表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気が弱いので後宮には向きません  作者: summer_afternoon
下衆男

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/133

間一髪




じりじりと焦げ付くような太陽の日が続く。

皇太后様が去り、笑い声がなくなった武術の鍛錬の場には、代わりに野太い声が響いていた。皇太后様もさることながら、第4側室紫陽花(あじさい)の存在は大きくて、兵士達が意気消沈。その様子に上官が(げき)を飛ばす。


東宮が不在となって4ヶ月。庭には梨の実が生る。


皇太后様おもてなしへの感謝を込めて、本日、(リー)様に休暇を出した。師がいないので、私も武術の稽古はお休み。たまにはね。



珊瑚(シャンフー)様、執務室へお越しください」



呼ばれた。いつものように、侍女2人を伴って行こうとすると「珊瑚様お一人の方がよろしいかと……」と言われた。別に、内密な話であっても、侍女と共に行き、部屋の外で待たせるのが通常。けれど、わざわざ言われたら、従うしかない。


何か事務的な手続きだろうと執務室へ向かう。その途中、呼びにきた人は誰なのだろうと疑問に思った。50代の家臣。東宮殿には、老いた家臣が少ない。新しい人だろうか。それもおかしい。東宮が不在なのに。


首を傾げながら歩いていると、執務室のある建物に入って即、腕を引っ張られた。



振り払おうとすると、No.15。

No.15は口の前で『しっ』と人差し指を立てる。そして、書庫に私を押し込んだ。扉を閉めるときに『出るな』と口を動かす。


書庫の中から聞き耳を立てた。

どこかの扉を開け放った音の後、No.15の大きな声が聞こえた。



「父君。いらしていたのですね」



父君。皇帝?



「ど、どうしたのだ」


「執務長はお留守ですか?」


「用があるのか?」


「はい。こちらで待たせていただきます」


「いや。夕方まで帰ってこないはずだ。武術の鍛錬に行きなさい」



皇帝が人払いをして私を呼んだ?

じゃ、私を呼びにきたのは、皇帝の家臣?



「父君、若葉宮に移してくださったこと、感謝いたします」


「よいよい。早く行きなさい」



心の中でまた、低い鐘の音が響く。



カーン カーン カーン カーン



「とても有意義な時を過ごしております。先日は、若葉宮の異母兄弟(きょうだい)揃って、蹴球を楽しみました。後宮ではできぬこと。これも、父君のおかげです。血の繋がりがあるからなのか、なかなか息の合った連携プレーができるのですよ。学問の面でも読みきれないほどの書物を用意してくださり、まことに感謝しております」


