災い転じて福にする
畳みかけるように麗様。
麗様 「立て直す勝算は?」
経営者「ウチの磁器の技術を伝える」
麗様 「技術提携ですね」
経営者「さっそく契約書作っぞ」
星輝 「技術ごと猛禽製陶に盗まれますよ」
経営者「猛禽製陶に手ぇ出されたら、窯も作業場も爆破や」
麗様 「過激♪」
星輝 「それも契約書に」
経営者「せやな」
麗様 「猛禽製陶の市場に殴り込みですね」
経営者「よっしゃ! 全面戦争や」
私は会話がぽんぽんとパスされるのを見守るだけ。速過ぎて参加できない。
星輝が「それじゃ、青薔薇磁苑の販路拡大はできませんよ」と言ったとき、やっと会話が途切れた。
えっと、
「技術提携によって売上が伸びたら、マージンをいただけばよろしいのではないでしょうか」
言えた。言えたよ。会話にやっと参加できた。
「せやな、お嬢さん。売上伸びた分の半分で勘弁したるか」
「えと。ですが。それだと、青薔薇磁苑じゃなくて、イケ男陶工が売れるだけで、えと」
速く喋ろうとすると、文が出てこないよー。
「なーんなんなん。儲かりゃええ。そしたら、商品置く店は紹介してくれるやろ。ぼちぼちや。西の地域は派手好きでな、これの遣い方がちげーんだよ」
経営者は人差し指と親指で円を作った。お金。
だから経営者はイケ男陶工を足場に販路を拡大したかったのね。儲かる算段があった。
帰るとき、たくさんの小さな壺を運んでいる人とすれ違った。小さな壺は絵付け室に運ばれていく。後から、たくさんの蓋も絵付け室へ入っていく。蓋付きの器かな? 大きさは5寸(15cm程)くらい。
飾られていた見本の中にはなかった形。可愛いさに惹かれて目で追っていると、青薔薇磁苑の経営者がそれに気づく。
「お嬢さん、気になるんか?」
「可愛い形ですね。見本にはありませんでした」
「はっはっは。大人の事情や。飾れん商品もある。港があるからな」
首を傾げる私の耳元で、星輝が「密輸用」と囁いた。
夜は新居のキッチンで猪を焼いた。お米も炊いた。小川にサワガニがいた。素揚げにすると美味しい。
「星輝、いいとこ連れてきてくれてありがと。お疲れ」
麗様は、満腹のお腹を撫でながら寝っ転がった。で、そのまま眠ってしまった。麗様の剣を外し、靴を脱がせてブランケットを掛ける。
「珊瑚も寝な。オレも寝る。明日、ベッド作って布団買おう」
「うん。おやすみなさい」
星輝もブランケットを被って横になる。
私は歯磨き。キッチンの桶から、木のお椀で水を掬う。
いつから廃墟になっているのか、キッチンの明かり取りの格子窓は開いたままだった。雨戸も。たぶん、留守にするときは閉めるものだと思う。
格子の間から月が見える。十六夜。
その窓から吹き込んだ土埃が見えるほど目が暗さに慣れた。キッチンには陶磁器が何枚もある。皿、器、小さな花瓶。
ここで焼いていたのは、陶器じゃなくて磁器みたい。明日、明るいところで見てみよう。
歯を磨いた後、麗様の隣にごろんと横になる。
少し離れた場所からは星輝の寝息が聞こえる。
薄茶色の髪、自分と違う骨格、黒い瞳、笑顔。
あのふわっとした髪に、そっと触れてみたい。
今のままがいい。東宮殿に帰りたくないなー。
がさがさ こそこそ
もそもそと動く星と目が合う。星の目が活と活と。狼は夜行性。星は、夜、ときどき出かけるようになった。家出して、優等生犬から夜遊び狼になった感じ。
今夜はみんな疲れてるから、遠吠えはやめてね。
朝。明るい中で見る磁器は、薄く、つるつるとして、セルリアンブルーだった。いつか見た悲しい空の色。
その色に出会ったとき、今の生活が長く続かない予感がした。
器の裏には、どれも同じ落款。「青峰」と読める。
洗おう。私は、扉のない戸棚で土埃を被った何枚もの器を出した。
扉のある戸棚の中にも器はあった。幾つも。1つずつ丁寧に布に包まれて。
白地にグレーの細かい曲線が描かれている。息を呑む精緻さ。裏には「青峰」の落款。ど素人の私にも、これが特別な芸術品の域の物だと分かる。
