スカートの中に隠せ
「本日は、お疲れ様でした」
東宮が私の部屋を訪れたのは、星が瞬く夜だった。
人払いをし、寝室に入った。メインルームでは侍女達に話が聞かれてしまうから。事情があれば、寝室で2人きりも怖くない。
「無事ならいいのだが」
「そうですね」
「珊瑚の父君から、薬の差し入れがあった。感謝していると伝えてくれ」
「父が」
「情報通の外聞屋ゆえ、すぐに私が船を出すことを耳に入れたのだろう。国のためだからと寄付してくださったのだ」
「それは当然です」
「苦戦を強いられている。武器や火薬も船に乗せた。皇帝から、罰を受けるかもしれない」
「どうしてですか?」
「許可を得ず、勝手にした。しかも、武器や火薬。出所を調べられたらOUT」
「それは、東宮殿が調べられるということですか?」
「最悪は。まだ、どうなるかは分からない」
「先手を打った方がよろしいのでは。今なら、皇帝は湯治場にいらっしゃいます」
「そうだな。しかし、隠す場所が」
「そうですね。誰かに弱みを握られることになってしまいますね」
「浅はかだったか。助けたい一心で」
「私の部屋も使ってください」
「侍女達からバレる」
「東宮殿の地下牢などはいかがでしょう」
「真っ先に調べられる」
遊んでもらえない星が、気を引こうとして私の裾の長い服の中に入ってくる。もそもそとくすぐったい。
「もう、星。やだ」
「はははは」
「星みたいに、服の中に隠せたらいいですね」
「ははは。ホントだ」
「東宮様の船の中に隠すのは」
「船は兵糧を運んでいる最中」
「塩の倉庫は?」
「その手があったか」
「大きさは足りますか?」
「なんとかなるだろう」
「中身の塩はどうされるのですか?」
「塩の倉庫は3つ。大丈夫だ。一旦塩の入荷を遅らせよう」
「塩田は沿岸部。東の国との戦の影響は受けていませんか?」
「塩田があるところより、戦場はずっと南だ」
「そうですか」
やっと星は服の中から出てきた。
「では、明日、倉庫のスペースを開けよう。東宮殿の武器庫を空にすると不自然だから、残しておく分を選定する」
「あ、東宮」
「なんだ」
「東宮殿の荷車には番号がついていると聞きました」
「そうだ。便利だぞ」
「番号が見えると、東宮殿の荷車と分かってしまいます。隠してください」
「そうか。分かった」
「わん」
「分かったぞ。星」
星にも返事をした東宮は、すぐに帰った。
ぼんやりしていた。迂闊。
もう、兵士達と一緒に武術の鍛錬をするようになって1年以上というのに、私はまったく気づかなかった。
「いい香りですね」
新茶の季節。
香は、むさ苦しい兵士達が集っている場に漂っていた。汗の臭いも吹き飛ばすカテキンの素晴らしさ。
「いつも感謝しています。第1側室の度様からの差し入れです」
「そうなのですね」
第1側室といえば、梨の木にチャドクガを仕込んだ人。第1印象が強烈過ぎて、怖い。
第1側室度様の庭には山茶花がある。秋の終わりから冬にかけて、垣根には赤い花がびっしり咲いていた。
アイライン濃いめ、黒と赤のファッションが多い。山茶花チック。アーモンド型の瞳は目力強め。人形のように完成された造形の顔立ち。百花繚乱の華やかな妻や侍女達の中で、口数少なく、気配を消そうとしているかのよう。雰囲気的に、才女なのだろうなと思いながら、近寄っていない。
「嫁が、いつも美味しいお茶が飲めるって喜んでます」
「オレんとこも、じじ様がここの茶がいいって言う」
「新茶は格別だろーな」
「んだんだ」
「まあ、みなさんの分までお茶の葉を用意してくだるのですね」
「自由に持ち帰っていいんだ」
