黒い談義がんばるわ
皇太后様は詳しくご存知だった。
「東宮は開国派なのです。そのこともあって、港を見に行っているのですよ。漁船用の小さな港がほとんどですから。海賊が頻繁に出現することもあって、水軍が必要とも考えているのです」
この国は、海からの物資の輸出入を禁止している。書物には「国を守るため」とあったけれど、具体的には書かれていなかった。国の中のことを詳しく記してあっただけに、違和感を感じたっけ。
「水軍はないのですか?」
質問。あると思ってた。軍記物では水軍が大活躍している。
「珊瑚、水軍があったのは、昔々の世が乱れていたころのこと。今は1つの国になってしまったので必要ないのですよ」
「そうなのですね。開国派という派閥があることも存じませんでした」
紫陽花は、正室、第2側室の一族は鎖国派だと教えてくれた。
「あなたの父君は開国派よ、珊瑚。まだ13歳ですものね。家では、そういった話をしなかったのね」
と加える。え、ウチって開国派だったんだ?
「それも知りませんでした」
「皇太后様と珊瑚の父君は、その件でお知り合いで、珊瑚がここへ来たのかと思っておりました」
紫陽花は、さすが側室だけあって事情通。
「どうなのでしょうね。皇帝は鎖国派ですから」
皇太后様は、「皇帝」を持ち出して、自分の立場を明確にしなかった。
以前「皇太后様には今では政治的に力がない」と聞いたけれど、皇太后様はとても詳しい。
「今では皇太后様はご自由になられた身。広告塔になってロビー活動をできますのに、常に皇帝を立てていらっしゃいます。血の繋がりは濃いのですね」
と紫陽花。
「血の繋がりで言えば、皇帝と私は親子、私と私の一族とも親子、皇帝と東宮も親子なのですよ。ほほほ」
皇帝=鎖国派、皇太后様=開国派?、皇太后様一族=開国派、東宮=開国派。@_@
「そうでございますね。ほほほ」
真似しとこ。
「ほほほ」
なんだか、黒い談義に近づいているのかも。
これぞ皇族って感じ。ちょっとわくわく。
ーーーしていたのに、政治の話から遠のいた。
「ところで、珊瑚のところに『刹那落としの麗様』がいると、侍女たちが色めき立っていました。私が見たお芝居では、別の俳優だったのです」
ええーっ、皇太后様が。エロい。
「麗の噂は皇太后様のところまで届いていたのですね。麗を呼びますね」
ほどなく登場した麗様は、男装。どこまでも妖しく美しく、線が細い。
部屋に現れた瞬間から目がハートになってしまった皇太后様は、イスに座ったまま手の甲にキスを貰い、イスごとひっくり返りそうになった。
「お気をつけください」
イスごと支える麗様に、皇太后様はぽ〜っとなっている。
「……。まあまあまあまあ。刹那落としの麗様のキャスティングでお芝居を見たかったわ。珊瑚、あなたはなんと幸運な。そして、麗様は女性だったのですね。だからこその魅力。美少年の青さも垣間見え、女を分かる色を備え、そこから生まれる倒錯的な雰囲気。嗚呼」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
「麗様は、胸はどうしていらっしゃるの?」
紫陽花が不思議そうに尋ねる。
「さらしを巻いております。それほど豊かではありませんので、大丈夫です」
麗様は紫陽花の胸にちらっと視線をやって口角を上げた。
トスッ
たったそれだけで、紫陽花の胸には何かが刺さったようで、自分の胸を両手で覆っている。あら、紫陽花の目が。♡_♡
「麗様。私にお茶を淹れていただけないかしら」
「承知いたしました」
皇太后様は、執事カフェ(?)のノリ。身分はこの帝国の全ての女性のトップだというのに、麗様には敬称づけ&敬語。しばらくの間、麗様がお茶を淹れる姿を堪能した。
皇太后様は、そこから1ヶ月間、東宮殿に滞在した。
翌々日からは、私は武術の稽古を再開。皇太后様は、なんと、弓を習得したいと言い、紫陽花と一緒に武官から習っていた。弓は、女性の服のままでもできるから。
皇太后様の気まぐれにつき合う紫陽花はさすが。
紫陽花が弓を引くとき、兵士達が豊かな胸をチラ見している。分かる。私でも目が行っちゃうもん。
本当は麗様に習いたいのではないかと思い、そのことを言うと、あっさり断られた。
「珊瑚、あなたはしっかりと武術を身につけなさい。麗様は、東宮が選んだあなたの師なのですよ」
「ええ、皇太后様。私達、麗様から手取り足取りなどされたら、身がもちません。ほほほ」
「ほほほ」
ということで、遠慮なく、武術の稽古に集中させていただきました。
1ヶ月の間に、皇太后に連れられて街での演奏会や船遊び、温泉など遊び倒した。
まだ子供がいないことなど、全く言われない。紫陽花曰く。
「今回は珊瑚がいるからラッキーだわ。子作りの話が出ないの。子供の前で話せないわよねー」
「センシティブな問題ですし」
よかったよかった。夜伽を避け続けている私にとって好都合。
そーだよ。世間一般的には、私って子供なんだから!
「温泉で珊瑚を見た皇太后様、目をぱちぱちさせていらっしゃたわ。いろいろとつるつるよね」
「これからなんです」
温泉では、侍女達から離れていた。
だからなのか、それとも、衣と一緒に心の鎧を脱ぎ捨てたのか、皇太后様はシリアス気味だった。
「東宮は皇后に似てよかったのです。私が多くの娘の中から秀女選抜で皇后を選んだのは、聡明だったから。皇帝は小さなころから、素直で明るくて人懐っこい子供でした。ですが、思慮深さに欠けています。皇后はそれを補ってくれる。そう思っていました」
「いえ、素晴らしい皇帝であらせられます」
と紫陽花がフォローする。
「いいのですよ。気を遣わなくても。私は、皇帝を後宮で守ることに必死で、帝国を治めるに足る人間に育てることまで力が及びませんでした」
「そんな」
「とんでもありません」
「ごめんなさいね。歳をとると、つい弱音を吐いてしまうものなのです。気丈に振る舞うエネルギーがなくなってしまって」
「「… …」」
「美しく聡明な皇后がいるというのに、次々に多くの妃を迎えて。それも大切なことかもしれませんが、政治を疎かにするほどとは。分かっているのです。もう、あの子は政治の内容が細部まで理解できないのでしょう。だから政治から距離を置いた」
明るくて、ずっと笑いっぱなしだった皇太后様が語った母親としての本音。
私には、否定することも肯定することもできなかった。
「そのようなお心だったとは……」
紫陽花も言葉を紡げないでいる。
政治を放棄した国のトップが、東宮を廃して末子継承によるトップ延命をしようとしているーーーそのことは、語られなかった。
それでも、なぜ皇太后様が皇帝の思惑に反対なのかは伝わってきた。
頭脳集団の官僚達は、複雑怪奇な政治システムを作り上げていると聞く。そう聞いても、英才教育を受けてきた大人、皇帝が理解できないほどなのだろうか。
政治って、そんなに難いの?
科挙の学問どころか、淑女教育すら未完の私は、到底理解できないと思う。うーん。そうすると、黒い談義ができないまま大人になって、歳を取っちゃうってことなんだよね。いーんだっけ、それで。
開国派とか鎖国派とかも争うほど重要ってことが分かんない。
塩の利権も、なんだかお金の臭いがするなってくらいで、具体的にはよく分かんない。
後で、紫陽花やNo.15に聞こう。




