見守るのもまた一興
東宮が帰ってきた。それは新しい年迎える少し前。
雪化粧した東宮殿は、いそいそと主を待っているかのようだった。
妻達が勢揃いして出迎え、正室が代表で帰還の喜びを述べる。末席で、私は足先の冷たさを気にしていた。
夕方、星と雪遊びをしていると、東宮が来た。
「珊瑚。ははは、元気だな」
「ご公務、お疲れ様でした」
「そんな形式的な挨拶」
「長旅から帰られたばかり。お体を休めてください」
これは心からの言葉。誘拐までされたのだから。
「ここで体を休めてよいか? 寒いので、星と一緒に寝たい」
ダメ。嫌。
「まだ夕食前です」
「疲れている。眠い」
東宮は、メインルームをつっ切り、つかつかと私の寝室へ行く。
侍女達が、ぎょっとして、そそくさとメインルームを出ていく。
そして、
かちゃ
寝室。外された腰のベルトが、イスの背もたれに。
ちょっと、おっさん。何してんの?!
ぱさっ
東宮は、シワになってはいけなさそうな仰々しい服を脱ぎ、イスの上に置く。
やめてよ。私の部屋で服脱ぐなんて。いくら、ガルルルがない絶食系男子って分かってても心臓に悪いじゃん。
「失礼します」
私は寝室から退出しようとした。
「大丈夫だ。これ以上脱がない」
「ですが」
それでも出たい。
「帰ってこれないかもしれないとき、強く思ったのだ。後悔しない日々を過ごそうと」
「……」
それがこれ?
「一緒に過ごせるときに過ごす」
「……」
東宮は、薄着になって、星を呼ぶ。呼ばれた星は「なんで?」みたいな顔。
けれど、むりやり抱っこされ、ベッドへ。
「珊瑚。しばらく会わないうちに、背が伸びた」
「はい」
「視察地で並んだとき、どきっとした。大人に近付いているなと」
「……」
「あのときは寝巻きだったから、余計」
「……」
「珊瑚。私は民の幸せのために生きるよう育てられてきた。もちろん、民の幸せを1番に考えている。けれど、小島で1人、空を見上げていたとき、『許されるなら、ただの1人の男として生きたい』と願った」
東宮は、扉近くで棒立ちの私をじっと見てから、静かに目を閉じた。
困った。
夕食までには時間があるし、遊び相手の星を取られた。
こーゆー場合、私って、このままこの部屋でどーすりゃいーの?
そりゃ、正しい妻としては、添い寝一択なんだろうけど。ありえん。
とりあえず、寝室を出た。メインルームに侍女達はいない。もーやだ。杏、助けてよ。
お茶を飲んで気分を沈めようと廊下に顔を出す。
「東宮はお休みになったから、入ってきて」
侍女にお願いした。「いいえ、そーゆーわけには」「お願いだから。暇なんだもん」「珊瑚様は、どうぞ東宮のおそばに」みたいな、ぐだぐだしたやり取りをしていると、別の侍女が来た。
「珊瑚様、第4側室がお呼びです」
タスカッタ。
第4側室紫陽花の部屋へ行く。そこには第3側室ピンク芍薬がいた。
「ふふふふ。困っていると知らせがあったので、呼びました」
「今更だけど、いろいろ知らせてくれる侍女が派遣してあるの」
「はあ」
「ふふふふ。今ごろ、正室も第1側室も第2側室も驚いていることでしょう。東宮がお帰りになったその日に、珊瑚のところへ行ったのですから。そして、ここに珊瑚が逃げたと新情報が伝えられる。なんだか面白いですね」
要するに、各妻から1人ずつ侍女が私のところに派遣されているわけね。それぞれが伝えに行った。
「他の妻だったら、喜んで東宮と寝るのでしょうけれど。珊瑚じゃね。行きたかったら、今からでも行きなさい。でも、嫌なら、いつでもここへ来なさい」
「ふふふふ。私のところもかましません。遠慮は無用です。だって私達の目的は、他の妻よりも早く男子を産むことですもの」
なるほど。東宮と私の子が生まれないようにするなら、協力してくれるのね。やめて! 子なんてトンデモナイ。ぜんぜんそんなんじゃないから。
