うんPロードを進め
自由の身となったことよりも、星に会えた嬉しさが勝る。
星、めっちゃかっこよかったよ。無意識でやっつけちゃうって、強すぎ。天然。
地上に、麗様がいた。
「ごめんなさい。キモくて我慢できなくて、逃げてきちゃった」
「ちょうどよかったです」
「?」
「今日、第3側室と第4側室が後宮の芍薬品評会に出席されています」
麗様は、後宮への行き帰り、招待されている第3側室ピンク芍薬の馬車に乗せてもらうことになった。
だったら馬車で宮廷から出られる!
第3側室ピンク芍薬と第4側室紫陽花、その侍女御一行。だけじゃなく、たくさんの芍薬の鉢も一緒。
私が逃げたことが分かれば、出入りのチェックが厳しくなる。できれば皇帝が牢の中にいるうちに宮廷から出たい。
「まず、馬車まで行きましょう」
「わん」
「星、しーっ」
星はまだ興奮状態。嬉しさに私に体を擦り付けて来る。踏ん張っていないと倒れそう。自分が大きく成長していることを星はぜんぜん分かっていない。
「馬車は北の門です」
「え、ムリじゃん」
北の門は正門の間反対。いまいる場所は正門近く。北の門へ行くには、後宮をつっきらなければならない。不可能。後宮は、基本、皇帝と宦官しか出入りできない。
「とっておきの道があります」
麗様は人差し指をぴんと立てた。
「どんな?」
「うんPロード」
「……」
宮廷は広い。そして大勢の人が働き、生活している。当然、大小便の量も膨大。ぜんぜん考えたことなかったわ。
大小便は大きな壺に貯められ、様々な場所から宮廷の1箇所に集められ、回収業者に渡される。集められるとき、高貴な人々の目に触れたり、臭いで不快な思いをさせないよう、特別なルートがあるのだった。知らなかった。
「その道は、下働きの者も通るので、普通に歩いていけば大丈夫です。なにせ大勢の者が働いていますし、メンバーは入れ替わるので、顔バレもありません」
「じゃ、そこ行こう。うんPロード」
人目を避け、こそこそとうんPロードへ向かう。うんPロードへの扉の取手には、何やら茶色くガビガビの物が付着している。正体を想像しないようにした。
道はすかーんとストレート。
正面から何かを積んだ荷車が来る。隅に寄って道を空ける。星は自ら草むらの中に隠れた。すっごい臭い。大きな壺を数個積んでいた。は、鼻が。
通り過ぎると、普通に歩いていく。堂々とした方がいいとのこと。
今度は後ろから荷車が来た。道を譲る。すれ違う時に臭ったくらい。空の壺なのかな。
こーゆーお仕事あっての豪華絢爛な宮廷なのね。
「この道から後宮に入るの?」
「後宮には入りません」
「え?」
「馬車のところへ行きます。馬車は後宮に入れないので」
「御者が男の人だから?」
「なんでしょうね。妃が逃げ出さないようにというのもあるかもしれません。うんPロードからも、後宮だけは簡単に入れないんですよ」
麗様の何気ない言葉にぞくっとする。自分が行くかもしれない後宮は、東宮殿とは違う。血脈を守るための檻。
あの、皇帝の異様さは、歪んだ環境で培われた賜物だろう。そう思いたい。世の中の男の人がみんなあんなだったら、絶望。違うよね。だって、見張りの兵士3人は止めようとしてくれた。
あんなに素敵な皇太后様の息子で、恐らくまともな東宮とNo.15の父親なのに。
「ここから出られるのかな」
「取り敢えず、出ましょう。珊瑚様、大暴れしたじゃありませんか。捕まったら終わりですよ」
「そーだった」
皇帝に怪我させて、牢屋に閉じ込めたんだった。あっちが悪いは通用しない絶対権力者。
うんPロードだけあって、到着地点は護衛達のトイレ裏。なかなかのディープ。
