国土はほぼ僻地です
東宮殿の厩では、お馬番がお酒を飲んでいた。
夕方。飲んでもモラル的にOKな時間帯。基本、始まりも終わりもない仕事。常に勤務中だから、本来なら、いつ飲んでもいいのだけれど。
傍には乾燥芋があり、お馬番の前に犬がぴしっとお座りをして、それを貰おうとしていた。
都の塩の値段が、元に戻ったっぽい。
日中、武術の鍛錬はいつも通り行われていた。何事もなかったかのような日常があった。
船で乱闘に加わったことは、大きな自信。今までの「私なんかが」って心の中の声が「私だって」に変わる。
「姫さん、気合い入ってますね」
「先日は、お疲れ様でした。気合い入ってます!」
No.15、星輝と一緒に、東宮の視察地へ行った兵士だった。
「姫さん、あのときは、お見事でした」
乱闘中、私を見る余裕があったんだ。だよね。星輝だって助けてくれた。
今だったら聞いてもいいかもしれない。
「頑張りました。普段はどのようなお仕事をなさっているのですか? もし、口外できないのなら、いいのですが」
「船の積荷の上げ下ろしです」
兵士は、自分の太い腕をぺちぺち叩いた。
他の兵士達も集まってきて、いろいろ教えてくれた。
「オレとこいつはな、包み直してる。塩はでかい袋に入ってるんだ。そんなん、普通の家じゃ使わない」
「姫さんも見ただろ。熊笹に包んであるやつ」
「はい。あれは闇塩ではないのですか?」
「はっはっは。向こうが勝手に思い込んだだけだ」
「でかい箱から、いきなり小っさい包みが出てきたからな」
「普通、でかい商いは袋でする」
「見た目は普通の塩も闇塩も一緒だよ」
「知りませんでした。なんだか楽しいです」
「楽しいって?」
「はい。知らなかった話に、わくわくします」
「はっはっは。いけない姫さんだ」
「「「ははははは」」」
「他の地域にも、塩を小さな包みに分ける人達がいるのですね」
塩商とは政府公認の塩の商人を指す言葉。けれど、中身は大きく2種類あるのだと教えてくれた。
1つは、国境付近の警備や小競り合いの戦場に兵糧を収めて塩証文を入手する塩商。塩証文を塩に変え、塩証文指定の地域にそれを運ぶ。
もう1つは、そういった塩商達が運んできた塩を地域で引き受け、小分けにして人々に販売する塩商。
どちらかといえば、後者の方が巨大な富を持っているらしい。
「偽の塩将軍を拐ったのは、ヤツらです」
なるほど。
地域密着型の塩商は、塩の値段にいろいろこみこみ後のせさくさくで、稼ぎたい放題なのだとか。同じ地域の塩商達で結託して塩の値段を高い位置で安定させる。
「塩の値段を高くし過ぎたら、塩商の免許を剥奪するなど、罰を与えたりしないのですか?」
「姫さん、ルールってのは官僚が作ってる。自分らが懐を温っめたせいで塩が高くなるのに、そんな決まり、作るわけがない」
「民衆のために働くことが官僚の仕事だというのに、民衆を苦しめる側にいるなんて」
「姫さん、それが現実ってやつさ。はははは」
「そうそう。上級国民さね」
「成れなかったオレらが負け組」
「「「はははは」」」
東宮から聞いた話について詳しく知りたい。
「塩商達は、僻地へ塩を売りに行かないのですね。そこに住む人が可哀想です。塩は必要なのに」
「姫さん、商売人が損する仕事をするわけないって」
「そーだそーだ。オレだって損は嫌だ」
「損するんですか?」
「う〜ん。厳密には儲からないこともない。ただ、他の地域の1/10も儲からない」
「他が爆益だからな。1/20くらいかもな」
「手間や苦労や日数考えたら、1/40?」
「ええーっ」
「他で儲かるのに、なんでわざわざ」
「オレが塩商だって、そんな仕事はごめんだ」
「しゃーない。不便なとこに住んでる者は。塩だけじゃない。米は作ってたとしても、他の物買うときは、どっか、近くの街まで出るしかない。そのときに買うだろ」
「まあ、街じゃないよな」
