いーな星、羨ましい
「星輝! 会いたかったぁ」
東宮が視察に出かけて3ヶ月後くらいに星輝がたくさんの荷車と共にやってきた。汗で髪も服も体に張り付き、長旅のせいか靴底は擦り切れていた。
驚いたのは、星が星輝を覚えていたこと。
「わんわん」
子狼はほぼ子犬。鳴き声も一緒。+遠吠え。
「ご無沙汰しております。珊瑚様」
挨拶しながらも、星輝の目は足元の子狼に注がれてる。分かるの?
星輝はしゃがんで星の頭を撫でる。
気づいた。左耳の切り込みみたいな傷触ってる。
「よ! 星輝。ほら、こいつ、あのときの」
走ってきたNo.15が星を星輝の膝に乗せた。今の星は、普通の柴犬サイズ。
「こんなに大きくなったんだ。ありがと。よかったなー、お前」
「星って名前なの」
「え」
星輝に名前を言うと、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
少し会わなかっただけなのに、背が伸びてる。No.15と同じくらいだったのに。
「星輝って、背ぇ伸びた?」
「伸びました」
「前って皇子と同じくらいだったよね」
「はい」
「なのに……あ、れ? 今も同じくらい」
「オレも伸びてんの」
いつも会っているから気づかなかった。
「珊瑚様も背、伸びましたね」
「伸びてる」
そっかぁ、自分も伸びてるからNo.15が伸びてるの気づかなかったんだ。
離れた場所で、星輝の父親は、武官に荷物を引き渡している。武器? だよね。武器商人なんだから。
午後、私の庭に星輝とNo.15を招いてお茶をした。
最初にチャドクガの警告をしてくれたことのお礼を伝えた。
「もう今は大丈夫。そーゆーの、されないよ。文を出したかったんだけど、皇子にムリだって言われて」
「そうなんです。人に知られてはいけない仕事が多いので、どこにいるかはお伝えできません。だから文も」
それはおかしいと思う。
「だったら、仕事の話をしたい人は、どうやって連絡するの?」
「特別な方法があるのです」
星輝はそこまでしか教えてくれなかった。
「チャドクガよりもね、星のこと伝えたかったんの。心配してるだろーなって。この子ね、犬だと思われてるんだよ。東宮からプレゼントされたの。面白いでしょ? 子犬の飼い方を書いた紙までもらっちゃって。持ってくるね」
楽しくて、その紙を広げてみせた。
ご飯の肉の大きさや水の与え方、歯が生えるころ、そこら中を噛むこと、乳歯が大人の歯に変わるから歯が抜けても驚かなくていいこと、様々なことが挿絵つきで書かれている。
「へー。これ、異母兄の字じゃん。忙しいのに。そーいえば、前、お馬番が犬の育て方を東宮から訊かれたって言ってたっけ」
え、そーだったの? No.15から初めて聞かされる。
「珊瑚様は大切にされていますね」
そーゆー話をしたかったんじゃなくて、私は、ただ、星輝に、笑って、欲しくって。狼なのに、思いっきり「子犬の育て方」って書いてあるのを見せたかっただけ。
「お馬番がさ、もし子犬がいるなら自分が世話するって言ったんだって。そしたら、異母兄が、話を聞きたいだけだって。いかにも何か誤魔化してる感じで変だったらしー。ははは」
No.15の言葉に、星輝が微笑む。
ずきっ
心臓が何かに刺された。そんなふうに笑わないで。東宮と私はなんでもないから。私は東宮のこと、なんとも思ってないよ。
私の気持ちなんてお構いなしに、星輝とNo.15の会話は進んでいく。
「お馬番は、狼って気づいてるんじゃない? あの人、犬飼ってるじゃん。厩んとこで」
「異母兄の手前、気づいてても言えないだろ」
「そっか」
「な、遠吠えとかするんじゃね? 珊瑚」
名前を呼ばれ、改めて笑顔を貼り付ける。
