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気が弱いので後宮には向きません  作者: summer_afternoon
逃避行

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43/133

女じゃなくプライド




荷馬車から降りたのは都の外れ。建物がまばらで宿などなさそう。



星輝(セイキ)の宿はここから2時間歩いたところです」



なかなか遠い。



「都にいるのかと思った」

「彼らは武器商人ですので」

「そっか」



人目をはばからなければならない仕事。


空がだんだん暗くなってきた。歩きながら、(リー)様に、第4側室紫陽花(あじさい)から貰った指輪の1つを渡した。



「ありがとうございます。貰っておきますね。私は東宮からもがっつり頂いていますが」



そう言って笑う。不意の笑顔は格別。やっぱり刹那落としの麗様。



「麗って夢はあるの?」

「んー。定住?」



自分で言いながら首を傾げる麗様。



「東宮殿は定住場所じゃないよね」


「普通の家庭に憧れてるんです。旅芸人の一座は家族みたいなもんでしたけど、それじゃなくて。今まではただの憧れでした。東宮殿で働くようになって、叶うかもって思ってます。これがいーんで」



麗様は、親指と人差し指で円を作った。お金。



「きっと叶うよ」

珊瑚(シャンフー)様は?」

「私はね、『自分だけを想ってくれる人と、たった1つの恋を貫く』って夢、あったよ。東宮殿じゃムリだけど」

「叶うかもですよ。東宮殿出ちゃったから」

「あははは。ホントだ」

「まず逃げてからですね」



いろいろ喋った。皇帝が連れてきた屈強な男をガツガツと殴ったこと。血が出てきたこと。死んでいないか心配なこと。



「大丈夫ですよ。人って簡単には死にませんから。首から上って、思ったよりも血がたくさん出るんです。まあ、後頭部は致死率が高いので、殺したくなければやめておけば」



致死率、高いんだ。やめとこ。いえいえ、もう、あんな状況にはならないよね。




まばらだった建物が少しずつ密集してくる。田畑が減り、食事処や茶屋、服屋を見かけるようになった。


メインストリートから入った場所に特大の円柱状の建物が5つ。1番奥の円柱に行く。外からの見た目はのっぺりした土壁。ところどころに小さな窓がある。入り口は1箇所。


中へ入ってびっくり。

わー、すごい。真ん中に円い広場があり、円柱の土壁の内側は、ぐるっと建物になっていた。木造4階建。かっこいい。


そこは要塞。外から見たときに窓だと思ったところは、攻撃用の穴だった。小さいはず。

なんて物々しい。星輝の仕事はそれだけヤバイのね。



「ここの2階です」



麗様と一緒に幅の狭い階段を昇る。通路を進んで、何もない場所で麗様は足を止めた。



「?」

「取り込み中のようなので待ちましょう」



親指でくいくいと示されたのは、通り過ぎたばかりの部屋で、そこからは話し声が聞こえて来る。



「星輝、断れ」

「東宮のために働けっつったのは親父だろ。なんでダメなんだよ」

「皇帝にも商品を収めてる。皇帝も東宮もウチの大切な客だ。どっちかの味方はダメだ」


「味方ってほどじゃねーし。側室逃すだけ」

「皇帝が捕まえた側室だろ」

「そーだけど」


「あのな、星輝。そーゆーのは、クソめんどい。戦だってありうる。武器蓄えてるんだから」

「武器蓄えてたって、女1人のこと。皇帝も東宮も奥さんいっぱいいるだろ」


「そーだ。たかが女1人守るために戦はしない。だけどな、戦を始めたいときに、たかが女1人が口実になる。男が守りたいのは女じゃない。プライドだ」


「戦が始まるなら歓迎じゃん。ウチ、戦で儲けてるんじゃねーの?」


「戦に備えるための武器だ。戦は歓迎しない。百戦百勝は善の善なる者に非ず」



孫子先生の兵法。100回戦って100回勝つのがいいわけじゃない。戦わないで勝つのが1番いいという意味。

「オレら、いっぱい武器あって、すっげー強いんだぜ。攻めるのやめときな」って、不戦勝のために見せる武器なの?



