地下牢
満天の星。この空が、戦場にも繋がっている。
星輝とNo.15は大丈夫だろうか。怪我は? 病気は? 命は?
東宮殿から出ることもできない自分が歯痒い。もし男だったら、一緒に戦って助けられたかもしれない。
2人の友情は羨ましくて、尊い。
ときどき私のところへ、友達が訪ねてきてくれる。街のきらきらした話を聞くのが楽しい。とりあえず、麗様を呼ぶ。みんな喜ぶから。
おしゃべりは弾む。
けれど、私が東宮のことを好きじゃないとか、心の中で「おっさん」呼ばわりしてるなんて、とても言えない。でもね、本当はそれが、1番話したいことなんだよ。
友達の結婚相手をみんなでこっそり見に行ったとか、お祭りで出会った人と文を交わし続けてるとか、淑女教育の師がヒステリックで最悪だとか。そこに、私もいたかったな。
私のこと、「すごいよね」「羨ましい」って言ってくれるけれど、ここは、ぜんぜん、楽しい場所じゃないよ。なのに、楽しくないって言えない。
東宮殿から後宮へ行って年月が経ったら、私、心を許せる友達、いなくなっちゃうのかな。
今だっていないじゃん。東宮との夜伽が嫌って、誰にも言えない。
……。
言ってないけど、分かってくれてる人ならいる。星輝とNo.15。
2人とも、無事でいて。
東宮は、東宮殿にほとんど帰らず、宮廷内の軍部に詰めていた。
帰っても、湯浴みや着替えだけで、即、仕事に戻っていく。
「珊瑚。東の国の軍が引き上げた」
「よかった! 勝ったのですね」
「勝ったわけではない。嵐で東の国の船がいくつも壊れ、気づくと、嵐の後、帰って行ったそうだ」
「被害は」
No.15の無事を確かめたかった。でも、万が一を考えると、すっぱりと聞けない。そんな私に、東宮は優しく告げる。
「異母弟なら無事だ」
「よかったです」
「周りの者が船で帰るように行っても、船には怪我人を乗せろと聞かないそうだ。陸路で帰ってくる」
「怪我をしていないのですね」
よかった。
「ああ。星輝は船で帰ってくるが」
「怪我を?」
「いや。東の国の武器を拾って帰ってくる。刀の切れ味が凄いらしい」
死の商人。
血の臭い。転がる死体。星輝が戦場の痕で血の着いた刀を拾い集める姿を想像し、ぞっとした。
No.15だって人間を殺す。土煙。蹄の音。槍で人を刺す感触を想像する。浴びる返り血。どくん、と心臓が嫌な音を立てた。
「疫病は大丈夫ですか?」
「村に医師団を送った。戦が終わって、やっと送ることができる。帰ってくる兵士達は、都に入る前に健康状態をチェックする。では、もう行くよ。戦の復興についての話し合いを聞かねば」
「東宮は聞くだけなのですか?」
「意見を求められれば話すが、皇帝でもなく、官僚でもない私に発言権はない」
「お仕事頑張ってください」
「っ。……。行ってくる」
早朝から深夜、ときには泊まり込みで会議に参加する東宮を尊敬する。
皇帝が湯治場から都に帰ってきた。お気に入りの妃を同行させていたことに皆は眉を顰めた。東の国からの軍が攻めてきた一大事だったから。
庇う気はないけれど、皇帝が出かけたのは、東の国から攻めてきたのが、まだ軍ではなく海賊だと思われていたときだった。
No.15に戦に行けと命じ、自分は湯治場へ行った。
でも、戦いが続く中、湯治場へは戦の情報が届いていただろうし。都に戻らない選択をしたのは皇帝。
取り沙汰されたのは、皇帝の言葉を仰がず、東宮が兵糧を送ったことだった。
皇帝が都に帰らなかったのは、東宮に尻尾を出させる罠だったとも考えられる。
「ふざけんな! 姫さん。どーして東宮が捕らえられるんだ」
兵士達は憤る。
東宮は皇帝のいる宮廷内に拘束された。
正室が、側室一同を集め、ことの次第を説明した。淡々と。
側室達は静かなまま。どこか他の国で起きた話を聞いているようだった。
私も含め、妻達にとって、東宮は家族ではないのだと感じた。
「おやめください!」
「何かの間違いでございます」
「とんでもありません」
「お待ちくださいっ」
部屋の外が騒がしい。侍女達が口々に叫んでいる。
物々しい雰囲気に、皆で扉の方を見ていると、役人が大勢入ってきた。
先頭の役人が跪き、正室に宣言した。
「皇帝の御命令です。第5側室珊瑚様を謀反の罪で連行します」
見知らぬ兵士が私の両脇を抱える。え? なんで?