兵士達が「優しいよな」「ありがたいよな」「新茶まですごいよな」と第1側室を褒め称える。
ちょっと待った。300人と見せかけて、ここに出入りする兵士の数は3000人ほど。3000人もの家族分のお茶の葉を支給してるわけ?! 配るお茶の葉の量で、300人じゃないってバレてるよ。
武術の稽古のとき、麗様に「たぶんバレてるよね?」と聞いてみた。
「近所や親戚に配ってるとか、売ってるとか思っていらっしゃるかも」
「売る?」
「小遣い稼ぎに。珊瑚様には想像できませんよね。世の中には、そーゆー輩が大勢いるのです」
へー。
私も兵士達と一緒に、お茶の葉の袋が置いてある場所へ行ってみた。それは正門近く。
「いい匂い」
星もくんくんしている。
「ああ、えー匂いだ。隣の倉庫からも、この季節はえー匂いがする」
隣の倉庫? 話している場所は、正門を入ってすぐの広場。周りに倉庫なんてない。
「どこの倉庫ですか?」
「港近くの。オレが塩運んでる隣は、第1側室の実家の倉庫なんっすよ。茶ぁの香りがしてます」
「あ”ー」
塩の倉庫もダメじゃん。武器運んでたら、第1側室のご実家にバレちゃう。
いきなり、周りの兵士達が頭を下げる。東宮が現れた。
「東宮、こちらにいらっしゃったのですね」
「ああ。武器庫のチェックをしていた」
隠す準備。報告しなきゃ。
「今分かったことなのですが……」
私は、捌けるお茶の葉の量から兵士の人数を把握されているかもしれないこと、そして、港近くの塩の倉庫の隣が第1側室の実家のお茶の倉庫であることを告げた。
「それはマズい」
「やはり」
「第1側室は父の推薦で嫁いできたのだ」
それって、つまりは皇帝側のスパイってこと。
「お茶の葉の件は今更どうにもできないな」
東宮は考え込んでしまった。
「ほーっほっほっほ。いい匂いですこと。新茶の季節ですわね」
「皇太后様!?」
神出鬼没。
皇太后様は輿に乗って現れた。
輿が地面に下ろされたとき、星は驚いて、杏の裾の長い服の中に隠れた。素早い。
「堅苦しいのはいいのよ。今日はちょっと寄っただけですから」
そういうわけにはまいりません。
「「皇太后様にご挨拶申し上げます」」
「「「ご挨拶申し上げます」」」
東宮と私は丁寧に礼をした。周りで兵士や侍女達も、近さにビビりながら礼。
「もう。いいと言っているのに。孫が戦場で苦しんでいると聞いて、ここへ来たのです」
「昨日、船で兵糧を送りました」
東宮が報告すると、皇太后様は胸を撫で下ろす。
「ああ、よかったわ。陸路では遅いから、私の船を使うよう、言おうと思ったのです」
ええーっ。あの豪華客船に兵糧を。内緒なんだろうけど、援軍も一緒なんだよね。不釣り合い。
「私の船で送りました」
と東宮が報告する。
「東の国の人間は化け物と聞いています。村を疫病地獄にしながら進んでいると。海賊ではなく化け物が軍となって押し寄せているらしいではありませんか。まだ何か送るのであれば、私の船を使いなさい。いつもの場所に係留してあります。船長や船員達には言ってありますから」
東宮は、杏の服の裾から頭だけを出す星を見てから、申し出た。
「では、船を使わせてください」
「使いなさい」
皇太后様は、本当にそれだけの用だったらしく、そのまま去った。
翌日、弓の稽古で聞いた。
「武器は皇太后様の船に運んだ。船の者には、救援物資は今のところ足りているから準備だけと言ってある」
「皇太后様の船に隠すなんて、思いもよりませんでした」
「珊瑚の服の中に隠れる星から思いついたのだ。手出しできない場所」
「……」
なんか、言い方が意味深で、嫌。おっさん。
「いくら皇帝とて、皇太后様の船の中は調べられない」