「ありがとうございます。ですが、東宮は、星で暖を取りたいだけのようです。抱っこしてお休みになられました」
「ふふふふ。まあ」
「そーゆーことにしておきましょう」
夕食は、紫陽花とピンク芍薬と一緒だった。
私は、沿岸部の港についての情報を、できるだけ思い出して伝えた。
ピンク芍薬は、メモまでとっていた。
「ご実家に知らせるのですか?」
「ふふふふ。なんでも記しておきたい性分なのです」
「血筋じゃない?」
「血筋?」
「ふふふふ。代々、内閣で会議での記録係をしております」
「いろいろな官僚の弱みをごっそり握っているのよ」
「ふふふふ。ここに嫁いだのですよ。官僚だけではありませんわ」
「ああ怖い。不用意に言わないの」
ピンク芍薬を嗜める、紫陽花。
「それってつまり、皇帝ですか?」
私は扇子で口元を隠して、小声で言う。
「ふふふふ。ご想像にお任せします」
んーっと。皇帝の弱みを握ったなら、どーして東宮に嫁ぐんだろ。東宮よりも皇帝の方が身分は上。皇帝の弱みを盾に皇帝の妃にしてって方が、一族は力を得られるような。
待った。皇帝の妃になったら、握り潰されちゃう可能性がある。それに、後宮にはすでに数十人の妃がいる。皇子もいっぱい。より効率よく出世を狙うなら、まだ子のいない東宮の方が可能性大。
なるほど。って、正解かどうかは不明。単に、じーさんがキモいって理由だったりして。親だったら、そこんとこ考えてくれるよね。
「いろいろ想像しているみたいね」
「ふふふふ。要するに、私は、皇帝の喉元につきつけられた剣先なのです」
「ではもう、一族の出世は約束されているのですね」
「ふふふふ。出世とは、より上へ登ること。どちらかと言えば、現状維持でかまいませんわ」
「そうね。もう十分よね。何人政界にいるのって感じ」
「そうだったのですね。商いをなさっているのではなく」
政治家一族のお嬢様だったのね。
正室、側室の家のラインナップがすごい。
正室、銀山。つまりは金融業界。第2側室、砂糖、食品業界。第3側室、政界。第4側室、水運物流。第5側室の私の家は、お薬&外聞屋。
名だたるお嬢様に並ぶと、ウチって霞む。
「ふふふふ。そうね。政商とでもいいましょうか」
「仲良くしておくと、お金の流れを作ってくれるかもよ。珊瑚のところは、これ以上大きくなりようがないでしょうけれど」
「政治家一族ってすごいですね。兄達が官僚を目指して挫折しました。科挙は過酷だと聞いています」
「ふふふふ。商才がおありなら、政治などという汚いことをせずともよいのです。私は折につけ、女でよかったと思います。今のところはですが。後宮は苛烈かもしれませんので」
後宮、こわ〜い。
「お二人は開国派なのですか?」
「ウチは家業が水運だから。当然。仕事が増えるもの」
「ふふふふ。一応、開国派です」
「一応なのですか?」
「父は記録を取っているので発言権がありません。ふふふふ。叔父達が開国派なのです」
「なかなか策士なのよ。どっちに転んでも、儲かるようになってるの」
「ふふふふ。人聞きの悪い。世のため人のために尽くしているだけですわ」
「さすが政治家一族。大義名分は得意よね」
これ、喧嘩じゃないよね? この2人って仲良しなんだよね?
「ふふふふ。珊瑚、心配しないで。私達は協力関係」
「そう。お互いに、この狭く閉じた世界で楽しもうって思っているの。愛だの恋だのは肌に合わない。東宮とは子を成すだけ」
「『楽しもう』っていいですね。私も加えてください」
「ふふふふ。でも、どうやら貴方は、東宮のオキニですわね」
「私は、ゆる〜っと楽しく過ごしたいんです!」
「いつでも逃げてきて」
「ふふふふ。見守るのもまた一興」