「珊瑚!」
「無礼者」
第3側室ピンク芍薬と第4側室紫陽花が叫んでいる。
……なんか……よく分かんないけど……捕まっちゃた。
投獄された。
通常、悪いことをした罪人達は、都の外れにある役所施設の牢に入れられる。けれど私は、宮廷内の地下牢だった。
穴を掘りましたって感じの岩や土が剥き出しの空間。見張りが詰める場所すら平らじゃなく、机やイスが傾いて、ごとごと音を立てている。
私がいるスペースは、割と広い。土の床にむしろが1枚。
見張りは3人。1人がマーラーカオ(蒸しパン)を差し出した。
「お腹空くだろうから。食べてください」
「ありがとうございます。いただきます」
他の見張り2人も牢の格子のところへ来た。
「可哀想に」
「まだ子供じゃないか」
「こんな子供を。なあ」
「私はなぜ、捕らえられたのでしょうか?」
見当がつかない。
「謀反です」
WHY?
「東宮が疑いをかけられた。けれど調べていたら、誰かに唆されたと分かったらしいのです。それが」
見張りの兵士は私に向かって掌を上に向けた。
東宮は独断により、政府の手続きをすっ飛ばし、船で兵糧を運んだ。これが皇帝に背く行為と見なされた。船には多くの薬も積まれていた。薬といえば、私の実家。私が企てたと見なされた。
アホくさ。
多分、理由なんてどうでもいいんだ。
皇帝は、東宮が邪魔。けれど、簡単には潰せない。だから、東宮の周りを削っている。恐らく、作戦としてはこの上なく効果的。
「安心してください。誰もそんなこと信じていません」
「我々は、昼夜を問わず軍部や内閣にいた東宮を見ています。東の国との戦を鎮めようとなさっていた。前線に兵糧と援軍を送る決断をなさったことに、皆が喜びました」
「薬があっただけで、どうして。東宮殿から出ることもできない側室を捉えるのか」
「おいっ。誰か来る」
「珊瑚様、早く食べてください」
私は急いでマーラーカオを頬張った。
「「「皇帝にご挨拶を申し上げます」」」
皇帝?
「ご苦労。しばらく出ていなさい。2人で話をしたい。鍵はそのままでいい」
「「「はっ」」」
3人の足音が遠ざかり、1人の足音が近づいてくる。
私はひれ伏した。皇帝の靴先だけが見える。
「顔を上げよ。余はまだ、其方の顔を見たことがないのだ」
ゆっくりと顔を上げると、下卑た視線があった。
皇帝はしゃがみ込み、蝋燭を持ってきて私の顔を確認する。
「なるほど。美しい。その顔で泣けば、兵士3人くらい、たぶらかせるだろうな。だが、余は騙されん。美しい女子など見飽きるほど見てきた。女子が美しいのは当たり前。男をどれだけ喜ばせるかが魅力というもの」
皇帝は、鍵が数個ぶら下がる輪を手に取り、蝋燭の灯りで鍵の番号を確認する。そして。
ガチャガチャ
狭い牢に入ってきた。
「もうあれから成長したのか? 余は膨らみかけの乳というものを見たことがなくてな」
びしっ
私は皇帝の後ろに回り込み、首筋後ろに手刀を振り下ろした。
ばたん
皇帝が床に転がる。
気絶した皇帝を牢の外に引き摺り出した。それから、自分は牢の中に入り、鍵をかけた。
牢の壁際で鍵を持ったまま、ぎゅっと目を閉じる。
これで、安全。




