女じゃなくプライド
荷馬車から降りたのは都の外れ。建物がまばらで宿などなさそう。
「星輝の宿はここから2時間歩いたところです」
なかなか遠い。
「都にいるのかと思った」
「彼らは武器商人ですので」
「そっか」
人目をはばからなければならない仕事。
空がだんだん暗くなってきた。歩きながら、麗様に、第4側室紫陽花から貰った指輪の1つを渡した。
「ありがとうございます。貰っておきますね。私は東宮からもがっつり頂いていますが」
そう言って笑う。不意の笑顔は格別。やっぱり刹那落としの麗様。
「麗って夢はあるの?」
「んー。定住?」
自分で言いながら首を傾げる麗様。
「東宮殿は定住場所じゃないよね」
「普通の家庭に憧れてるんです。旅芸人の一座は家族みたいなもんでしたけど、それじゃなくて。今まではただの憧れでした。東宮殿で働くようになって、叶うかもって思ってます。これがいーんで」
麗様は、親指と人差し指で円を作った。お金。
「きっと叶うよ」
「珊瑚様は?」
「私はね、『自分だけを想ってくれる人と、たった1つの恋を貫く』って夢、あったよ。東宮殿じゃムリだけど」
「叶うかもですよ。東宮殿出ちゃったから」
「あははは。ホントだ」
「まず逃げてからですね」
いろいろ喋った。皇帝が連れてきた屈強な男をガツガツと殴ったこと。血が出てきたこと。死んでいないか心配なこと。
「大丈夫ですよ。人って簡単には死にませんから。首から上って、思ったよりも血がたくさん出るんです。まあ、後頭部は致死率が高いので、殺したくなければやめておけば」
致死率、高いんだ。やめとこ。いえいえ、もう、あんな状況にはならないよね。
まばらだった建物が少しずつ密集してくる。田畑が減り、食事処や茶屋、服屋を見かけるようになった。
メインストリートから入った場所に特大の円柱状の建物が5つ。1番奥の円柱に行く。外からの見た目はのっぺりした土壁。ところどころに小さな窓がある。入り口は1箇所。
中へ入ってびっくり。
わー、すごい。真ん中に円い広場があり、円柱の土壁の内側は、ぐるっと建物になっていた。木造4階建。かっこいい。
そこは要塞。外から見たときに窓だと思ったところは、攻撃用の穴だった。小さいはず。
なんて物々しい。星輝の仕事はそれだけヤバイのね。
「ここの2階です」
麗様と一緒に幅の狭い階段を昇る。通路を進んで、何もない場所で麗様は足を止めた。
「?」
「取り込み中のようなので待ちましょう」
親指でくいくいと示されたのは、通り過ぎたばかりの部屋で、そこからは話し声が聞こえて来る。
「星輝、断れ」
「東宮のために働けっつったのは親父だろ。なんでダメなんだよ」
「皇帝にも商品を収めてる。皇帝も東宮もウチの大切な客だ。どっちかの味方はダメだ」
「味方ってほどじゃねーし。側室逃すだけ」
「皇帝が捕まえた側室だろ」
「そーだけど」
「あのな、星輝。そーゆーのは、クソめんどい。戦だってありうる。武器蓄えてるんだから」
「武器蓄えてたって、女1人のこと。皇帝も東宮も奥さんいっぱいいるだろ」
「そーだ。たかが女1人守るために戦はしない。だけどな、戦を始めたいときに、たかが女1人が口実になる。男が守りたいのは女じゃない。プライドだ」
「戦が始まるなら歓迎じゃん。ウチ、戦で儲けてるんじゃねーの?」
「戦に備えるための武器だ。戦は歓迎しない。百戦百勝は善の善なる者に非ず」
孫子先生の兵法。100回戦って100回勝つのがいいわけじゃない。戦わないで勝つのが1番いいという意味。
「オレら、いっぱい武器あって、すっげー強いんだぜ。攻めるのやめときな」って、不戦勝のために見せる武器なの?
