実は武闘派ですの②
「第15皇子は、まだ都に入れないでいます」
と麗様が教えてくれた。
「疫病だったの? 見張りの人達が第15皇子を都に入れないようにするための口実だって言ってたけど」
「口実です。軍の他の者達は帰ってきました」
「どーして」
「大勢を長く滞在させると費用が嵩みますから。皇子だけ残したのでしょう」
「皇子を都に入らせないようにしてるのって、皇帝?」
「のようです。皇帝は東宮を疎んでいて、東宮の腹心である第15皇子も嫌なのでしょうね。理由は分かりませんが」
皇帝は東宮を廃し末子継承にして、権力を維持しようとしている。そのことを麗様は知らない。
「皇帝、怪我してるかも」
「え?」
私は、麗様に、皇帝を2度撃退した話を披露した。
「私、強くなってるかな」
「一刻も早く逃げた方がいいですね。準備を急ぎます」
「ありがとう、麗。気をつけてね」
星輝と逃げる。一度目は私がそれを選ばなかった。ときどき思う。東宮が視察先で誘拐されたとき……。
もし星輝と逃げていたら。
もし、そのとき私を好きになってくれたらって。
庶民は好きな人と結婚するのが普通。でもって一夫一婦が一般的。だったら「自分だけを想ってくれる人と、たった1つの恋を貫く」という夢が叶っていたかもしれない。
なんて。
私が想像するのは、相思相愛の人と逃げて一緒にどこかで暮らすこと。けれど、そんなことは起こりはしない。
星輝は仕事として請け負ったから私を逃すだけ。逃して終了。また新たな仕事に飛び回る。その後、最悪私は、星輝に会えない。
ーーーオレ、気が狂うーーー
あの言葉だけで、ここまで囚われてしまうなんて。
アオーン アオーーン アオーーン
! 星の声。
アオーン アオーーン アオーーン
寂しくてたまらない悲痛な遠吠え。
星、ここにいるよ。会いたいね。自分も遠吠えで答えたくなる。
もしここから逃げたら、もう、星に会えなくなっちゃうのかな。
想像しただけで涙が出てきた。星。
後から後から涙が湧いてくる。
ねぇ、星。ここは嫌だよ。
ねぇ、星。助けてよ。
投獄されてから、初めて流した涙だった。
懲りもせず、また皇帝が訪れた。
今度は屈強な2人の男を従えていた。
皇帝の顔の中央には白い布が貼られている。私が手枷の鎖をぶつけたときの怪我だと思う。
「珊瑚と話をしたい。出なさい」
皇帝は、まず見張りの3人を外に出した。
屈強な男が牢の鍵を受け取り、鍵穴にそれを差し込む。
きぃぃと蝶番が音を立て、格子の扉が開いた。
「抑えろ」
命じられた男が1人、身をかがめて入って来る。今ヤラなければ2人に増える。
ガツッ
私は、扉を潜る男の後頭部に、鎖付きの手枷を振り下ろした。
「う”っ」
繰り返し。
ガツッ ガツッ ガツッ
男の後頭部から血。どうしよう、死んじゃう。怯んで動きを止めたとき、男が倒れた。入り口を塞ぐようにうつ伏せになって。もう1人の男が、倒れた男の両足を持って引き摺り出す。
「何をしておるのだ。こんな小娘に。早くせいっ」
皇帝の言葉に、「はっ」と答え、2人目が入って来る。同じ手は使えない。屈強の男は股間の位置が分かる服装だった。その一点を目掛け、蹴り上げた。
「っ」
足枷と鎖の重さに足首が悲鳴を上げる。
効果は絶大。男は口を開いたまま、無言で辛そうに蹲る。
皇帝は、「使えない」と文句を言い、外で待機する見張りを呼びに行った。
「あの女子が暴れて困る。取り押さえなさい」
「「「はっ」」」
見張りの3人は、倒れている男と蹲っている男を不思議そうに眺める。そして、首を傾げながら、牢の中に入ってきた。
「珊瑚様、失礼します」
「「失礼します」」
「こんなあばずれに、様などつけなくとも良いわっ」
