実は武闘派ですの①
目覚めると土の床。私は、丸くなって眠っていて、牢の前に転がっていた皇帝の姿はなかった。
「目が覚めましたか?」
「……はぃ」
見張りの兵士達の声は優しかった。
「珊瑚様、何があったのです?」
「ぃぇ。……」
「鍵を」
手を差し出され、自分が鍵の束を握ったままだったことに気づく。おずおずとそれを、格子の間から渡した。
「寒いでしょう。どうぞ」
「ありがとうございます」
真新しい暖かい毛布が差し入れられた。地下だからか、空気がひんやりしている、まだ朝晩は寒い。
季節は梨の花が散って、芍薬が盛り。この後、紫陽花の季節が始まる。
星、寂しがってるだろーな。一日中一緒だったもんね。朝昼武術の稽古を見学して、庭で遊んで、夜は私の布団の上で寝ていた。
「ご両親が宮廷の門の前で座り込んでおられます」
見張りの兵士達は様々な情報をくれた。
「珊瑚様の父君が、薬を船に積んだのは自分だと訴えて」
「周りに見物人が集まって、広場がちょっとした騒ぎですよ」
「東宮は宮廷のどこかに軟禁されておられるのですが、場所までは分かりません」
朝食は、お盆2つに様々な品。どれも美しい器に入っていた。昨晩は、欠けた器に薄い粥だけだったのに。
食べていると、隣の牢に様々なものが運び込まれ、食後、そちらの牢に移された。
高価な敷物、椅子、ベッド、布団、衝立、着替え。トイレのときは牢を出て、地上の使用人用を使えることになった。普通は、狭い牢の中、仕切りもない場所におまるがあるだけ。更に、湯浴みまでできる厚待遇。
誰からも好かれるという呪いのせいかもしれない。
皇帝が私を見たから。
気絶させたんだけどな。
「珊瑚様が投獄されたのは、政治的なことがあるのでしょう」
「きっと皇帝も、たった14歳の珊瑚様をこんな目に合わせるのが不本意なのだと思います」
「我々は、なるべく珊瑚様が不自由なく過ごせるようにと仰せつかりました」
変なの。だったら、こんなとこに入れないでよね。
東宮が軟禁で私が地下牢って、なんなの。
トイレや浴室への行き来もあり、見張りの兵士達と話す機会は多かった。
「珊瑚様のご両親は、座り込みを断念されました。兵士達に剣で脅されて。周りにいた人も」
「そんな」
様々な情報が入る。
「戦から引き上げてきた者達は、疫病の恐れがあると言われ、都に入れないでいます」
「変だよな。船で帰ってきた怪我人は、そのまま受け入れてるんだから」
「確かに」
「第15皇子を足止めする口実だろ」
No.15が帰ってきた!
星輝は? 船だから、そのまま都に入ったの? 都に星輝がいるかもしれない。
日の当たらない牢にいると時間の経過が分からない。トイレのとき、日光を浴びると気力が回復する。
たっぷりある時間で、拳術の稽古をした。豪華な食事だけでは太ってしまうし、じっとしていると体がおかしくなりそうだった。兵士達はプロ。アドバイスをくれた。
「東宮からの差し入れです」
「渋いですね」
渡されたのは書物3冊。軍記物。
夫から妻への差し入れとしては、妙。
きっと、文があるのだろうと思った。ぱらぱらとページを捲り、紙が挟まっていないか逆さにしたりしていると、言われた。
「検閲済みです」
あらら。
本当に、ただの差し入れだった。有り難く読もう。
私は、暴れるという理由で手枷足枷がつけられた。
「不本意ですが、皇帝の命なのです」
「拳術の稽古のことが耳に入ったようです」
「すみません。珊瑚様」
ぼーっと過ごしている間にも状況は変わる。
麗様が来た。
「麗! 見張りは?」
「のびてます」
牢の格子に手をやると、ジャラリと手枷の鎖が音を立てる。
「どうやって入ったの?」
「私のファンが荷物と一緒に宮廷に入れてくれました。別のファンが部屋に匿ってくれました」
「さすが」
