土の郷
歩くのかと思った。違った。二頭立ての荷馬車。
でもって、麗様も一緒に来ると言う。
「考えたんですよね。一応、私の役目はここまでなんですけど、状況が変わったんで」
もともと麗様と星輝は、私を寺に預ける予定でいた。寺は治外法権。皇帝の権力が届かない。けれどそれは表向き。寺は官僚の天下り先になっている場合が多く、立派な寺は、皇帝の権力が届かなくても官僚の支配下。
そうではない寺に、星輝の父親の顔で匿ってもらおう、と考えていた。
その案はダメになった。
14歳の星輝には、父親を通しての知り合いがほとんど。思いついた場所は、自治区。
もし星輝と私を2人で南部へ旅立たせたと東宮に報告したら、自分は首になると麗様。
「首?」
なぜ?
「珊瑚様を救うのが目的ですし」
麗様は私の武術の師匠として雇われている。
「助かる。さすがに珊瑚様とオレじゃ、子供過ぎ。麗は歳より上に見えるからさ」
麗様は大人っぽい。でもって、男に見える。舐められない。
星輝、私と二人きりじゃ意識して気まずい、とかはないんだね。
愛だの恋だのは捨て置こう。逃げなきゃ。
旅は、2週間ほどだった。
私はいろいろなことができるようになった。石を並べて即席竈を作ること、ご飯を炊くこと、洗濯、店で物を買うときに値切ること。馬に乗ること。1番嬉しかったのは、2人が敬語を遣わないでくれること。
何もかもが新鮮で輝いていた。
南自治区。
異国情緒たっぷり。
大道芸人が火を噴き、その横で、異人達が不思議な楽器を奏でる。テラス席にはそれを眺めるお洒落な恋人達。西洋の服装や全身を布で覆ったような異人がちらほらいる。この街はとても豊かに見える。
やっと目的地に着いたのだから、少し豪華に食堂で食べることになった。星、ごめんね。
テーブルの上に色とりどりの料理が並ぶ。料理の美しさを白地に青の絵の皿が際立たせる。ドリンクが入った小さなグラスも皿とお揃い。薄くてつるつるとした上等な磁器。描かれている絵も素晴らしい。
「「「かんぱーい」」」
小さなグラスをカチッと合わせる。
ガシャン
何かが飛んできて私のグラスが割れ、破片が料理に飛び散った。
見れば、スペアリブの骨。
「オレらの窯が潰れるわけねーだろ!」
「馬鹿野郎。考えろつっただけだ」
ぼかっ ぼかっ
「うっせー。やったな」
少し離れた席の団体客が乱闘を始めたらしい。
ひゅんっ がつっ
麗様は乱闘集団を睨みつけてスペアリブを投げつける。それは乱闘中の1人の男の額に命中。そして麗様は、体から静かに青い怒りの炎を発しながら、割れた破片にトッピングされた料理を見つめた。
「私の食事を邪魔したな……」
やばい。
最近分かったことがある。麗様はすこぶる食い意地がはっている。乱闘に参加。と見せかけて。
がん ムシャ どかっ ムシャムシャ どかっ ゴクッ しゅっ パクパク ごきっ ペロリ ばきばきっ パクリ どかっ ムシャムシャ しゅっ ゴクゴク
麗様は、鮮やかに団体客を倒しながら、そのテーブルの料理を食べている。
気づけば、テーブル周りの床に男達がごろごろ倒れ、麗様は1人、イスに座って料理を頬張っていた。
「兄ちゃん、うっ、痛い痛い痛い。強いな」
「兄ちゃん、すげー」
「なんで? 兄ちゃん」
倒れていた男達が呻きながら起き上がり、がつがつと食べ続ける麗様を眺める。
「こんなとこで喧嘩しないでください」
麗様はクールに流し目。口の端についたタレを親指で拭い、ペロリと舐めた。群がる男達はぽぉ〜っと頬を染める。
「やぁ、に、兄ちゃん。オレらの窯が危機なんや」
「ついな、熱くなってしもうた」
麗様のおかげで、星輝と私も席を移り、新しく用意された豪華料理に舌鼓を打つ。麗様は2食目を食べながら話を聞かされていた。
「オレらは土の民や」
「土の民?」
私は知らないことだらけ。
「もともとのジモティの民族や。ここはな、陶磁器を作るのに、いい土が採れる土地で、土の郷って言われとる。オレらの陶磁器が自治区を支えとるんや」
彼らの職場は青薔薇磁苑。自治区の代表的な窯元だと言う。
青薔薇磁苑の磁器は薄く美しく、海外でとても人気があるのだとか。え、海外?
