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気が弱いので後宮には向きません  作者: summer_afternoon
下衆男

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20/133

1本の矢が持つ意味



東宮と一緒だったはずの護衛達の到着は、遅れること半日。夜だった。

護衛、置き去りにしたんだ。東宮が1番いい馬に乗るもんね。



「今、東宮の護衛で視察に行った人らに会いました」



(リー)様。休みだったからか、酒を飲み、酔っ払って帰ってきた。袋の中がいっぱい。ショッピングを楽しんだんだなって分かる。


東宮はこっそり帰ってきたから、ちょっとドキッとしたけれど、侍女達は言葉の内容を気にすることなく、麗様の上気した顔に喜んでいる。



「麗様、麗さま。何買ったの?」

「顔、赤いよ」


「よっぱらっちゃったー」


「きゃ、かわよ」

「てえてえ」


「買ったのはねー。見せちゃおっかな。白粉(おしろい)とアイライナー」


「麗様、これ以上ステキにならないで。きゃ♡」

「刹那落とし、やってぇ」



侍女達が楽しそうで何より。



東宮は、執務室に泊まった。



「なぜ執務室なんだろ?」



自分の部屋で寝ればいいのに。私は(シン)に尋ねた。

杏は紙に筆を走らせる。



『戻られたことが内密だからでしょう。東宮の部屋に灯りが灯れば、ご在宅なのが他の者達に分かってしまいます』


「ふーん」


『私達が駆けつけたときは、第15皇子だけでした。あの流れ矢は東宮が放ったのですか?』



後から来た侍女達は、何も知らされていない。杏が「東宮がいる」とを察したのは、執務長が私の様子を見に来たとき、こっそり東宮から私への文を渡されたから。遠方からの書簡ではなく、小さく4つに折っただけのメモ。

そのときまで杏は、他の侍女達同様、皇帝と東宮が来たことを知らなかった。



『うん』



私も筆談。皇帝が来ていたこと、No.15に助けられたことを。皇帝の目的は記さなかった。それでも杏は全てが分かったようで、筆談の紙を燃やすと、私を抱きしめた。



「無理にでもついていくべきでした」



私は黙って首を横に振った。私達は外から来た下位の者。ここで誰かに逆らうなどできない。




翌日、No.15が庭に来た。



「昨日はありがとう。感謝しきれないよ」

「もう大丈夫?」

「うん。私は。皇子は?」



父親から酷いこと言われてた。



ーーー息子面をするな。子など多すぎて、誰が誰だか分からぬ。お前が擦り寄ってこようが、取り立てるつもりはないーーー



「ああ、そんなことは分かってたし。今更」

「皇子ぃ」



許されるなら、思い切りハグしたい。

No.15は、梨を1個もぎ取って食べ始める。



異母兄(あに)は、さすがだな。オレにはできない。そんな力ないけどさ」

「矢? 遠いとこから、すごいよね」



弓の腕前はかなりのもの。



「異母兄にしかできない。もし、本当に当たったら、とんでもないことになる」



その言葉で、昨日の事件の重大さを知る。

皇帝が死んだらどうなるのか。東宮が皇帝になる。

東宮が皇帝を殺したらどうなるのか。東宮が皇帝になる。但し、周りからの信用を失う。

皇帝を殺したのがNo.15や他の人だったら。東宮が皇帝になる。殺した人は首が飛ぶ。



「ホントだ。とんでもない」


「昨日は2人ともここにはいなかったことになってるじゃん。もし当たってたら、隠蔽できる。たださ、あの場で弓を引く瞬間、そこまで考えて決断できるっけ。オレだったらムリ」


「……」


「昨日のとこ、行ってみる? 弓引いたとこ」



No.15は梨の芯を陶器のテーブルの上に置いた。食べるの、早っ。


No.15に連れられ、昨日、東宮が弓を引いた場所に立ってみた。執務室の窓まで30丈(約90m)ほど。執務室の窓は開け放たれ、書庫への扉が見えた。矢が飛んできたのは、皇帝が扉を開けたとき。矢は扉の上の方に刺さっていた。両開きの扉の皇帝が開けた側に。