その中に1つ、「青峰」の落款のない物があった。8寸(24cm程)の蓋付きの縦長の器。グレーの細かい曲線模様は他と同じパターン。
形は、昨日青薔薇磁苑で最後に見た物とそっくり。丸みやバランスが同じ。昨日の5寸の器は可愛く見えた。目の前の8寸の器は優美。大きさだけで印象がガラリと変わる。
「青峰」の代わりにあったのは、どこかで見たことのある、仰々しい落款だった。丸い幾何学模様の縁取り、読めないほどデフォルメされた何本もの横線を持つ文字。
「おはよ」
麗様が起きてきた。
「おはよー。ぁふぁ」
「ねぇねぇ麗、いっぱい器があるよ。こっちは上等な感じ。ほら」
「高そ」
起き抜けの星輝と全身寝癖の星もやってきた。
「「おはよ」」「おはよーございます」
「青いのは使お」
と寝起きの麗様は目やにを取る。
「でね、これだけ、落款が違うの」
8寸ほどの蓋付きの器を引っくり返して裏底を見せた。
「え」
「どしたの? 星輝」
固まってるし。
「これ、皇室御用達の印」
「「はあ?!」」
「マジで。これ、禁軍(皇帝の軍)の剣に入ってる印と一緒」
皇室御用達と認められるのはとても名誉なこと。ごくごく少数の商品にしか、この印を使うことは許されない。母の扇子にあった。だから見たことあったんだ。
「この器だけ、皇室に納めたのかな?」
私の言葉に星輝は首を捻る。
「1個だけだったら印は使わない。使うんだったら、この窯元の品全部。か。この模様の作品全部だと思う」
「お茶の葉入れるのにちょうどいいって思ったけど、使うのやめよ。うっかり割ったら勿体ないね」
麗様は笑う。
「ははは。高級品を使うのはやめとこ。飯が不味くなる。そっちの青いのでいーし」
不味くなるの?
「たぶん、こっちもそこそこのいい品だとは思うけど」
「器って欠けてるくらいが心置きなく使えるんじゃん」
麗様、それは賛同しかねます。
草を刈り、最低限の物を揃え、新生活が始まった。
何かあっても、なんとかなるって思える人になりたい。
自分で生活できるように。
私はまだ14歳。けれど、星輝はもっと小さなときから仕事をしていた。No.15は戦に行った。麗様は特別だけれど、小さなころから自分で生きている。
仕事、できたらいいな。
思ったことは心の中に留まっていて、些細な文字が目に飛び込んでくる。書店の前に張り紙があった。書物を書き写す仕事。在宅OK。
多く売れる書物は、木版や活版印刷で行われる。しかし、コストがかかるため、一定数以上の売り上げを見込めなければ、人の手による書き写しとなる。
庶民の大半は文字を読めない。書物は、マイノリティな楽しみであり、売り上げの予測が困難。なので、技術があっても、多くの書物は安価な書き写しという古典的方法で複製される。(この小説は中華風異世界モノのフィクションです)
「ちょっと見てきていい?」
麗様と星輝に断って、書店に入って行った。
面接は、5行ほどの書写。その場で採用され、仕事を貰った。
2人には事後報告。
「そんなことしなくても、東宮が絶対、生活に困らないようにしてくださるって」
星輝は言うけれど「やってみたいの」と答えた。
麗様は私の肩に手をやって、笑う。
「夢?」
って。
そうだよ。私の夢は、自分だけを想ってくれる人と、たった1つの恋を貫くこと。東宮殿に帰ったら、絶対に叶わない。
普通の世で生きてみたい。そしたら、夢が叶う可能性がある。
とりあえず、足掻いてみるよ。災いが転じちゃって福になっちゃうかも。
……仕事の書物の内容に、参りました。大人〜な内容でした。
家は広くて、麗様の部屋、星輝の部屋、私の部屋、来客用まである。私は自室で仕事をした。内容ヤバいもん。
麗様が様子を見にきた。大丈夫。字を読めない麗様には内容がバレない。
「字ぃいっぱい。星輝、なんて書いてあんの?」
「きゃーーー!」




