No.15は戦に行った
読んでくださってありがとうございます。
前の章で「塩の部」は終わりです。
ここからは、開国についての話が始まります。
僻地に塩を売る者に与えられる塩の販売許可証は、塩チケットと呼ばれることになった。
新しい年が始まって、みんな一斉に歳を取り、それから随分と経った。東宮から「上訴が通った」と聞かされたとき、私は、塩のことなど忘れていた。
「それはどうなるのですか?」
「もうじき始まる。塩は国家予算にとって大きいが、賄賂で潤っているのは官僚ではなく、現場の役人、塩官達。官僚にとっては一見、それほど重要な案件ではなかったのだろう。今、過去のデータを基に、地域の選定をしているらしい」
一つ、心配だったことがある。
「塩チケットによって、東宮殿や塩田警備の人達が困ったり、こちらの軍の財政が圧迫されることはありませんか?」
みんなの生活が1番。
「大丈夫だ。今のところは。まだ、副作用が見えていないというのが本音だが」
「大丈夫ならヨカッタです」
「異母弟が、第15皇子が出兵する」
「え」
「皇帝の指名だ」
「酷い」
親なのに。
「私が異母弟を可愛がっていると知ってのこと。異母弟は放っておくと自分を脅かす存在に成りかねないと皇帝は分かっているのだ。私の力を削ぐことも目的だろう」
「そんな」
「派遣場所は……」
ごくりと唾を飲み込んだ。
南の国境なら地形と気候は厳しくても戦は小競り合い。
西の国境では短期間の戦を何度も繰り返している。西の国の宗教的な理由で戦う時間は決まっているし、捕虜となっても手厚い。
北の国境は、死体の山と血の川でできているという噂。
北以外!
「東の国からの海賊の制圧だ」
「えっ」
東の国の海賊は得体が知れない。勝利のためには自分の死も仲間の死も厭わない。疫病と共にやってきて、襲った村を完膚なきまでに叩き潰す。人の皮を被った化け物。
息子をそんな相手と戦わせようとする皇帝こそ、化け物。
「よ」
No.15はいつもと同じだった。庭の生垣からひょこっと顔を出した。
「わん」
「皇子」
違うのは、鎧を着ていたこと。その鎧には、まあまあ傷がついていて、戦経験の激しさを物語っていた。
「聞いた? オレ、戦行く」
「東の国の海賊と戦うの?」
「そ」
「化け物なんでしょ?」
「って言われてる」
「どーして。他の皇子は戦になんて行かないのに」
「それだけオレが有望株ってこと」
「今から病気になればいいじゃん」
「ならねーし」
「お腹痛いって言えば」
「誰かさんの初夜みたいに?」
ぴちっ
No.15の頬を指で弾いた。
「きゃ」
すかさずその指が捉えられる。No.15は握った私の人差し指を、
かぷ
噛んだ。
「誰かが行かなきゃ国が侵食されるかもしれない。だったらオレが行く」
「ばか」
「ひどっ」
「あほ」
「……」
「星も言って。ばかって」
「泣くな」
「だって」
「たぶん、向こうで星輝に会う。なんか伝言ある?」
星輝に。
「じゃ。花火ありがとうって」
「すっげー前の話じゃん。東宮の視察先でやったのだろ?」
「あははは」
それじゃないよ。きっと、花火って言えば通じる。
「よっしゃ。伝えとく」
「皇子も星輝も、なんでそんな危険なとこに」
「アイツは、そーゆー仕事なの。オレは、」
「将来有望だから?」
「そーゆーこと」
「絶対、帰ってきてね」
「おう。じゃな。じゃな、星」
星は庭の外の通路に立ち、いつまでも見送っていた。
その夜、星の哀しげな遠吠えがいつまでも聞こえた。
泣きじゃくる私の背中を、杏はずっと撫でてくれた。
噛まれた人差し指が心臓みたいにじんじんした。
次の朝、初めて弓の稽古と武術の稽古を休んだ。
体は元気だったけれど、瞼が腫れて人前に出られない。視界が悪い。
