楽しかったね、星輝
星輝は麗様のリクエストに応える。
「『月の光も届かぬ闇の中、小さな吐息が繰り返される。愛されるたび、揺らされるたび。ときどき落とされるキスは白い肌に赤い花を咲かせているだろう……』。エッロ」
一番バレたくない人にバレた。
「私、字ぃ読めないけどさ。書物を読む人ってお堅いイメージじゃん。難しい顔して、こーゆーの読んでんの?」
「やっぱ、売れ筋はこの手っしょ。だよな、珊瑚」
「……」
私に同意を求めないで。今、心の整理に精一杯なのっ。恥ずい。
「星輝、こっち読んで」
「『足の指で薄衣の紐を』。ごめん、麗。声に出しては、ちょっと」
星輝、赤面して退場。麗様は、字ぃ読めるようにしよっかなーなんて言ってるし。
これくらいだったら、侍女達がこそこそ読んでた書の内容だわ。平気。がんばる!
数日後、初めての納品はどきどきだった。バイト代と次の仕事を貰えた。
ひたすら家の中の拭き掃除をしていたとき、青薔薇磁苑の経営者がたくさんの手土産を持ってきた。
「おったおった。ここか。不動産屋に聞いてきたんや」
個人情報が漏れてる。
「先日はありがとうございました」
「こっちこそや。お礼したくて探したわ。これ、ウチで採れた野菜や。鶏も。卵産ませてもええ、シメて食ってもええ」
家の中に招き、経営者にお茶を出す。
「どうぞ」
「こ、これは!」
経営者は、お茶の器を持ったままイスからガタッと立ち上がった。
「どうなさったのですか?」
「この青、青峰の色や。これはあいつにしか出せん。お嬢さん、この器はどこで手に入れたっ」
「この家にありました」
「この家?」
「不動産屋がこちらは窯元の家だとおっしゃっていたので、ここにお住まいだったのかもしれません」
そこへ、草刈りをしていた星輝と、別棟を掃除していた麗様が戻ってきた。
挨拶の後、青薔薇磁苑の経営者は語り出す。
「青峰は知り合いやった。あいつの器は一品や。薄くて均一で丈夫で。何よりも美しい。白も青も他の色も。でもな、あいつは器を造ることにしか興味がなかったんや」
青峰さんは、土の民。小さなころから黙々と器を造ることだけをする人間だった。窯元同士のギルドにいても他と波長が合わなかった。
「めちゃくちゃええ物造るくせに、儲けに興味がなくてな、その日暮らせる金があればいいって、安く売る。こっちはたまったもんじゃない。同じ金出すなら、誰だっていい方を選ぶ。失敗作はタダであげとった。オレらにも分からんくらいの失敗や」
結局、青峰さんはギルドから追い出された。
ギルド以外の人は、商店で品物を扱ってもらえない。すると、青峰さんは路上で商品を売り始めた。並べた物が片っ端から売れるという盛況ぶりだった。
「ギルドの者は怒ってな。オレもや。何が困るって、あいつが造ったのは丈夫なんや。割れん。割れんかったら、人は使い続ける。次のを買わん。頭に来てな、みんなで青峰をボコった」
怖いよー。ギルドがKILLドに思えてきたよー。
「ボコる時、誰も青峰の手と腕と目は狙わんかった。焼き物する者の憧れなんや。いつもおどおどして、無口で、吃りが酷い。お釣りの計算もできん。でもな、ほんっとにええ物を造る」
「青峰さんは、ボコられた後、どうなったんですか?」
星輝が心配そうに尋ねる。
「おらんようになった。すぐ後は、別の場所で器売っとったの見たってヤツもおったんやけどな」
「そうですか」
「ギルドでたまに話題に出る。前歯折ったの悪いことしたなとか、どっかで器造っとるやろとか。……みんな言っとる。青峰は困ったヤツやったけど、あいつの作品が欲しいなって。家で1番いい客に使いたいなってな」
麗様はお茶の器を持ち上げ、「これがねー」としげしげと眺めた。
「オレはあいつに会いたいんや」
