結構適当なのですね
麗様の報告が続く。
「東宮は無傷。塩田の警備を安く請け負っているから拐われたようなんですが。いったいどれだけ安くすると、50人もの男達から恨みを買うのか」
「拐ったのは、どーゆー人達なの?」
「皇子によれば、東宮は『塩業界で安く仕事されちゃ困る』とか『しばらくここにいろ』とか言われたそうです」
「塩業界……」
「第15皇子は、戦わずに東宮を救う方法を考えていました。けれど、船着場は1カ所。少なからずバトることになると」
「東宮が泳げればいいのに」
「30分ぐらいかかるとか。皇子がそれなら、他の人はもっと大変だと思います」
「30分も!」
そして麗様はくすくす笑い出した。
「ふっふっふ。あははは。皇子がまともに食べてなかったのは、店がどこにあるか知らなかったからって。それでも馬の飼い葉や塩はなんとかしたみたいで、馬は大丈夫でした。あはは」
「人に聞かなかったのかな」
「使ったルートが宿場町のないような道だったのでしょう。そーゆー道には民家はほとんどありません。あはははは。途中で百姓が芋の団子をくれたと喜んでおられました」
ホントに頑張ったんだね。No.15は帝国1番レベルの箱入。大抵お付きの人がいて、身の回りのことをしてもらえる。ほぼ野宿で都まで辿り着くなんて。
両親が来た。母は二胡を携えて。
父が外聞屋だと知る今、来訪のタイミングに意味を感じる。前回と同じく人払いをして、親子3人水入らずの空間となった。
「母君への手紙にあった。珊瑚、東宮が帰られる日が延期になったと」
「はい」
父の目配せによって、母が二胡を弾き始める。要件が始まる。
「都の塩の値段が上がった」
父の一言目は、東宮と塩の繋がりを知っていることを示していた。
「そのようですね」
「巷では、塩将軍が拐われたと噂されている」
「塩将軍?」
塩将軍はおとぎばなしじゃないの?
「かつて塩の値段は高かった。しかし、数年前から、都の塩の値段が安値で安定した。人々は塩将軍という偶像を作り出したのだ。沿岸部も安いことから、塩将軍は塩田付近に住んでいると言われていた」
「塩田付近に……」
「塩は、塩証文を手に入れた塩商が販売する。塩証文には、どれだけの量の塩をどの地域に売って良いかが書かれている。値段は決まっていないのだ」
「はぃ」
「例えば、同じ地域に売る塩証文が5枚あり、5人の塩商がいたとする。3人の塩商が塩を安く売ると、あとの2人も塩の値段を下げることになる。こうやって都や沿岸部の塩の値段が下がっていった。そのうち、高く売りたい塩商は、それ以外の地域の塩証文を選ぶようになった」
「それで都の塩の価格が、安く安定したのですね」
「が、ここで、隣接する地域との価格差が生じる。人々は、少し足を伸ばしても、安い塩を手に入れる」
「はぃ」
「人々は高い塩を買わなくなる。塩を高く売りたい塩商達は、塩将軍を目の敵にしていたのだ」
「さきほど、塩将軍は偶像だと」
「そうだ。周辺地域の塩商達は、塩田の警備を安く引き受けている親玉らしき男を誘拐した。それが東宮だ。実在しない『塩将軍』の代わりに。『将軍』という、いかにも武闘派な響きから、塩田警備をターゲットにしたのだろう」
うっわー。テキトー。
そんな簡単に拐っちゃうんだ。
「では、東宮は塩将軍として拐われたのですね」
「そうだ」
「他に外聞屋の情報はありますか?」
きっと、東宮の副業は、塩田警備だけじゃない。
一緒に武術の鍛錬していた兵士の中には、塩官がいる。川の港で働いている人も。
「珊瑚、知っていたのか。外聞屋のことを」
「こちらへ来て知りました」
東宮殿にいる兵士は、見せかけは300人体制、実態は3000人規模。ローテーションするから、ほとんどの者が東宮殿の警備以外の仕事をしていることになる。
更に塩田警備も含めたら、雇用している兵士は3000人以上。それだけの軍を維持する費用は、塩田警備だけでは足りない。たぶん。
「では、外聞屋が噂を撒くことも知っているのか」
「はい」
「そうか」
「まさか、『塩将軍』は父君が作った噂ですか?!」
「違う。塩将軍は、人々の中から生まれた真の噂。塩の値段の高騰に苦しんだ人々の英雄なのだろう。我々が意図的に流す噂よりも、ずっと曖昧でぼやけている。本来噂とは、つかみどころがないものなのだ」
「都の塩の値段が上がったことと、東宮が誘拐されたことは、どう結びついているのでしょう。偽物の塩将軍なら、塩の値段は変わらないはずです」
「今まで不満を持っていた、周辺地域の塩商達が調子づいたのだ」
「……」
イケイケになっちゃっただけで値段って上がるの?
「塩の値段を上げろとガラの悪い輩が脅迫しているらしい。その輩は、周辺地域から来た者や、そういった者達に金で依頼されている」
「お金を払ってまで、塩の値段を吊り上げるのですね」
東宮は、都で、塩商を仕立てて儲けていると思う。東宮が囚われて、雇われの身の都の塩商達に指示がなく、なされるがままなんじゃないかな。
「今まで儲けを逃した恨みもある。それに、都でも塩を高く売れるのであれば、都もマーケットにできるのだ。交通の便がよく、人が多い都は、塩商達にとって垂涎の場所」
「そうなのですね」
「塩将軍を拘束したという情報が、都の周辺地域の塩商達に伝わったのだろう」
「父君。」
視察先の滞在している場所近く、湖の小島に東宮がいることを知らせた。
「そうか。珊瑚は頼もしくなったな」
「けれど、東宮を連れ戻したとして、そのことによって、塩田で、更に大きな争いが起こるかもしれません。それを懸念していると聞きました」
「うむ」
「塩の値上がりが由々しき問題なのかどうかも、私には判断がつきません。東宮から何も知らされていないのです」
「私とて、外聞屋の情報だけだ」
部屋に二胡の音が充満する。息苦しいほど。
私を守るための艶やかで伸びやかな音は、母の愛。逼迫したフレーズもまた、私を案ずる母の愛だった。
「商いのプロである父君にお聞きします。父君だったら、東宮を助けたとして、その後、どのように報復されないようになさいますか?」
「報復したら、10倍痛い目を見るぞと具体的に脅す。だがそれも、脅す材料があってのこと。多くの塩商に損をさせるような方法など思いつかない」
「損をさせるのですね。お聞かせくださってありがとうございます」
母は二胡の演奏を終えた。
父と私の話が長引いたせいで、母は少し疲れていた。
私は葡萄を勧め、弦を押さえていた母の指先を握った。
「ありがとうございます。本当は、もっとゆっくりと母君の演奏を聴きたいのです。もっとたくさん、お話ししたいことがあるのです。……もっとずっと、母君のお傍にいたかった」
皇帝から襲われそうにことが頭を過り、下唇を噛んだ。
「珊瑚。まだ幼いのに。お友達とお喋りして、はしゃぐあなたを見るのが幸せでした。一緒にお芝居を観て、お洋服を買って、甘味処に寄る。楽しかったですね」
母の瞳が潤む。
できるなら、このまま一緒に帰りたい。全ての行動が見られ、すべての会話を聞かれてしまう。その当たり前が辛い。