幌がついた荷馬車に乗り込んだ。芍薬の鉢を運んできたもの。御者達は休憩所にいるらしく、馬車は空だった。
「どうしましょうか。東宮殿には帰れません」
「ごめんなさい。逃げるの、早すぎたんだよね」
「星輝からの返事が来ないんです」
「……」
「珊瑚様が逃げたとなれば、探す場所は、東宮殿とご実家です。東宮殿に着く前に、馬車から降りましょう」
「はぃ」
麗様のことの方が心配。私が捕まったら、間違いなく、麗様も罰せられる。こんな仕事を引き受けたばかりに。
「んー。私はなんとかなります。まず、珊瑚様を見捨てても、自分は捕まりません。逃げる自信があります」
「安心。」
「都を離れればいいだけ。この辺りでは顔バレしてますが、他の場所なら大丈夫」
「私も麗みたいになりたいなー」
思わず本音がぽろり。カッコよ過ぎなんだもん。
「それってどんな?」
「一人でもなんとかなるって」
「もともと路上で生活してたんで」
「そっか」
「珊瑚様には難しいかと」
「私、周りに誰かいないとなんにもできないよ。情けない」
「貴族のお姫様ですから」
「それほど高位でもないし、側室の娘だよ」
「十分、上級国民です」
「東宮に嫁いじゃったもんね……」
「14歳なのに、謀反の罪を言い渡されるほどの大物です。上級国民ならばこそ」
「だったら不起訴処分にしてほしいわ」
そんな話をしていると、荷馬車の御者が現れた。麗様が驚く御者を制し、説明してくれた。麗様は、第3側室ピンク芍薬と第4側室紫陽花を連れてきてくれた。
「お久しぶりです。お変わりありませんか?」
「珊瑚!」
「かわいそうに」
「そうですわ、これ」
「持っていきなさい」
ピンク芍薬は銀子を袋ごと渡して来る。紫陽花は両手にはめていた5つの指輪を外し、私の手に握らせる。
「そんな、受け取れません」
「ふふふふ。次に会ったとき、利子付きで返してください。トイチでかまいませんわ」
「じゃ、東宮の子供が生まれたら、私の一族の出世をよろしくね」
「珊瑚様、お願いですから受け取ってください。この先、金が要ります」
麗様に言われ、「ありがとうございます。ご恩は決してわすれません」と受け取った。2人とも私が帰って来る前提で送り出してくれる。本当にステキな女性。
「ふふふふ。星ではありませんか」
「よかったわね。ご主人に会えて」
「杏が死ぬほど心配していますよ」
「絶対に帰って来るのよ! 珊瑚」
2人は東宮殿の馬車に乗り込んだ。
泣きそうになる。
そんなセンチメンタルは束の間。即、寝転んだ私の体の周りに芍薬の鉢が並べられていく。一際目を引く大輪の美しい芍薬があった。鉢には「皇后賞」と書かれた、赤地に金の縁取りの紙があった。
頭からムシロを被せられながら聞く。
「星輝の定宿近くで降ろしてもらいましょう」
星輝に会える! ムシロの下で顔が綻んだ。
定宿があるんだね。
会ったら、花火のお礼を言おう。
門を出るときは、護衛に荷台をちらりと覗かれただけ。
脱出成功。
ムシロの中から起き上がる。ふぅ。
「ね、ね、麗。東宮が独断で、武器や援軍を送ったことについてはお咎めなしなの?」
「そーなんですよね。兵士のおじさん達は、皇帝が軍部に忖度してるって話してました。兵糧は内閣やらなんやらを通すらしいのですが、援軍は軍部に決定権があるから大丈夫みたいです。で、その辺りの絡みから武器なんかについては触れられてないと」
「なんか難そ。東宮殿にいっぱい兵士がいることに関しては大丈夫なのかな」
「それ、不気味ですよね。頃合いを見計らってるのかもしれません。一応、まだ武器は、皇太后様の船に隠してあるみたいですよ」




