お手合わせ願います
両親から話を聞いた後、東宮の印象が変わった。気苦労の絶えないハゲ散らかしそうな人から、気の毒なハゲ散らかしそうな人へ。
「珊瑚、西洋の国では、挨拶でハグをするのだ。感情表現が自然だと思わないか?」
なにキモいこと言ってんだろ、このおっさん。
「どうでしょう」
西洋という言葉で思い出したのは星輝。どこで何をしているんだろう。森の中で狼の子供を拾うなんて。人に見つからないよう、森の中を通って武器を運んだのかもしれない。
そんな状況でも、星輝は星輝で。狼の子供を助けたんだね。
「半年も離れるのだから、その前にハグをしたいと思ったのだ」
父の言葉が頭の中で響いた。ーーー求められたら応じなさいーーー。その言葉を振り払う。
「では、……ご出立のご挨拶のときに」
正室、側室の全ての妻にハグするなら、応じるしかない。
庭で剣術の稽古をしているときだった。
「珊瑚様、軍の方が麗に用があるそうです」
東宮殿には小規模の軍がある。日々鍛錬をし、東宮殿の警備などを行なっている。
No.15は、この軍の練習に参加している。
兵士達の耳に、麗様の噂が入った模様。手合わせを行いたいと言う。
麗様は、剣を腰に差し、槍を片手に優雅に日傘を持つ。白い肌、中性的な体躯、男装、ずっしりと重そうな剣も槍も細身にはミスマッチ。+αの女性の日傘。
待ち構えていたのは、屈強な兵士達だった。
ぱたりと日傘を閉じ、太陽の眩しさに目を細めた麗様を見て、男達は口笛を吹いたりヤジを飛ばしたりした。
「この前、イキってたって?」
「仲間が世話んなった」
「きれーな兄ちゃんだな」
「玉ついてんのか?」
なんという言葉。麗様に向かって。
東宮殿の軍なら、ある程度の家柄出身のはず。恥を知りなさい! 男ばかりだと、ここまで乱れるものかしら。
で、麗様は男と思われている?
最初は剣での戦いだった。試合が始まって2秒足らず、相手の背後に回った麗様が、相手の喉元に刃を当てていた。
カンカン剣を叩き合わせて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりくるっと回ったりマトリックス的(?)にかわしたりってのを想像してた。全く違う。秒殺。
相手は自分の喉元の刃に目をやって、だらしなく持っていた剣を落とした。終了。
次は槍。これもあっという間に終わった。麗様は槍の柄の端で相手の鳩尾を突いた。前に倒れた相手の首横スレスレに、麗様は槍を突き立てた。
拳。イカツイ男が名乗り出た。圧倒的な体格差。
速い。技の空振りを繰り返す相手。麗様はまるで相手をおちょくっているかのよう。勝負あった。麗様の蹴りが男の鼻先に! 足は寸止めされていた。審判が試合終了を告げる。
すっごーい。
パチパチパチパチ
力一杯拍手。ブラボー。
兵士達が麗様を取り囲む。「すげー」「速ぇ」「負けた」「やるじゃん」と嬉しそうに麗様を讃えている。
そこで、麗様は一言。
「私は女だ」
男達は衝撃を受けて固まった。
「「「「女?!」」」」
私、こんなに強い人に習うんだ。頑張ろ。
あ、れ?
目の前には麗様を囲む人だかり。そのずっと向こうに、子狼がぽてぽてと歩いてる。No.15の袋から出てきちゃったみたい。
「犬が迷い込んでるぞ」
誰かが気づいた。
どーしよ。
No.15、どこ。あ、いた。全速力で子狼のもとへ走っていく。
「おお、かわいい」
No.15は初めて見る体で子狼を抱き上げようとする。不自然。
「触ってはなりません!」
それを、No.15の家臣らしき白髪混じりの男が遮った。
「……」
白髪混じりの男は兵士とは違う宮仕えの服装で、手には扇を持っている。
「噛みつかれたらどうなさるのですか。病気を持っているかもしれません。離れてください」
そこへ、庭を手入れする使用人がやってきた。
「申し訳ありません。いつの間に紛れ込んだのでしょう。お許しを」
地面に膝をついて職務怠慢を詫びる。
子狼は、No.15の目の前で連れ去られてしまった。子狼は、きゃおーーん くぉーーんと切ない鳴き声を残した。
切ない目をしていたのはNo.15も。泣きそうな目。よしよしと慰めたくなるほど。
大丈夫、あんなに可愛い子だもん。きっと誰かが育ててくれるよ。
稽古場では、次の手合わせが始まっていた。
「珊瑚様、ここにある道具、使ってもいいそうです」
麗様は、私に様々な道具を見せてくれた。練習用の木製の剣や槍。それらには色々な重さの物がある。拳術のときに相手に見立てる人形まで。もちろん、真剣もあった。
「いっぱい」
見ていると、目の前に木製の剣が1本差し出された。
「これをお借りしましょう。1番軽いものです」
そう言われて、手に取る。
そして、片隅での稽古が始まった。
なんか。公開処刑なんですけど。あまりに自分の動きがぎこちなさ過ぎて恥ずい。下手なのは当たり前と開き直っても、心の中で笑われているかも、と思ってしまう。基本、マイナス思考。
「はっ、はっ、えいっ、えいっ」
一生懸命、木製の剣を振った。
多くの人は、自分が教えられたように教える。麗様が黙々と武術を身につけてきたことが窺える。頑張ろう。
兵士達の稽古の終了と共に、私の稽古も終了。くたくた。体のあちこちが痛い。
「珊瑚様、頑張りましたね」
「皆さんよりずっと下手くそなので、恥ずかしいのですが」
「あの者達の大半は、小さなころから武術を習ってきています。しかも、大勢いるので順番待ちの間に休憩できます。珊瑚様は、私と1:1。初心者なのに休憩なしで、大変だったと思います」
えええーーっ。休憩したかったんだよー。
「大変でした」
「明日に備えて、体を休めてください」
明日も。……。頑張るしかない。これで明日休んだら、兵士達に笑われる。なにより、麗様にがっかりされたくない。
部屋で体を休めていると、東宮が訪れた。それはやっぱり夕食前。
痛い体に鞭打って起き上がり、出迎える。
「今日、武術の稽古を頑張っていたと聞いた」
「下手くそ過ぎて、恥ずかしいです」
「最初から出来る者などいない」
「っ」
「ははは。どこか痛いのか?」
「体中です」
「腕は? 明日の朝、弓を引けそうか?」
言われて気づく。
「腕は痛くありません」
確認のために両腕を曲げたり伸ばしたりしてみた。痛くない。トレーニングと弓の稽古のせいかもしれない。痛いのは、脚、脇腹、背中。特に、脚。痛いし、だっる。
「マッサージしようか」
「まっさーじ?」
東宮は、私を長イスに座らせ、両脚とも座面に載せた。そして。私の左膝下辺りに両手を伸ばし、そこで固まる。
「……」
「?」
「失礼。異母弟達とは違うな」
「?」
「足首だけ回そう。よいか?」
丁寧に、靴を脱がされる。
「じ、じぶんで、します」
あ、もう、両方とも脱がされちゃった。
「脚の上の方は、侍女にマッサージしてもらいなさい」
言いながら、東宮は私の足を、足首中心にゆっくりと回した。
「……」
「細い足だ。もっと食べて。早く大人になって」
「はぃ」
「……はは」
「……」
「……」
大きな手。
東宮の手にすっぽり包まれた足を、ぼーっと眺めているうちに眠ってしまった。