「するよ。かわいーの。きゃおーんって感じ」
「星、遠吠えすんのか。いっちょまえ。ははは」
言いながら、星輝は星の顎を人差し指でつんつん突いた。
いーな、星。敬語なんて遣われないし、あんなに近くで笑いかけてもらえるし、触ってもらえる。
日に焼けて分厚い手。父や東宮とは違う。星輝の手は、力仕事をする使用人達と同じ手をしていた。
私についている侍女達は、星輝に目もくれない。No.15の友達って認識。
正室や他の側室達にとってはどうなんだろう。
星輝が来たということの意味に気づいているのだろうか。大量の武器がやってきたということを。
見せかけ300人の形だけの護衛をする兵士達は、実際には3000人規模の精鋭部隊。ここには、3000人の兵士が使う武器庫があるはず。一際大きな荷物があった。大砲かもしれない。
東宮は、公費以外の大金を動かしている。
父は、文がチェックされると言った。当然。
こんなゴツい秘密が眠ってるんだもん。
最初に聞いたときは、正室や側室の誰かが文をチェックしているのだと思った。違う。チェックしているのは東宮サイド。
星輝と星輝の父親は、しばらく都に滞在してから、また、どこかへ行くらしい。
「今、国境でいざこざがあるだけじゃないの? 忙しいの?」
疑問に思って聞いてみた。
「珊瑚様、平和なときにこそ備えが必要なのです。平和は豊かさの上にある。その豊かさは外から狙われています」
「おー、星輝。さっすが商売人。口、上手いなー」
No.15が茶化す。私は、星輝の言葉がストンと胸に落ちてきた。納得。
「じゃ、この帝国って、狙われてる?」
概ね平和。
「それは分かりません」
教えてくれない。星輝はきっと、いろんなことを知っている。
星輝が情報を持ってることは、ひょんなことから分かった。
「皇太后様がいらっしゃいました」
それを聞いたとき、さっと武術の稽古を止めて、即着替え。猛ダッシュ。稽古していた場から建物まで走るとき、自分の体が軽くなってることを実感した。侍女達はついてこれなかった。
そして、皇后様を丁寧にお出迎えサセテイタダキマシタ。
一応、挨拶の場には正室と側室が勢揃いした。けれど、さりげなく抜けていく。
「菊の植え替えを行なっております。皇后様、ごゆっくりなさってください。よろしければ、菊を見にいらしてください。美しいのですよ」
そんな感じ。
残ったのは、第4側室紫陽花と第5側室の私。予定通り。
皇太后様はコミ力お化けだった。基本笑いっぱなし。寵愛を独占し、後宮カーストのトップに立ったことに納得。圧倒的、陽。
「先日街で、後宮に毛皮や宝石を売りに来る商人に会いました。息子が大きくなっていて。頼もしくて。女の子にモテそうなの。こちらにも来るのでは?」
皇后様は閉じた扇子で紫陽花を指す。
「見かけました。第15皇子のご友人のようです。ね、珊瑚」
「はい」
「彼らは、海沿いで、視察中の東宮に会ったようね。使っていた荷車に、東宮殿の番号がついていました」
やっぱり星輝は、情報を持っている。
東宮殿の荷車には、荷台に数字の焼印がある。以前、荷車を間違えて困ったことがあってつけられたものらしい。
荷車は、東宮と共に視察へ行った。それを使っているなら、星輝と星輝の父親は、きっと東宮に会った。何かある。
海沿い。
以前、No.15が東宮は塩の利権を欲しがっていたと話していた。海沿いでは、海水から塩を作っている。偶然? それとも、東宮は塩の利権を既に手に入れて、生産地の視察をしている?
「今、東宮は海沿いにいらっしゃるのですね」
そういえば、私は東宮の視察の内容を聞かされていない。
「珊瑚、東宮は今回、海の港をお調べになっているの」
紫陽花が教えてくれた。
「そうだったのですね」