「作品が欲しいだけではないのですか?」
と経営者に尋ねる私。
「ボコったとき、オレ、並べてあった器を地面に放ったんや。割れんかった。後で誰もいないとき、青薔薇磁苑の器を同じ場所で落としてみた。落としただけで割れた。何度やっても割れた。教えてほしい。どうやって造ったのか」
経営者はお茶を何杯か飲んで、帰った。
「青峰さん、どうなさってるんでしょうね」
私が憂える一方、麗様は目の色を変えていた。$_$
「実はさ、別棟の方に、すっげーいっぱい器があるんだわ」
見に行くと、本当にいっぱい。青いのやら水色のやら。透明感があってどれも綺麗。
細かい線の模様のは、あったけれど、器の表面がざらざらしていた。焼いていない状態っぽい。
「麗、さっきの話聞いたじゃん。売ったらギルドにボコられるって」
星輝が先回りして窘める。
「まだ売るって言ってないのに」
麗様は頬をぷっと膨らませる。普段のクールさとのギャップに心の中で悶絶。可愛い♡
お客様が帰ったので、各々元の作業に戻った。家の中を掃除していると、麗様が現れた。
「珊瑚、骨あったんだけど」
「どこ?」
魚の骨か何かだと思い、私はちりとりを手に取った。
「んーっと。星輝も呼んでくる」
と麗様。
たかがゴミごときで。貝塚みたいにたくさんなのかな。
私は別棟の方へ歩いた。別棟は家から離れている。今は草ぼうぼう状態の場所の向こう側。草ぼうぼうは、おそらく畑だった場所。
星輝は顔を強張らせて走ってきた。
ちりとりを持った私の横を通り過ぎていく。星輝の後を麗様が走る。
ついて行くしかないよね。駆け足。
星輝は、小さな入り口から窯の中へ入った。前に私が見たとき、窯の入り口は塞がっていた。麗様が開けたのだと思う。覗こうとすると止められた。
「どうして? 麗」
「人骨」
ひっ。
四つん這いになって出てきた星輝は、そのまま首をがくりと下げて言った。
「タダほど高い物はないんだって」
「すぐ、お役人にっ」
「落ち着いて。珊瑚が捕まる」
「どーするの」
「塞いで元に戻す」
「ええーっ! 引っ越そう」
「怪しまれる」
麗様と私のわちゃわちゃしたやり取りを、星輝が止めた。
「幸い家から離れてるし」
ひどーい。
結局、合掌して終わり。
1日くらいは3人ともどんよりしていた。
慣れた。
数日後、麗様と私の生活ぶりを見て、星輝は都へ旅立つことを決めた。
2頭いた馬のうちの1頭に乗って。街まで買い物に行くときと変わらない。
今は馬車が通れるほど開かれた元獣道。馬に乗って振り向いたままの星輝に手を振る。
突然、星輝は馬をUターンさせて戻ってきた。
馬の上から泣き出しそうな目で見つめられた。
星輝は馬から下りると、
がばっ
私を抱きしめた。
息が止まる。何かに体を貫かれたかのように身動きできない。骨が軋む。痛いよ。
腕を回されたまま、別れの言葉を紡いだ。
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。星輝」
体を離した星輝の目は充血し、鼻は真っ赤。震える分厚い左手で自分の口を押さえている。
不意に風が吹いて木々がざわめく。まるで、行けと送り出すように。
一緒に見た風の先の空はセルリアンブルー。
やっぱり、この生活は続かなかったね。
星輝は再び馬に跨る。
「まかせろ。星輝」
麗様に「頼んだ」と答え、星輝は走り去った。
身体中が溶けて空と同じ色になった気がした。
新しい生活が新鮮で楽しくて、星輝がいなくなる心の準備を怠っていた。1人抜けた空間は妙に静かで。
星は、ときどき、道の彼方をじっと眺める。
「星。待ってるの?」
その姿に喉の奥が苦しくなる。湧いてくる涙が零れないように上を向くと、別れた日と同じ色の空が広がっていた。




