No.15&武器商人①
章「No.15&武器商人①」の内容を変更しました。
読んでくださって、ありがとうございます。とても励みになります。
気になって、辺りを見回す。
「ヤバ」
「ちょ」
「うわっ、押すなって」
生垣の横へ、2人の男の子がころころと転がり出てきた。
歳は私と同じくらい。使用人? それにしては、2人とも高価な衣を纏っている。
1人は手の込んだ刺繍入りの紫紺の服を着ていた。それは貴族しか身につけないもの。頭頂部で束ねられた髪はつやつやと太陽の光を受けて肩にかかっている。そして白い肌。
一目で、裕福で栄養状態が良くて屋外にはそれほど出ない身分だと分かる。
もう1人は、茶色のジャケット、白いシャツと黒いズボン。薄茶色の柔らかそうな髪がふわっと風に靡いている。都では西洋の服装をした外国人を時折見かける。けれど、彼の黒い瞳と顔の凹凸は、この国の美少年だった。
黒髪の少年の手にはゴムパチンコ。それは手作りなのか、Y字型の木の枝にゴムがついている。そのおもちゃで飛ばした石が木に当たって「こんっ」と音を立てていた模様。
杏は、地面に転がっている2人の前に仁王立ちした。
「こ〜ら。いたずらするんじゃありません。他の場所で遊びなさい」
黒髪の少年は反省の色もなく口を開いた。
「花で歓迎したかったんだよ」
そして、猿のようにぴょーんと梨の木に登り、テーブルの上の一枝をゆっさゆっさと揺らす。梨の花びらがぱらぱら私の頭に降った。ぽとぽとと花ごと落ちるものもある。
「こらっ! 何てことを! このクソガキ」
杏は背伸びして少年の足を引っ掴む。
「危ない」
ばさっ
座っていた私の頭の上に布が広がった。
ぼとぼとぼとととと
布に何かが落ちて当たる音が続き、止んだ。何ごと?
イスから立ちあがろうとすると、「そのままで」と言われる。声の主は薄茶色の髪の少年。私にぴったりくっついて、一緒に布に入っている。私の上に広げられた布は、彼のジャケットだった。
「どうしたのですか?」
「チャドクガです。毛虫」
え。さっきの音、毛虫? すっごいいっぱいだったんだけど。
ジャケットが取り払われると、そこには、私を心配そうに見つめる2組の黒い瞳があった。黒髪の少年はいつの間にか木から降りていた。
黒髪の少年が私の両手首を持つ。
「そっと立ち上がれ。下を見るな。動くぞ」
強い瞳に従い、彼と共に移動。
数歩歩くと、手首を解放された。
「大丈夫か?」
「……はい」
まだ平常心が戻らないまま、自分がいた場所を振り返る。ヒッ!