皇帝は毒付くと、両腕を見張りに抱えられて身動きが取れない私を、舐めるように見た。
「ほう。まだまだだな」
皇帝は、閉じた扇子の先で、私の平らな胸を突く。キモッ。
しゅるっ
服の胸元の紐が解かれる。キモいキモいキモい。
「……こ、皇帝、お気を確かに」
私の左腕を捉えている兵士が、声を震わせながら、言葉を発する。紐が解かれても服を抑えてくれる。そうしてもらえなければ、布が落ちて脚が露わになってしまっただろう。
右腕を捉えている兵士も布を抑えながら言った。
「珊瑚様は、東宮の側室であらせられます」
「ふん。それがどうした。この国の民は余のもの。この国の女子は全て余のものだ」
皇帝は、閉じた扇子で私の耳の下から顎を辿り、鎖骨の下に滑らせ、服の襟元を扇子の先で広げていく。精緻な竹細工の扇子で私の肌に赤い痕ができる。
「おやめください、皇帝」
見張りが止めようとする。
「こやつはな、余の鼻の骨を折ったのだぞ。可愛い顔をしおって。鬼のような女子だ。東宮は甘やかし過ぎだ。全く手を出していないという話ではないか。くだらない。さっさとすればいいものを」
「まだ子供ではありませんかっ」
「14は子供ではない。この女子が幼いだけだ。まるで棒のようだ」
「東宮は皇帝のご子息。珊瑚様は、その東宮の……」
その言葉に被せるように皇帝は苛立たしげに言い放つ。
「まだ言うかっ。お前の首を刎ねるぞ! いや、お前の家族の首だな」
「……」
「この女子は、あのクソ真面目で堅物な東宮を唆したのだ。昼夜を問わず話し合っていたときすら、東宮は東宮殿に帰るたび、この女子のところへ行ったと言うではないか」
皇帝の手が私の頬を撫でる。四角い白い布の両側に好色そうな目が笑う。
「女子はな、抱いてやれば可愛くなるのだ。宝石や身内のポストで更に脚を開いて尽くす。東宮は、そこを分かっておらん。女盛りの妻らを放置して。はっはっは。案の定、独寝の寂しさに、余に迫ってきおったわ」
ええーっ。誰誰誰。
ちょっ、やめて。皇帝が服の上から私の左胸を撫で始めた。触るな!!! 笑った目のまま、私の顔を覗き込んでくる。
「ん? どうだ? ここだろ? 感じぬか?」
悔しさに唇を噛み締め、目をぎゅっと瞑った。
今度は布越しに胸を掴もうとする。ないから掴めてないんだけど。キモ過ぎる。
「ほお、触られたこともないのか。余が教え、育ててやろう。楽しいぞ」
やっと止んだと思って目を開けると、眼を細めた皇帝の顔。
「珊瑚、お前も余のものになれ」
皇帝は私の前にしゃがんだ。
「少しは生えたのか? 愛でてやろう」
と私の下腹部に語りかけ、脱げかけの布に手をかける。
もう、ムリ!
ごちん
膝蹴りをしようとしたとき、皇帝の顔の方から私の膝に突っ込んできた。同時に私に大きな毛の塊が飛びつく。
「珊瑚様?!」
「「皇帝?!」
勢いで床に仰向けになった私は、「ぎゃっ」という皇帝の叫び声を聞いた。
「わん」
私の上に、星がいる。めちゃくちゃ笑顔。
皇帝がよろけたのは、星が私に飛びつくジャンプ台にしたからだった。
なんとか半身を起こした私は、星にじゃれつかれながら服を直す。星は大はしゃぎ。尻尾をふりふり歓喜の表現。けれど、狼が私を襲っていると思った見張りの兵士達は、あたふたと衝立などで星を追い払おうとする。
皇帝は腰を抜かして尻餅状態。顔に当てがわれていた白い布は真っ赤に染まっている。
「わおーん」
麗様のわざとらしい声がした。逃げる打ち合わせはまだ。でも、もう限界。
私は床に落ちていた鍵束を拾い手枷足枷を外した。それから、皇帝と見張りの兵士3人を牢に入れたまま、施錠。
見張りの兵士3人に告げる。
「お世話になりました。閉じ込めて、ごめんなさい」
逃げた。




