吉報腹ペコ皇子到着
武術の鍛錬中、ちょっとした休憩のとき、周りの兵士達とお喋りする。
「お馬番が、塩の値段が上がったと嘆いていました」
「ひでぇ話だよ、姫さん」
「なぁ。脅しやがって」
「脅す? どうかされたのですか?」
「塩やミソ売ってる店が、『塩の値段上げろ』って脅されたらしい。断ったら、ガラの悪い連中が店の前に座り込んで、客が来ないようにするんだよ」
同じことが都のあちこちの塩を扱う店で起こり、店の主人達は塩の値段上げるしかなかった。都の塩の値段は全て上がった。
「苦肉の策で、店の主人は、塩を買った客に香辛料や味噌をサービスしてるらしい。嫁がぼやいてたよ。唐辛子じゃなくて八角が欲しかったって」
「「「はっはっはっは」」」
「値上げさせた人は、その分を回収しに来るんですか?」
「いや」
「じゃ、値上がりの儲けは誰が?」
「塩売ってる店の主人だろ。代わりにサービスしてっから儲けはないだろうけど」
「どーして塩の値段を上げたい人がいるのですか? 自分は何の得にもならないのに」
「姫さん、勘弁」
「どーしてなんだ?」
「そーいやそーだ」
「5年くらい前は、都と沿岸部も塩高かったんだよな」
「せっかく安くなったのによー」
前にも聞いた。都と沿岸部では塩が安い。それはここ数年のことらしい。
けれど、とうとう都の塩の値段は上がってしまった。
「船で川の港に来たお得意さん言ってたよ。海の方も塩の値段上がったってさ」
沿岸部も。でもって、この兵士は川の港で仕事をしているみたい。港で何してるんだろ。塩関係? 船のチェックしてる役人じゃなさそうだし。
聞きたいけど、聞いたら警戒されて、何も喋ってくれなくなる。
いつものように日常を熟していると、星がソワソワし始めた。
それは武術の稽古をしていたときのこと。いつもだったら杏や他の侍女達の傍で遊んでいるのに、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。いつもよりも目につく行動をしている。
とうとう星は、武術の鍛錬をしている広場の脇を駆け、門の方へ行く。
「「「星!」」」
「私が」
足が隠れるほど長い服で走る侍女達に気づいて、麗様が星を追いかけた。私も飼い主として追いかける。
東宮殿正門、私はそこで止まった。その境界を越えることができない。
麗様は「犬が」の一言で走り抜けた。
情けない。待つことしかできないなんて。
しばらくすると、馬を引く麗様が戻ってきた。足元には星。星は、ときどきジャンプして落ち着きがない。はしゃいでる。
馬に何かが引っ掛けられている。近づくに連れ、その正体がはっきりとしてきた。
No.15。
馬の背に、荷物のように乗せられている。
正門まで来ると、その場にいた兵士達が馬を取り囲んだ。
「第15皇子、大丈夫ですか」
「お怪我はありませんか」
「「「皇子」」」
ぐったりしたNo.15は、馬から下され、担架で運ばれた。
星、大手柄だね。
「ありがとう。麗」
「意識が朦朧としていて、馬から落ちるところでした」
麗様が星を追いかけると、道行く人達は狼に驚いて道を開けた。星が走っていった先には皇子の馬がとぼとぼと歩いていた。星は馬にじゃれつき、周りを走り、わんわん吠えた。その鳴き声で、No.15は危うく落馬を免れた。けれど、麗様が声をかけたとき、No.15は意識を失った。
星が速かったので、麗様はぜいぜい苦しそうに息をしながら地面にへたり込んでいる。星は「速過ぎた? ごめんね」って感じで、心配そうに麗様の顔を覗き込む。
「星、星輝に教えてあげな」
麗様が言うと、「星輝」の響きに反応して、星の目がきらりーんと光った。それから、嬉しそうに東宮殿の奥へ駆けていった。
No.15は、食べていた。
侍女2人と麗様と共に訪れた部屋には次々と料理が運び込まれている。
「一体何が」という、武官の横からの質問を「うん、取り敢えず、食べる」と、ガン無視。