地面には、ごにょごにょと蠢く黒と白と黄色のグロテスクなものが点々と落ちていた。
侍女達は怖がって、遠巻きに見ているだけ。
黒髪の少年は、大きな声で護衛を呼び、梨の木についていたチャドクガを処理させた。陶器のテーブルセットの移動と洗浄も申し付ける。
てきぱきと大人に指示を出す様子に面食らった。
「助けていただき、ありがとうございます」
御礼を言うと、黒髪の少年は、自己紹介をした。
「オレ、第15皇子。東宮の異母弟」
げっ。高い位の人だった。私よりも驚いたのは、杏。
「ひぇ〜。お、お、皇子。申し訳ございません。さきほどの失礼をお許しください」
杏は地面に膝を突いて謝罪する。
「いや。こっちこそ、すまない」
梨の木に登るなんてことをしたんだもんね。
もう1人の少年は星輝と名乗った。
「私は、父と共にこちらに来た商人です」
丁寧にお辞儀をされ、私も返す。
「昨日嫁いで参りました、珊瑚と申します」
杏は大慌てで、2人の少年のお茶とお菓子を用意した。
木陰を失って、日焼けしそうな場所に移動したテーブルセット。大丈夫。もう毛虫はいなさそう。レディファーストで注意深く腰掛ける。
第15皇子、名付けてNo.15。No.15は黒髪を揺らしながら大股で歩き、陶器の椅子に腰掛けた。星輝は遠慮がちにその隣に並んだ。
No.15は、物怖じせず、昔からの知り合いの距離感で喋ってくる。
「よくここへ遊びに来るんだ。異母兄の家臣に武術を習ってるのもあって」
「そうなのですね」
「いいって。タメ口で。敬語なし。窮屈なの嫌いなの」
確かにそう見える。
「そ? いーのですか? ホントに?」
「うぃっす」
「了解」
No.15は悪戯っぽい笑顔を見せた。
「なーなー、さっき聞こえたし。ははは。まだまだ子供だな。たった1つの恋なんて、難しいって。一夫多妻じゃなくても」
まるで恋愛遍歴を重ねた中年男みたいなことを言う。
いえいえ、恋愛経験なんてないでしょ。ゴムパチンコで遊んでるんだもん。
「聞いてたの?」
「聞こえたの。一夫多妻制、嫌?」
No.15が私に尋ねる。
「……ぃや」
昨日、正室1、側室4のここへ嫁いできたというのに。
「昨夜、腹痛くなったって? 初夜に新郎を独寝させたって、噂んなってるぞ」
「おい、皇子。そーゆー話に立ち入るな」
No.15を諫める星輝。2人は、身分を越えた友達同士のよう。
「そっか。噂になってるんだ」
はぁぁぁと私はため息。陶器のテーブルにだら〜っと上半身を預けた。みなさん優しく歓迎してくれたけれど、昨夜のことに関しては「とんでもない」って思ってるんだろーなー。
「みんな、子供を産みたいから、一晩でも1回でも貴重なチャンスなのにな」
「こら」
下卑た言い方のNo.15を星輝が成敗する。頬を指で弾かれて「痛ぇ!」と声を上げるNo.15。
「オレも、一夫多妻、嫌」
頬をさすりつつ、No.15は言った。
「男の人でも、そーゆー人、いるんだ?」
いっぱい女抱けるから、わーいわーいって感じかと思ってた。
「オレ、後宮で育ったからさ、色々見てきてて。バトルすげーし」
「そーなんだ」
「母の身分が低くて、オレ、あんまり目ぇつけられなかった。で、後宮で生き延びた」
「生き延びたって大袈裟な」
No.15によれば、大袈裟ではなく、本当に血で血を洗う争いなのだそう。
「後宮って、マジでクソ。何十人と妃いんの。あの異常な状態、キモいって」
「そこまで言わなくても」
「後宮なんてなくしてしまえ「おお、言った!」
No.15の言葉に被せるように、星輝は驚きの声を出す。
皇族の結婚は政治的なもの。親睦の証。それをなくすということは、統治に有効な手段を手放すということ。
「難しいんだろーね」
私の言葉に、No.15は好戦的。
「そんなことに頼らない政治すればいいって思わね?」
この帝国は大きく、いろいろな民族がいる。政治的な派閥も複雑。結婚以外の手っ取り早い統治方法があるのだろうか。
「花嫁なんて、言うこと聞かせるための人質で、スパイじゃん」
No.15は、親睦の証である花嫁を「人質」「スパイ」と言い切った。
宮廷へは、様々な場所から花嫁が差し出される。後宮からは、様々な場所へ皇女が嫁ぐ。彼女達は、人質として戦を防ぐ盾となる。あるいは、結婚によって権力を動かす。そして、嫁ぎ先の情報を文に認めて知らせる。
「大事な役目だと思う」
これ、本心。
「この国に住みたいって思われる政治をすればいい。人質が要らないくらい、強い軍を持てばいい」
そこで、星輝は「ご贔屓に」と半ばおどけながら頭を下げる。聞けば、商いの品は軍需品だった。