誘拐
利権の意味は分かったわ!
で、塩の利権って。
塩田、塩証文、塩商、塩官、塩盗賊、塩マフィア、闇塩。
利権は政府と結びついてるってことは、塩田、塩証文、塩商、塩官。軍を維持するほどの儲けなら、塩商?
塩商は政府公認の塩の商人。=塩の利権。
東宮なら政府に顔が効く。誰かを塩商にして、いっぱい儲けてるとか?
塩商を仕立てて、塩を横流しさせ、闇塩を販売する塩マフィアって可能性もある。
「わんわん」
「星、ごめんね。最近、遊んでなかったね」
「グーグーグーグーグーグー」
「うわ。ちょっと。星、もう重いよ」
星は日々、大きく重くなっていく。
恐らく平民だろうグループの兵士達の中に、新しいメンバーがいた。
「姫さん、麗、新しく入った人。剣の名手だぜ」
「塩官に採用…「よろしくな」
1人の兵士が新人の口を塞ぎ、別の兵士が言葉を被せる。
「「よろしくお願いします」」
新人は口を塞がれったまま。緘口令を知らない様子。
「塩官」って聞こえた。
きっと、ここで武術の鍛錬をしていないときは、塩官の仕事をしている。
麗様は、私の耳元で「気づかないふりも難しいですね」と笑った。
余興の手合わせが始まった。
輪になって剣の手合わせを見ているとき、隣にNo.15がいた。No.15は心ここに在らず。みんなが好プレーに沸いているのに、難しい顔のまま。どーしたんだろ。
「考えごと?」
「ん? ああ。前に珊瑚が言ってたこと、考えてた。この軍の費用はどこから出てるのかって」
「何か分かった?」
「普段は、別の仕事してるんだろーな」
想定内すぎ。
「何、暗くなってんの?」
「オレ、異母兄にとって、話もできないガキだったんだなって」
「そんなことないよ。東宮がここに来られるようにしてくださったんでしょ?」
「そーだけど」
No.15から聞いた。
星輝が東宮殿にも行くと知り、No.15は、勝手に後宮を抜け出して東宮殿に入り込んだ。見つけた者達は困り果てた。身分の高い皇子に、家臣は怒ることができないから。後宮のNo.15のお付きの人はもとより、東宮殿にいる護衛達も罰を受けてしまう。なんて迷惑なクソガキ。
それを、東宮が助けた。
『私が呼んだのだ。こちらへ来られるよう手配していなかった。子供だったゆえ、私の言いつけを第1に守って、1人で来てしまったのだろう』
そんなことはウソだって、その場の誰もが分かっていたけれど、丸く収まった。東宮自ら、No.15を後宮に帰し、武術を身につけることを提案したのだった。
「いつか話してくれるよ」
13歳って年齢が、もどかしいね。星輝は世間で大人として扱ってもらえるみたいだけど、No.15や私は、てんで子供。
その2日後、No.15は輝くような笑顔で東宮からの文を私に見せてくれた。
「仕事の見通しがついたから、遊びに来いって。ただ、護衛は後宮の人じゃなくて、指名されてっけど」
護衛が指名。きっと、東宮はNo.15に塩の商いのことを打ち明ける。
「気にすることなかったじゃん」
「おう。すっげー嬉しい」
「皇子」
「ん?」
本当のことを知っても、傷つかないでね。
「なんでもない」
純粋だから。尊敬している東宮が、塩の利権で私軍を維持していると知ったら、辛いかも。
太陽の光を遮る分厚い雲が空に広がっていた。
1頭の馬が東宮殿の門を駆け抜けてくる。既視感。
濡れそぼった全身は、東からの雨雲をつっきって走ってきたことを物語る。
星輝だった。
東宮が皇帝に矢を放った件の後、こんな空の日に、星輝が馬を返しに来たっけ。
広がる暗雲は、不吉なことの暗示に思えた。同時に、必ず明けて好転するとどこかで確信する。あの、冷たいセルリアンブルーの空じゃない。
No.15が視察中の東宮の元へ行ってから2週間。
馬から落ちるように下りた星輝は、指導をしている武官のところへ歩いた。
「お耳に入れたいことがございます」
ずぶ濡れの星輝に、その場にいた全員が注目する。ただ事ではない。武官と星輝は、兵士達から離れた場所へ行った。
深刻な顔で話す2人。
話が終わると、「もうすぐ雨が降るから」という理由で武術の鍛錬は終了となった。武官は、足早に執務室へ行った。
「星輝」
1人で兵士の宿泊所に向かう星輝のところへ、走った。
いつもはふんわり風に靡いている薄茶色の髪が雨でぺたりとなっている。濡れて素肌に張りついたシャツに肌色が透ける。早く着替えた方がいい。一刻も早く休みたいだろう、満身創痍の歩き方。
それでも、呼び止めずにはいられなかった。
「珊瑚様」
目の下に隈、土の色の唇。
「何かあったの?」
「ここでは、申し上げることができません」
「そっか。体を休めてね。湯浴みできる?」
「宿泊所に共同の風呂がありますので」
湯船があっても、この時間、水もなければ湯を沸かしてなどもらえない。私は、自分の護衛に、湯浴みの準備を申し付けた。
「ありがとうございます」
「乾いた服と食事は?」
尋ねると、星輝は首を横に振る。
「用意してもらうね」
「ありがとうございます」
「じゃ」
踵を返そうとすると、呼び止められた。
「……珊瑚様。気をしっかり持ってください。自分にできることは、なんでもします。逃げるなら、庭のイスの下に」
「分かった」
いったい何が起こったの?
すぐ後、激しい雨が降り、ごうごうと風が吹いた。星輝が背負ってきた嵐。
星輝のところへ着替えと食事を届けてくれたのは麗様だった。麗様は武術の師、本来ならば使用人的なことはしない。
けれど、侍女達は皆、良家の子女なので、兵士の宿泊所に行かせるなどできなかった。
部屋へ戻ってきた麗様は、雨音で何も聞こえない窓際に、私を手招きした。
「わん、わん」
星と戯れながら、麗様の隣へ行った。
2人でしゃがみ込み、星を撫でる。
「東宮が何者かに拐われました。第15皇子はそれを追ったまま戻られません。このことは内密です」
「そんな」
「わん、わん」
「内密にすることは、東宮の指示です。出張が延びたことになります。珊瑚様にだけお知らせしたのは、星輝が東宮に言われていたからです。『もし自分に何かあったら、珊瑚を守ってくれ』と」
「伝言、ありがとう」
「珊瑚様、何でも言ってください。前払いの銀子分は働きます」
「麗、正直なところが好き」
こうゆーときって、誰もが「大丈夫ですよ」「心配ありません」ってその場しのぎの言葉で慰める。麗様は、そんなこと言わない。
「アオーン、アオーン」
「嵐、怖いの? 星。大丈夫だから」
遠吠えが始まった。星は、私の不安を感じるのかもしれない。
「……」
「犯人は?」
「聞いてません」
「クーンクーンクーンクーン」
「兵士達はどうするの?」
「今、執務長と上の方の武官達が話し合っているかと。探ってきましょうか?」
「見つかったら……」
「こーゆーのは、得意です。星、雨が怖いなら、もう寝な」
モフモフモフモフ
麗様は、星の体中の毛をくしゃくしゃにしてから、部屋を出て行った。
「麗様も、まだまだ子供なのですね。星と遊んでいる様子は、珊瑚様と一緒」
「微笑ましい」
広い部屋、扉近くにいる侍女達は、眦を下げて幸せを味わっていた。




