時限的ロケット花火
「星、どうしたの?」
第4側室の侍女が、星が来ていることを教えてくれた。賢い星は、入り口から少し離れた場所で遠慮がちに待っていた。
「クーン」
「探してた? 寂しくなっちゃったの?」
一旦、自分の部屋の様子を見に行った。
星が逃げてくるはず。部屋には東宮のいびきが響き渡っていた。相当お疲れのご様子。
結局、第4側室紫陽花のところに、第3側室ピンク芍薬と泊まった。獣臭が申し訳ないと思ったけれど、星も一緒。
翌朝、弓の稽古に東宮が現れた。時間通り。
麗様は、東宮の姿を見ると、自室へ戻った。
「ほお。麗は、なかなか良い師なのだな。上手くなっている」
少しフォームを直され、矢を射る。
昨晩、一緒に過ごさなかった気まずさがあったけれど、それには触れられなかった。すみません。妻失格です。
その日も夕方、東宮が来た。
共に夕食。
「今夜は、ちゃんと帰るから。そう困った顔をするな」
顔に出てたみたい。
「いえ、そんな」
「今日は寝室に入らない。昨日は、疲れすぎて、珊瑚を補給したくて、どうしようもなかったのだ。怖がらせてすまなかった。これでは、あの男と同じだと反省した」
部屋には侍女達が控えている。注意深く言葉を選ぶ。
私が皇帝に狙われたこと、それを防ぐために東宮が矢を放ったことは秘密だから。
「それはないです」
あの皇帝と同じなんて。
東宮に助けられた日を思い出す。
「そうか?」
「はい。本当に感謝しております」
「私とて、結局は、同じかもしれないぞ?」
「絶対にそんなことはありません」
絶食系男子だから。
「ははは。少なくとも、私には、珊瑚を大切にしたいという気持ちがある。いつかタカが外れて感情が溢れ出し、暴走してしまうかもしれぬ。そんな私を押し留めているのは、珊瑚の心だ」
「私の心ですか?」
「珊瑚に嫌われることが何よりも怖い。私もただの男だ」
「……」
なんだかハートが量産されている。早く帰ってくんないかな。この手の会話を侍女達が聞いていると思うと、めっちゃ恥ずいんだけど。でもって拡散される。羞恥刑。
ときどき離れた場所で丸くなっている星と目を合わせながら、気まずい時が過ぎるのを待つ。
「珊瑚の全てが可愛い」
「……」
「可愛い爪」
「……」
「指先に触れても、構わないか?」
東宮の右人差し指が私の左の小指の爪に触れた、その時だった。
ひゅんつ パン!
聞き覚えのある音がした。
ひゅんっ パン! ひゅんっ パン!
星輝?!
思わず部屋を飛び出し庭へ出た。
音がした空を見上る。
煙。
火薬の匂い。
『ごめんなさい』
東宮を振り返ってから、
走った。
「珊瑚っ」
後ろから東宮が追いかけてくる。
花火は広場で行われていた。
いない。星輝じゃない。No.15もいない。
「珊瑚様。驚かせてしまい、申し訳ありません」
警備をしていた兵士が頭を下げる。
「いえ。花火ですか? 見たかったのです」
ウソ。星輝がいると思ったから。
ぜぃぜぃと肩で息をする東宮が、私の隣に来た。
「珊瑚様、テストしただけですので、花火が残っておりません」
「珊瑚は、hぁはぁはぁはぁ、花火を、はぁはぁはぁはぁ、見たかった、のか?」
東宮に問われて頷く。
「はい」
兵士達は、その場で花火を作ってくれた。篝火の下で作り方説明書を読みあげる兵士、火から離れた場所で作業する兵士。
それは、星輝からの文だった。
戦での合図として使えると書かれていた。
大きな戦の場合、遠くの味方に状況を知らせる必要がある。確かに。この花火なら、合戦でも分かるかもしれない。
文は、東宮の視察に随行した者宛だった。その人は言った。
「昨日は疲れて試せず、本日となりました」
視察から帰った兵士達は、昨晩は自宅へ帰った。
長期出張や戦の遠征など、遠方から帰ってきた者は、まず、家族に無事な姿を見せるために帰宅する。仕事は翌日以降。
だから、花火を試すのであれば、東宮殿への到着日以降になる。材料は文と一緒に届いていた。こんな楽しいこと、すぐに試したくなるに違いない。
花火は夜行うもの。
今夜を狙った?