「行きなさい。部屋を出なさい。出ろと言っているのが分からぬか」


「東宮が不在、執務室の主も不在の今、どのよ、」



ばしっ


ガタン



扇子で何かを叩いた音、何かが落ちた音が聞こえた。



「息子面をするな。子など多すぎて、誰が誰だか分からぬ。お前が擦り寄ってこようが、取り立てるつもりはない。出ていけ」

「……」

「そうだ、呼んできてくれ。珊瑚を。仲がいいと聞いている。同じ歳だとか」

「……」

「もしや、珊瑚をどこかに隠したのか? ん? ん? 書庫か。はっはっは。お前の視線は正直だ」



! こっちに来る。



「いえ、会っていません。父君っ」



入り口からそっと離れた。



「珊瑚はまだ毛も生えておらぬらしい。はっはっは。子を(はら)めるのか確かめなくてはな」



走った。入り口とは反対側へ。



バタン



開いたのは別の扉だった。執務室からも入れたなんて。



トスッ



開いた扉に矢。前方で皇帝が身を屈める。



「父君、大丈夫ですか! 誰か、曲者だ!」



No.15は皇帝に覆い被さって、次の矢から守る。

私は書棚の影に隠れた。

(ひづめ)の音が近づく。止まった。



「何者だ!」



響いたのは東宮の声だった。

窓から入ったらしき東宮は、走ってきてNo.15を立たせた。



異母兄上(あにうえ)?!」



東宮は、床に(うずくま)る皇帝を見下ろす。



「……もしや、父君ですか?」


「無礼者! ()に矢を放つとは」


「申し訳ありません。遠くて誰なのか分かりませんでした。執務長の姿を外で見かけたのに部屋に人がいたので、怪しい者だと。どうぞ私に、罰をお与えくださいっ」



東宮が皇帝の前で膝をついた。

そこへ、兵士達が雪崩れ込む。窓の外、執務室、書庫の通路が兵士で溢れる。



「曲者はどちらにっ」



武官の声の後、場は静まり返った。

尻餅をついたままの皇帝と床に膝をつく東宮を囲む兵士達。

私は、異様な光景を書棚の間から見守る。


皇帝が、No.15の手を借りながら立ち上がった。



「勘違いだ。よい」



短く言った皇帝に、武官はびしっと挨拶をした。



「ご来訪に気づかず、まことに失礼致しました。皇帝にご挨拶申し上げます」



それに続き、その場にいる全ての兵士が同様に頭を下げた。



「うむ。東宮、立ちなさい。もう、気にするな」


「感謝致します」



東宮は立ち上がってから続けた。兵士達に聞こえる不自然に大きな声で。



「父君、何用でこちらにおいでになったのでしょうか」


「暑い中、皆が励んでおろうと参っただけだ」


「お心遣い、痛み入ります」



兵士達がぞろぞろと武術の鍛錬に戻っていく。

私はぺたんと書棚の前に座り込んでいた。そして、(おぞ)ましい言葉を思い出す。ーーー珊瑚はまだ毛も生えておらぬらしい。子を孕めるのか確かめなくてはなーーー


慰み者にされるところだった。

下劣な。

そんな男を呼び寄せてしまうなんて。


自分が惨めでたまらない。

… …呪いのせいだ。


執務室から皇帝と東宮のやりとりが聞こえてくる。



「東宮、まだ視察中のはずでは」


「こちらに急用ができ、急ぎ、帰って参りました。父君、氷菓子をお召し上がりになりませんか? あちらに参りましょう」



皇帝と東宮の声が遠ざかると、No.15が私の目の前にしゃがんだ。優しい声がすぐそばから聞こえる。



「怖かったな」


「……ぁ、ぁりがとぅ」


「今、(シン)を呼びに行かせた。こんなに震えて」



No.15が、そっと肩に手を添える。壊れ物を扱うかのように。


あの矢がなかったら、終わってた。


東宮が急遽帰ってきたのは、No.15が知らせたからだった。


皇帝は、皇太后様が東宮殿を去るのを待っていたらしい。東宮殿の外に見張りを置いていた。毎日東宮殿に通うNo.15は、いつも見かける数人の男を不審に思った。最初は、東宮の私軍を探っていると疑った。けれど、その者達は、皇太后様が温泉に行ったときに姿がなかった。

No.15は使いをやって、温泉付近にその者達がいることを確認。そして、東宮への言伝てを星輝(セイキ)に託した。



「星輝に?」

「事が事だけに、文字にできなくて」



文の場合、東宮が探られていること、皇帝が東宮の側室を狙っていることを記すことになる。万が一のとき、見られたのが東宮側の場合、皇帝の所業が漏れる。皇帝側の場合、東宮が探られては困る状況にあることがバレる。信用できる者に口頭で頼むしかなかった。



「今日、変な場所に皇帝の馬車が停まってたんだ」



No.15は警戒していた。案の定、皇帝がやってきた。家臣に表門から入らせ、脇にある通用口を開けさせた。護衛は「見なかったことにしろ」と命じられたのだろう。皇帝は執務室へ入って行った。すぐ後、部屋から執務長が出てきた。そして、しばらくすると、私が現れた。

何日もかけて星輝が東宮のところへ行き、また何日もかけて東宮が都に戻る。間に合ったのは奇跡。



「すまない。父君が。血のつながった、オレの父親が」



No.15は左手で自分の口を覆い、ぐっと目を瞑った。



「私のせいかもしれない」

「何言ってんだよ。違う」

「私には、呪いがかけられてるの」

「呪い?」



そのとき、どたどたと足音がして、息を切らした侍女達が現れた。



「「「「珊瑚様っ」」」」

「流れ矢が飛んできたんだ。珊瑚を休ませてやって」

「「「「はい」」」」

「怖かったのですね。こんなに泣いて。もう大丈夫ですよ」



杏の優しい手が私の涙を拭ってくれる。


No.15は、立ち上がって、扉のところまで大股で歩き、刺さっていた矢を抜いた。



バキッ



矢を折る音の後、床に投げ捨てる音が小さく響いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