部屋の戸口のところから声をかけた。
「皇子」
No.15は、はっとして箸を置く。
唇を一文字に結んでこっちをじっと見る。みるみるうちに両目に涙を溜め、鼻をすすること1回。
「オレ、頑張ったんだ」
「うん、大変だったね。無事でよかった」
No.15は再び箸を取り、泣きながら鼻水を垂らしながら、ひたすら食べ続けた。ばっちい。
麗様と私は退場。廊下を走る星輝と星に会った。
「星、行っちゃいましたね」
と麗様が笑う。
「困った子。ご主人はここにいるのに」
「しばらくしたら、戻ってきますよ」
侍女達と共に、武術の鍛錬の場に戻っていく。
途中、麗様は言った。
「先に戻ってください。先日の拳の型をおさらいしててください」
そして、私にだけ見えるウインク。
っ。
「珊瑚様、大丈夫ですか?」
ふらついてしまったわ。油断してた。こんなに一緒にいるのに、麗様の色香に慣れないっ。
状況を探りに行った麗様は、戻ってこなかった。それは、話し合いが続いていることを意味する。
武術の鍛錬の広場に上官は不在。そのまま、終了。
兵士の間に緊迫感が走る。
「塩」「塩商」「私軍」「塩マフィア」。ヒソヒソと言葉が聞こえた。兵士達は気づいている。東宮に何かあったことを。
翌朝、弓の稽古のとき、麗様から報告された。
「皇子は、ほぼ野宿だったようです」
「ええ!? 何日も?」
「身元がバレるのを恐れたと言ってましたけど、実のところは、宿の泊まり方が分からなかったようです。あはは」
私も知らない。
「そーだったんだ」
「東宮は、湖の中の小島に軟禁されておられます」
No.15は拐われた東宮を追いかけた。東宮を拐った者達は、湖の滸で船に乗り、どこかへ行った。夜。大きな湖。No.15は岸から船の行先を見ることができなかった。
周辺を少し歩いたが、湖は想像以上に大きく、他の船はなさそうだった。
朝まで待つと、湖の向こうの方から船が5艘来た。夜には見えなかった船着場があり、船が着いた。乗っていたのは、身なりの良い年配の男が数人と、他は、いかにも用心棒らしきイカつい男達が大勢。その中には東宮を拐った者達もいた。総勢50名程。
船着場に見張りの者が数名残り、他の男達はどこかへ行ってしまった。
No.15は山に登り、明るい中で湖を見下ろした。小島があった。建物があるのも見えた。湖に流れ込む小さな川や、湖から流れていく川も確認した。
No.15は、島の位置を見定め、泳いだ。
「え?」
「いい感じの丸太が浮いていたらしく、それにつかまって行ったそうです」
無謀。
島には東宮だけがいた。閉じ込められているわけでも、縛られているわけでもなかった。
船はない。
東宮に逃げようと提案したが、東宮は泳いだことがなく、断念。No.15だけが泳いで岸に戻った。
No.15は視察先の皆のところへ行って報告。
しかし、相手が50名ほどということを聞いて、皆怯んだ。No.15が見たのが50名なら、仲間はさらに多い。
仮に、ガードが手薄なときに船着場を奇襲して船を奪い、東宮を助けたところで報復されてしまう。そのときは東宮の命まで危ないだろう。
東宮がいなくなった翌日、方々で塩盗賊が出た。東宮と共に視察に行った者達は、警備に加わった。
「すごいタイミング。繋がってるよね」
東宮が拐われたことと塩盗賊の出現。
「恐らく」
しばらくNo.15は塩盗賊の取り締まりを行いつつ、湖の周辺を調べた。
No.15はとうとう、東宮が何やって儲けてるか知っちゃったんだね。
結局、みんなが大忙しなので、No.15が都に助けを求めに来た。
「塩盗賊の取り締まりって、国の仕事じゃないの?」
「いえ。塩田に任されています。東宮はそれを請け負っていらっしゃるみたいですね。もちろん、内密の副業でしょうが」
「うん。内密だよ。皇后様も他の側室も、東宮は別の目的で視察に行ってるっておっしゃってた」
開国したときのために、港を見に行ったと。