普通に考えて、東宮が帰ってきて私の部屋を訪れる可能性が高い日。
初日は疲れを癒す。あるいは、正室のところへ行くもの。だから2日目。まあ、東宮は初日に私の部屋に来てしまったのだけれども。
星輝は、私が嫌なことをされないために今夜を狙った。そう思っていいの? 私が外に飛び出すような楽しい音が出るように仕向けたの?
優しいね。
優しい言葉なんてない。
でも、チャドクガから守ってくれた、警告してくれた。
皇帝に狙われたとき、東宮の視察先まで馬を飛ばした。
視察先では、夜、私が飛び出すほどの楽しい音を出した。
きっと、今も。
出来上がった花火が地面に設置される。
着火。
ひゅんっ パン!
「珊瑚様、大丈夫ですか? 目に何か入りましたか?」
「いいえ、大丈夫です」
「珊瑚、見せてみなさい」
篝火の傍に連れて行かれ、東宮に目の中を確認される。
涙は塵のせいじゃない。
「痛くありません」
痛いのは目じゃない。心臓。
「っ。……」
息を詰まらせた東宮は、私の涙を拭いてくれた。
それから私の手を取って、部屋まで連れて行ってくれた。
私の右を歩く東宮は、右手で私の右手を取り、私の肩を抱くように左腕を回す。過剰な近さが嫌だった。心配そうに私の顔を覗き込む優しい瞳もいらない。
翌朝、弓の稽古では、きりりとした東宮に戻っていた。
「珊瑚、異母弟から聞いた。僻地へ塩を運ぶ案を。塩証文を発行せず、個人で小さく商いをしている者に塩を売ってもらう。とても良い方法だと思うぞ」
「聞いたのですか?」
「珊瑚はなかなかのアイデアを出すな」
「そうですか? 有効な方法なのでしょうか?」
「検討している」
「皇子は、ジャイアントなんとかって言っていました」
「ジャイアントキリングだ。弱い者が大物を倒すときに使う」
「どうしてジャイアントキリングになるのですか?」
「異母弟の考えは、先の先を想像してのことだ。指定地域だけ塩証文を発行せず、個人が塩官から塩を手に入れて売りに行く、これの指定地域が増える可能性があると言う」
「なぜですか?」
「兵糧を収めるのは大変だ。なのに、兵糧を収める塩商よりも地域で塩を売る塩商の方が儲かる。儲かるからこそ、零細の個人でも僻地へ塩を売ってくれそうなのだが」
「零細の個人が塩を売る地域が増えるとどうなるのですか?」
「塩の商いに多くの者が参入すれば、塩の価格破壊が起こる可能性がある。今、塩商は金のイスに座り、金の皿で食事をすると言われるほど贅沢三昧だ。それが没落する」
「東宮が望んでいらっしゃる通り、塩が安くなるのですね」
「そうだ」
「でも。塩証文は、もとはと言えば、国が兵糧を入手したくて始めた制度。それが崩れては困りますね」
「そうなのだ。だから慎重に考えねばならない」
慎重に考えなければ、東宮の私軍を維持していけなくなってしまうし、ね。
東宮は、現在、政治に直接物申すことはできない。議会を傍聴する立場。なので、提案するとすれば、東宮配下の塩官に上訴してもらう道しかない。
「官僚の偉い人を取り込んであるのかと思いました」
「それをすると、副業している弱みを握られてしまう」
「協力者とは考えられないのですか?」
「珊瑚、世の中は変わるのだ。そのときの状況で協力関係であっても、どうなるかは誰にも分からない。一寸先は闇。己以外は敵に変わる可能性がある。いや、過去の己が敵となる可能性とてある」
それじゃ気の休まるときがないじゃん。気の毒に。やっぱり東宮は、ハゲ散らかしそう。