案の定、東宮は朝から私の部屋まで来た。
「顔が変なのです」
「酷いな」
「……」
その言葉の方が酷いと思う。
「昨日、第15皇子が戦に行くと話したからか?」
「東宮から話を聞いたときは、それほどダメージはなかったのですが。本人から直で聞かされたら、結構キました」
「来たのか?」
「はい」
「ここへ?」
「はい」
「本当に急な話で、昨日が出立の日だったのだぞ」
「鎧を着ておられました」
「……。仲が良いのだな」
「同じ歳なので」
「そうか。」
「……」
「心配するな。とっておきの腕効きを4人つけてある」
「……」
東宮から聞かされた兵士4人は、武術の鍛錬の上官。めちゃくちゃ強い。1対1では。
戦は手合わせとは違う。遠くから砲弾が飛び、銃弾が飛び、矢が飛ぶ。敵味方が入り乱れる。
「もっと私が力をつけて、異母弟を戦に行かせないようにする」
「……」
私は無言のまま頷いた。
最初に教えてくれたのは麗様だった。
「珊瑚様、東から上陸して来たのは、海賊じゃないようです」
「え」
「やっかいですよ」
「海賊じゃなかったら、何なの?」
「東の国の軍隊です。だから戦が長引いているようです」
東の国は海の向こう。我が帝国が鎖国をする前は、貿易をしていた。東の国のアウトローな連中が海賊になり、その横着ぶりに手を焼いた我が帝国は、とうとう貿易を断念。鎖国となった。
海賊は単発。大きな船であっても、それをやっつければ終わる。
軍となるとそうは行かない。向こうは組織的にやってくる。兵士、武器、兵糧。国力を使って攻めてくる。
「どうして。今までそんなことなかったのに」
「向こうの国の事情のようです」
東の国は、長らく乱世の時代だった。内乱多発状態で、いくつもある地域同士で戦っていた。それが終わった。No.1統治者が現れたのだ。
問題は、戦を生業としていた者たちの行き先だった。放っておくと、また戦を始めてしまう。統治者にとっては頭の痛い存在となった。
「それをこっちに押し付けたの?」
「もともと統治者の敵方だった者達のようです。要するに『邪魔だから、あっちで遊んできて』ってことですね。ついでに『帰ってこなくていいよ』ってのもオマケなんでしょう」
「万が一勝ったら儲けものってくらいの認識なんだね」
「捕虜がそう言ったそうです。こちらの言葉で話したというので、上の方の位の者でしょう。そういった事情は下々には伏せられ、一般兵は、長い航海で疲れ、半狂乱で戦っているみたいです」
「だから化け物なんて言われてるんだね」
「姫さん。マズいぞ」
兵士が話に加わってきた。
「どうかしたのですか?」
「その東の国との戦、兵糧を収める塩商がいない」
「あったりめーだ。そんなとこ、誰が行きたがる。普通の商人なのに」
「軍は兵糧を届けないのですか?」
「たぶん、軍が届けることになるんだろーが、オレ達が『いない』って話を聞いてる時点で、後手に回ってるってことだ」
「大丈夫かな。皇子もだし、他にも何人か行ってるよな」
「飢えてるんじゃないのか?」
馬が来た。
いつもなら、人は正門で下馬する。
そのままこちらまで駆けてくる。乗っていたのは東宮だった。
「兵糧を届けてくれ。頼む」
軍が兵糧を送ることに決まった。しかし、国庫の米を使うとなれば、見積もりを正確に記すところから始まり、内閣、経済部など様々な手続きが必要となる。それをすっとばして即決できる権限があるのは皇帝だけ。しかし、皇帝は湯治場へ旅行中。
東宮は、私軍で勝手に兵糧を送ることにした。船で。
軍は兵糧を陸路で運ぶ予定でいる。かかる日数が全く違ってくる。
東宮はすでに港で自分の船に兵糧を運び込ませている。ここへ来たのは、運ぶ者を募るためだった。その場で何人もが名乗りをあげ、馬で港へ行った。
早っ。