「……」

「そんな女、助けたら星輝が殺されるぞ。助けて東宮に返したとする。その後、誰もいない場所でお前が皇帝の手の者に殺される。匿ったのが見つかったとする。お前だけが殺される。失敗して女が皇帝の手に渡ったら、お前が東宮から殺されるかもしれん」

「東宮はオレを殺さない」

「禍根が残って、商いに支障が出る」

「東宮からオレへの依頼なんだよ。貴族とは関係ないとこ手配できるから。親父の伝手で寺とか……」

「ダメだ」



聞こえてきたのは、どう聞いても私のこと。麗様は眉をハの字にして困った顔をしている。私は麗様に、無言で首を横に振った。そして、星輝が定宿にしている部屋の前を静かに過ぎ、階段を降りていく。



バン!



扉が乱暴に開く音と共に、星輝の父親の声が聞こえた。



「死ぬぞ、星輝」



ダダダダダダと階段を降りて来る星輝は、麗様と私を見、無言で目を見開いた。見つめ合ったのは一瞬。星輝は私の手首を掴んで階段を降りていく。


円柱の中、広場に下り立つ。

久しぶりに会った星輝は、また背が伸びて、男っぽくなっていた。私の手首を握るごつごつした手に心臓が跳ねる。

会ったら、花火のお礼なんて思ってたけれど、そんな状況じゃない。



「ごめんなさい。突然。私、自分で牢から逃げたの。だから、この後も自分で逃げる。迷惑かけない」



私は星輝と麗様に宣言した。



「あのさ、星輝、とりあえず、今晩泊まるとこ、どっかある? ここじゃ星輝の親父さんに見つかるから、他んとこ」



麗様は私の言葉をどスルー。結構、意を決したつもりだったんだけど。



「じゃ、こっち。あ、その前に、やっぱこっち」



星輝は一旦、円柱の出口に向かおうとして踵を返した。

声が変わった。低い。以前は男の子の声だったのに。前を歩く星輝の、自分より高い位置にある後頭部にどぎまぎする。


連れて行かれたのは、端切れや古着を売っているお店。平民の服を選んだ。支払いのとき、銀子を袋から出そうとすると、さっと麗様が私を隠し、私の代わりに支払った。



「え、麗」

「そんな袋、人前で出してはダメです。狙われます。銀子もダメです。ウチらが遣うのは銅銭」

「あ、ごめんなさい。知らなくて」

「目立たないように。珊瑚様は立ってるだけでも目立つんですから」



私達のやり取りを聞いて、星輝が一言。



「麗もたいがい目立つけど」

「おまえもな」



麗様が返し、3人で笑う。


平民の服に着替えると、円柱を出て、別の円柱へ歩いた。(セイ)は大人しくついて来る。

宿泊する部屋は2階だった。牢と同じくらいの広さ。ベッドが2つ。



「ごめん、麗。こっからはオレが引き受けるはずだったのに」

「いいって。今夜はどっちみち泊まらないと」

「ちょっと珊瑚様を頼む。オレの方はなんとかする」


「あ、あの。私は1人で……」



それ以上を口に出せず、俯いた。



「珊瑚様、私は支払いの分は働きますので」



とクールに麗様。

星輝は更にクールだった。



「飯、調達してきます」



と部屋を出て行った。まだ、東宮からの仕事の依頼について決めかねているのかもしれない。


戻ってきた星輝は荷物を抱えていた。

開口一番。



「南自治区、行きましょう」



どさりと床に荷物を置き、その上に、ちまきや竹に入った水を並べる。



「自治区?」

「いいかも」



麗様は同意し、教えてくれた。広い広いこの国には3つの自治区がある。北西自治区、南西自治区、南自治区。自治区は別の民族だったため、それぞれ、この国の他の地域とは少し制度が異なる。


自治区は戸籍がない。この国は、くまなく税を徴収するために戸籍がある。自治区にはそれがない。税に相当するものを、様々な団体がまとめて政府に支払う。

更に南自治区では身分がない。


身分違いの恋を成就させるため、あるいは税から逃れるため、自治区は事情がある人の住処となっている。そして、お互いに過去を詮索しないという文化がある。


時間の単位は、現在の日本のものを使います。

中世に合わせたつもりで2時間を1刻と表記しました。しかし、それは昔の日本。中国で1刻は15分のことだと知りました。分かりづらいので、現在の日本式にします。

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