刹那落としの麗様。そこら中にファンがいそう。
「宮廷の下女の話では、珊瑚様は風呂にも入れる異例の待遇ということだったのですが。そうでもないみたいですね」
麗様は私の手枷足枷に視線をやった。
「ああこれ? 拳術の稽古してたのがダメだったみたい。
「なるほど」
「なんか変わったことある?」
「東宮は東宮殿に戻られました。それと。星の遠吠えがうるさくて、苦情が来ています」
あらら。寂しいんだね、星。
「来てくれてありがとう、麗」
「東宮に言われて来ました。『お前ならできるだろう』と」
「できたね♪」
「できましたが。宮廷に入るのが難しいので。一旦出て東宮に報告した後は、また来られるかどうか分かりません」
「そっか」
「堀と塀が。あれは猫の子1匹入れませんよ」
「麗は入っちゃったけどね」
「東宮は、自分の命に変えても珊瑚様を助けると。だから、待っていてください。この投獄は不当です。周りの誰もがそれを分かっています」
麗様が去った後、しばらくすると、見張りの3人が意識を取り戻した。薬を嗅がされて気絶したらしい。
別の日、皇帝が来た。
嫌な予感しかしない。
前回同様、人払いをした。
「珊瑚。こんなところでも、綺麗な肌だ。若いとは素晴らしい」
皇帝は、鍵を開けて牢の中に入ってきた。
後退りするとき、足枷が足首に食い込む。
麗様から教わった反則技がある。殿方の大切なところを蹴る。それをすれば、特大ダメージを与えられるはず。
皇帝の服は腰にベルトはあるものの、ワンピース型。お腹が出っぱっていて、足の付け根の場所が推測できない。
近づいてきた皇帝に膝蹴りをした。つもりだったけど、下腹を掠っただけ。ここもお腹なの?!
「はっはっは。悪い女子だ。ん? ん? どうだ、動けまい」
皇帝の顔が鼻先に近づいてくるとき、
ガツッ
思いっきり、手枷の鎖をその顔に打ちつけた。
「うっ」
皇帝が顔を押さえている。ガラ空きの腹に手枷ごと両手を力一杯突き出す。
げふっ
皇帝が床に膝をつく。気持ち悪い。嫌ぁぁぁ。
私は牢の隅へ身を寄せた。
皇帝が格子に手をついて立ち上がる。顔を抑える指のすき間から血。それは蝋燭の灯りでぬらぬらと光っていた。
皇帝は這うように牢を出、呻きながらよたよたと歩いて行く。
私は急いで床に落ちていた鍵の束を拾い、牢に鍵をかけた。
遠くで「どうなさいましたか!」と騒ぐ声が聞こえる。
それが収まると、見張りの3人が戻ってきた。私は鍵を渡した。
足首が痛い。見たら、両足首周りが赤くなって、ところどころ皮が剥けていた。
麗様が前に言っていた「強くならないと狙われるので、強くなりました」って、こーゆーことかって思った。
麗様が来た。
見張りの兵士がいるのに、堂々と入ってきた。銀子でも渡したのだろうか。
「麗、どーしたの? 賄賂?」
「すぐ帰るから入れてってお願いしました。『断ったら力ずくだよ』って脅して」
「かっこいい♡」
「不毛な争いは向こうも嫌でしょうから」
「そっか」
「私が珊瑚様をここから出して、あとは星輝が逃すってことになりました」
「星輝。元気なの?」
「元気ですよ」
「私、ずっと会ってないよ」
会いたいな。
「あの〜。星が、家出しました」
「え」
「前回、私がここへ来た日、帰ったら、めちゃくちゃ匂いを嗅がれたんです。たぶん、珊瑚様に会ったことが分かったんでしょう。その後、いなくなりました」
「えー。ごはん、どうしてるんだろ、あの子」
「近くまで来ているかもしれません。ここの厨房で働いている者が、『豚の餌として買い取ってもらう残飯が、犬に荒らされる』と話していたので」
「星かも。大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。どこから見ても立派な狼です。誰だって逃げます」
「そだね」