「でもなぁ、その栄華もここまでかもしれん」
「そーや、兄ちゃんら、暇やったら、遊びに来んか?」
「磁器作るとこ、見たことないやろ」
いえいえ、私たち隠密なんです。当然麗様は断ると思っていた。
「まかないの昼飯が旨いんや」
「ぜひ」
麗様?
星輝がこっそり麗様の袖をひっぱったけれど、ムリだった。
その夜は安宿で過ごし、翌日、麗様と私が住む部屋を探した。
落ち着いたら、星輝は都に戻って、東宮に状況報告をする。
麗様だって、いついなくなるか分からない。もっといろんなことを知って、しっかりしなくては。
麗様は、不動産屋の言葉に目を輝かせた。
「いやー、お兄さん。馬車があって馬もいるんだろ? だったら部屋よりも家が良くないか? 訳ありでタダなんだ」
「タダ?!」
きらりーん
うっわー、怖っ。絶対ダメ。
「へー。いーじゃん。どんなとこ?」
麗様?
「気がついたら住んでる人がいなくなってたんだよ。変わり者の陶芸家でね。腕は良かったらしいんだけど。家は窯までついてるよ。なにせ陶芸家の家だから」
「そーなんだ。で、なんでタダなんですか?」
「持ち主がいない。住んでても持ち主やその縁者が来たら出てかなきゃいけない。地域の人から『犯罪者のアジトになったりするのが嫌だから住む人見つけてくれ』って頼まれたんだよ」
犯罪者のアジト……。私、犯罪者だよね?
「地域の人に見張られて暮らすのは、ちょっと。他のとこを」
星輝が難色を示す。けれど、麗様はタダに釘付け。
「いーんじゃね? 人目があるなら、安全ってこと。なんたってタダ」
「いやーお兄さん、人目はないな。隣近所に家はない。だからアジトになるって心配されてんだよ」
「人目がない、それ最高」
麗様、さっきの言葉と逆。
案内されたのは、そこそこの大きさの一軒家だった。背の高さまでの草をかき分けて行った先。馬車があるならとか馬がいるならとかって勧めてきたけど、家の前まで荷馬車で行けないじゃん。途中から獣道で、荷馬車はそこまで。
近くに小川。プラムの木があって、たくさんの実が生っていた。
「ここがいい!」
麗様が即決。
星輝は、不都合があったら新しいとこ探せって言ってた。「タダほど怖いものはない」って。
麗様は、家の広さに感激してる。リビングと寝室が別とか、キッチンスペースがあるとか、別棟があるとか。
家のあちこちを見て回る麗様を眺めながら、星輝は私にこっそり笑う。
「ここ、よかったかも。珊瑚、ここなら星と堂々と一緒に住める。すぐ後ろは山だしさ」
「だね」
星輝は、いつも星のことを考えてくれる。
旅をして分かった。星輝は星に優しい。たくさん抱っこをしてたくさん撫でてたくさん話しかける。とろとろの目ととろとろの声で。
そんな星輝を見るのが好き。でもって、星が、羨ましい。
馬車で少しでも近づけるように草を刈る。
「ここは土の郷なんだね。異人、いっぱいいたね。ちょっとセレブっぽかった」
そんな話をしながら。
「港あるから」
いえいえ星輝、港があったって鎖国のはず。
「自治区だからって、貿易はできないよね?」
と確認。
「自治区だから取り締まりされない」
貿易してるんだ。密輸じゃん。
青薔薇磁苑への手土産はたくさんの採れたてプラムにした。