扉1枚が、ここからだと小指の爪ほどにしか見えない。

ほんの少しずれるだけで、皇帝の命はなかった。


もし、執務室にいたのが不審者だったら、東宮は矢を射ることはなかったと思う。

東宮は、皇帝だったから矢を放った。そこにあったのは殺意。



「遠いね」


「だろ? もう二度と、ここへ来ないかもな。皇帝」



殺されるから。



「……」


「あの後、異母兄に会った?」


「ううん」


「戻る前に会ってやれよ。何日も馬飛ばして来たんだから」


「お礼、言わなきゃ」


「執務室横の書庫にいる」


「ありがと」




侍女達に気づかれてはいけない。だから、武術の稽古のとき、こっそり抜け出した。



「失礼します」



書庫の扉を開けると、むあっとした汗の臭い。そして、いびき。

いびきの主は東宮だった。ついでに臭いの主も。

広い書庫の片隅、昨日は見なかった長椅子が運び込まれている。東宮は、その下の床に転がっていた。



ころりん



あ、動いた。

仰向けで寝ていた東宮は寝返りをしてうつ伏せに。床に頬をくっつける。ひんやりして気持ちいいのかな。いびき、止まってる。

中途半端に髭が伸び、少しずつ束になって固まった髪が異臭を放ちながら床に散らばる。


あまりによく寝ているから、起こすのが申し訳ない。お疲れだよね。


窓が開いていたから、執務室に執務長がいると思う。紙と筆を借りよう。

そう思って、執務室の方へ2歩歩いたときだった。



「……ん……」



東宮が目を覚ました。



「おはようございます」



挨拶すると、東宮は慌てて体を起こす。自分が床に寝ていたことに今気づいた様子で、急いで長椅子に腰掛けた。



「あ、ああ」



自分の頭に手をやり、ぐしゃぐしゃになっていた髪を気まずそうに整える。



「昨日は、助けていただき、ありがとうございました」


「無事でよかった」



言葉を発したとき、東宮は両目をまん丸にし、即、自分の口を手で覆った。そして、自分の息の臭いをこそこそと確認している。



「遠くから、さぞお疲れでしょう」


「いや。大丈夫だ。……。珊瑚。何日も風呂に入っていないし、歯を磨いていない。その、こんな姿は。えっと」


「お休みのところ、お邪魔しました。一言、お礼を申し上げたかったのです。失礼します」


「珊瑚。……。

 会えてよかった。

 ……会いたかった。昨日はすまなかった。怖い思いをさせて」


「とんでもありません。またすぐ、あちらに行かれるのですか?」


「ああ」


「お仕事、がんばってください」



退場。


建物を出ると、No.15がいた。



「会ってきたよ」

「ん」

「ね」

「ん?」

「星輝に連絡、できるんだね」

「……」

「星輝にもお礼を言いたい」

「今はいない」

「どこにいるか知ってるの?」

「知らんし」

「うそ」


「視察地から都までのどっか」


「じゃ、こっちに帰ってくる?」


「馬返しに来ると思う。たぶん」


「いつ?」


「分かんね」


「星輝、1人で大丈夫かな。何日もかかるとこなんでしょ?」


「大丈夫に決まってるだろ。ガキじゃねーんだから」


「子供だよ」



まだ13歳。食事も宿に泊まるのも困りそう、



「アホか。世間じゃ大人。13歳なら貴族以外は仕事してる」

「そーなの?」

「でかい図体で、カブトムシやセミ取りして遊んでられるわけねーじゃん」

「学校は?」

「貴族だけ。金持ちの商人の息子とか」

「星輝は金持ちの商人の息子じゃん?」

「あんだけ旅してたら、学校行けないって」

「そっか」

「必要ねーじゃん」

「それ、庶民をバカにしてる?」


「ちげーし。外国に行くから、何ヶ国語も喋れる。危険な仕事だから武術は身につけてる。商人だから、読み書き計算はばっちり。洋書を読めるから、進んだ西洋の知識を持ってる。学校で習うより、ぜんぜんだろ」


「そっか」


「会いたいの?」


「……ぅん」

「じゃ、馬返しに来たとき、呼ぶ」

「ありがと」




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