「……」
「そんな女、助けたら星輝が殺されるぞ。助けて東宮に返したとする。その後、誰もいない場所でお前が皇帝の手の者に殺される。匿ったのが見つかったとする。お前だけが殺される。失敗して女が皇帝の手に渡ったら、お前が東宮から殺されるかもしれん」
「東宮はオレを殺さない」
「禍根が残って、商いに支障が出る」
「東宮からオレへの依頼なんだよ。貴族とは関係ないとこ手配できるから。親父の伝手で寺とか……」
「ダメだ」
聞こえてきたのは、どう聞いても私のこと。麗様は眉をハの字にして困った顔をしている。私は麗様に、無言で首を横に振った。そして、星輝が定宿にしている部屋の前を静かに過ぎ、階段を降りていく。
バン!
扉が乱暴に開く音と共に、星輝の父親の声が聞こえた。
「死ぬぞ、星輝」
ダダダダダダと階段を降りて来る星輝は、麗様と私を見、無言で目を見開いた。見つめ合ったのは一瞬。星輝は私の手首を掴んで階段を降りていく。
円柱の中、広場に下り立つ。
久しぶりに会った星輝は、また背が伸びて、男っぽくなっていた。私の手首を握るごつごつした手に心臓が跳ねる。
会ったら、花火のお礼なんて思ってたけれど、そんな状況じゃない。
「ごめんなさい。突然。私、自分で牢から逃げたの。だから、この後も自分で逃げる。迷惑かけない」
私は星輝と麗様に宣言した。
「あのさ、星輝、とりあえず、今晩泊まるとこ、どっかある? ここじゃ星輝の親父さんに見つかるから、他んとこ」
麗様は私の言葉をどスルー。結構、意を決したつもりだったんだけど。
「じゃ、こっち。あ、その前に、やっぱこっち」
星輝は一旦、円柱の出口に向かおうとして踵を返した。
声が変わった。低い。以前は男の子の声だったのに。前を歩く星輝の、自分より高い位置にある後頭部にどぎまぎする。
連れて行かれたのは、端切れや古着を売っているお店。平民の服を選んだ。支払いのとき、銀子を袋から出そうとすると、さっと麗様が私を隠し、私の代わりに支払った。
「え、麗」
「そんな袋、人前で出してはダメです。狙われます。銀子もダメです。ウチらが遣うのは銅銭」
「あ、ごめんなさい。知らなくて」
「目立たないように。珊瑚様は立ってるだけでも目立つんですから」
私達のやり取りを聞いて、星輝が一言。
「麗もたいがい目立つけど」
「おまえもな」
麗様が返し、3人で笑う。
平民の服に着替えると、円柱を出て、別の円柱へ歩いた。星は大人しくついて来る。
宿泊する部屋は2階だった。牢と同じくらいの広さ。ベッドが2つ。
「ごめん、麗。こっからはオレが引き受けるはずだったのに」
「いいって。今夜はどっちみち泊まらないと」
「ちょっと珊瑚様を頼む。オレの方はなんとかする」
「あ、あの。私は1人で……」
それ以上を口に出せず、俯いた。
「珊瑚様、私は支払いの分は働きますので」
とクールに麗様。
星輝は更にクールだった。
「飯、調達してきます」
と部屋を出て行った。まだ、東宮からの仕事の依頼について決めかねているのかもしれない。
戻ってきた星輝は荷物を抱えていた。
開口一番。
「南自治区、行きましょう」
どさりと床に荷物を置き、その上に、ちまきや竹に入った水を並べる。
「自治区?」
「いいかも」
麗様は同意し、教えてくれた。広い広いこの国には3つの自治区がある。北西自治区、南西自治区、南自治区。自治区は別の民族だったため、それぞれ、この国の他の地域とは少し制度が異なる。
自治区は戸籍がない。この国は、くまなく税を徴収するために戸籍がある。自治区にはそれがない。税に相当するものを、様々な団体がまとめて政府に支払う。
更に南自治区では身分がない。
身分違いの恋を成就させるため、あるいは税から逃れるため、自治区は事情がある人の住処となっている。そして、お互いに過去を詮索しないという文化がある。
時間の単位は、現在の日本のものを使います。
中世に合わせたつもりで2時間を1刻と表記しました。しかし、それは昔の日本。中国で1刻は15分のことだと知りました。分かりづらいので、現在の日本式にします。




