベッドの下にあった大金は繋がっている気がする。