「そうだな。あるのは、自分らんとこより、ちょっとは大きいって程度の集落。店がなくても、その村の誰かが、他の物と塩を交換してくれる」
「その村かて、大きいとは限らん。どうしようもない山奥じゃなくて、ただの山奥や」
「この国広いから。そこら中、そんな不便なとこばっかさ」
「僻地には、たまに行商が行くんだよな。服とか薬売りに」
「だったら、その行商の方が塩も売ればいいですよね?」
「姫さん、塩の販売は塩商しかできない」
「そうさね。その塩商が死んだら、その息子1人だけ」
「厳しいですね」
「甘いですよ」
「え?」
「たくさん賄賂を送って、接待して、やっとなれるのが塩商。なってしまえば、爆益。それを長男はするっと手にいれるんだから」
「まあ、店も官僚も世襲っす。この国は」
「官僚は科挙があります」
ちょっと否定。
「姫さん、試験受ける環境は貴族だけのものや。それに、官僚の上の方の人らの息子は、不正合格できるって有名な話や」
「世襲世襲。農民は耕す田んぼを世襲やぞ。いらんし」
「皇帝も世襲」
「おい、こら。東宮の奥方に向かって」
「あはは。大丈夫ですよ。気にしないでください」
「誤解しないでください。オレらは、東宮のやり方を気に入って、納得して働いてるんで」
「オレもそーや」
「「オレも」」
空が高く澄んで、すっかり秋。
No.15は、相変わらず星と仲がいい。いつも庭からやって来る。星はそれを待っている。
「よ」
「わん」
「皇子」
皇子は、武術の鍛錬をしているときの服だと、星とプロレスのように転げ回って遊ぶ。髪も服もくしゃくしゃの毛だらけ。ついでに顔もくしゃくしゃにして笑う。
「皇子。星が大きくなったから、襲われてるように見えるよ」
「知ってる」
肯定。寝転んだNo.15の上に、腹ばいの星が乗っかってる。
「ぐーぐーぐーぐーぐー」
「星、お前の肩、ここ? お、そーか。凝ってないか? もみもみもみ。うわっ、よだれ」
「ぐーぐーぐーぐーぐー」
「はっはははは。捕まえた。抜け出してみ。ホールド」
「ぐーぐーぐーぐーぐー」
精神年齢が5歳で止まっているNo.15に聞いてみた。
「ねぇねぇ。塩証文って、適当に発行されてるの?」
「んなわけねーじゃん」
「賄賂渡せば、希望の地域に塩を売れるんでしょ? だったら、適当じゃん」
「国の全部の地域の塩証文が作ってあるんだよ。だいたい人口に合わせて。結構細かく」
「そーなの?」
「塩の産地は何ヶ所もある。都に国中の塩を集めてから配るなんてやってたら、効率が悪いから。なるべく塩の産地に近い地域に売るようになってる。塩証文は全部の地域のが揃ってる。塩商が希望の地域を指定するとさ、塩官は塩証文の中からそれを探して渡すって感じ」
「そーなってんだ。じゃ、人気のない地域ってどうなるの?」
「塩証文が余る」
「え」
「で、塩官が困る。終わり」
「困るだけ?」
「そ」
「そんなの、その地域の人、困るじゃん」
「闇塩」
「え”ー」
「今までもそれでなんとかなってるから」
「ね、僻地には、行商の人が服とか薬を売りに行くって聞いたよ」
「ん?」
「その人に塩も売って貰えばいいじゃん。特別に」
「塩商じゃない」
「だから特別に。証文が余る地域って決まってると思う。その地域だけは、行商の人や普通のお店の人でも塩売っていいですよって、特別に許可するの。その地域は塩証文を発行しないで、行商の人が塩官から塩を買って、売りに行くの。か、お店の人がそれをする」
「いいかもな。塩商はでかく儲けること考えるけど、零細なら、もともと商いは小さい。運搬の手間を考えても、塩は儲かるから売りたいだろうな」
「ホント? いい? そう思う?」
「思う。ひょっとすると、ジャイアントキリングんなるかも」
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