ちゃっかり末子継承
「よ」
武術の稽古の最中、No.15が来た。
麗様は、さっと稽古を中断して頭を低くした。初対面のNo.15が何者か知らないはず。それでも身分が高いことは一目で分かるからだろう。
「皇子。ごきげんよう。今、稽古の最中なの」
断っているのに、自己中皇子は空気を読まない。庭に入ってきて、懐の中からもこもこと動く大きな毛の塊を出した。
「珊瑚に見せてやろうと思ってさ」
「「かわいい!」」
毛の塊は子犬っぽい。全身から愛らしさを大放出。
私の隣で麗様も目をきらきらさせて見ている。いつもの凛々しさが抜けたでれでれの顔。眼福です。
毛の塊はぽてぽてと歩く。
「星輝が置いてったんだよ」
「星輝は?」
「またどっか行った」
行っちゃったんだ。会いたかったな。
星輝は森の中で狼の子供を拾った。
「え、狼なの?!」
「狼! ですか」
しかし、星輝は商売のために旅をする。なので、子狼はNo.15に託された。
No.15は、母と暮らしている後宮内の屋敷でこっそり子狼を飼っている。見つかる恐れがあるので、出かけるときは内緒で連れ歩く。
「珊瑚様、この子、左耳が切れてます」
麗様は子狼の左耳を触った。三角に切り込みを入れられたように耳に傷を負っている。
「あら、ホント。かわいそうに。痛かった? もう痛くない?」
幸い傷口は塞がっていた。No.15が手当したらしい。
「こいつ、甘えん坊なんだ。オレにくっついてくんの」
麗様と子狼をなでなでしていると、No.15が突然尋ねた。
「君、宦官?」
ひぇ〜。麗様に向かってなんてことを。
「いえ、違いませす。女です」
「そっか。イケメンだね。なんか、独特の雰囲気。武官や町役人の家の者とも違う。強そうだな」
「ありがとうございます」
意外に鋭いNo.15。
「珊瑚を鍛えてやってよ。毛虫ぐらいで泣かないように」
「ちょっ」
泣いたのは、毛虫のせいじゃないから! 優しい言葉に泣けただけ。
「毛虫ですか?」
「ここへ来てすぐ、あの梨の木から、私の上に大量の毛虫が降ってきたの。チャドクガ」
麗様は「チャドクガ?」と眉を顰める。
「それは、肌を醜くするために仕……」
「麗。ここでの会話は、すべて」
発言を止めた。私は小さな声で続けた。
「聞かれています。そこまでに」
勘のいい麗様は、私に何が起こったのかを察してくれた。
「そうですか。……。分かりました。強くなりましょう。体を鍛えると、不思議と心も強くなるのです」
「あ、それ分かる。オレもそう思う。な。お前も強くなれよ」
No.15は子狼に語りかけた。
「狼の子だもん。絶対強くなるよ」
何を言われているのか分かっていなさそうな子狼。小さな目。小目々をぱた……ぱた……とさせて眠そうにしている。かわいい。
No.15は子狼をそっと袋に入れ、武術の稽古に行った。
「珊瑚様、正直に言うと、深窓のご令嬢に武術を教えるなど、趣味程度で良いと思っていました。ですが、考えが変わりました。もっとハードに行きます」
「えっ」
今まででも、私にとってはかなりだったんだけど。
「1つ1つの動作の前に、おどおどするのをやめましょう」
「……はぃ」
「間違えても私しか見ていません。そんなに縮こまらないでください。大丈夫ですよ」
「……はぃ」
すでに、気が弱いことはバレバレな様子。
夕方には、もはやルーティン化した東宮の来訪。
おっさんに慣れてきた。
「早くに嫁いだから、珊瑚は淑女教育を終えていないと聞いた。続きをしたければ、こちらで教育係を探そう。珊瑚はどうしたいのだ?」
「はぃ」
「淑女教育は嫁ぐためのもの。なので、もう終わりにしてもよいが」
「……はぃ」
「武術の稽古もあって大変だろう。どうしようか?」
「………。はぃ」
会話中、私はあくびを連発。記憶はそこまで。
気づいたとき、私はベッドの中にいた。
翌朝、弓の稽古でお詫びをすると、「成長期は眠いのだ」と東宮に微笑まれた。
両親が来てくれた。
母は二胡を携えて。二胡は弓で弾く弦楽器。
部屋に入ると、母は侍女達に告げた。
「親として、娘に伝えなければならないことがあるのです。3人だけにしていただけないでしょうか」
侍女達は、「あー、なるほど、あのことね」みたいな顔で、みんなで目配せをして頷き合い、退室した。
これ、ぜったいに初夜をぶっちぎったことだよね。その後も夜伽ナシなんて言ったら、もっと怒られそう。
まあまあ広い部屋。テーブルを挟んで両親と向かい合った。
挨拶が終わり、いよいよ本題。父曰く。
「珊瑚、大人になった。私は嬉しく思う」
いえいえ、大人への階段は登っていません。杏からの報告でご存じでしょう。
「ありがとうございます」
「珊瑚から母への文を読んだのだ」
そこで父は、母に目配せをする。母は布に包んであった二胡を取り出し、弾き始めた。
「母君?」
母が二胡を弾く横で、父は声を落とす。
「皇后様、皇太后様の話をしよう。これは杏にも話してはならない。話せるとすれば、東宮だろう」
「お聞かせください」
「皇帝は、東宮の排除を考えている」
「え」
いきなりの言葉に面食らう。
「長く権力を持つため、1番下の子供に皇帝の座を譲る制度に変えようとなさっているのだ」
奇想天外すぎる。
東宮は政治的な改革を考えていて、政治から距離を置く皇帝とは相容れない。今や、皇帝にとって東宮は目の上のたんこぶ。
皇帝は、東宮という、次期皇帝の準備期間的制度を廃止しようとしている。同時に、後継を末子の男子にする、末子継承型に制度変更。そして、引退した後も幼い皇帝を操って甘い汁を吸おうという魂胆だとか。
なんて汚い。権力ジジイの成れの果て。
「驚きました。私をそのような人間のもとに送らず、守ってくださったことに感謝します」
マジで感謝。現在皇帝は50歳。もしも私が後宮に入って男子を産んでしまったら、高確率で息子は次期皇帝候補。毎日、親子で命を狙われる。
母は、激しく二胡を引き続けた。
そんな母を気遣って、父はできる限り小さな声で話す。
「皇后様は息子の東宮を皇帝にしたい。皇太后様は、現皇帝の権力欲を危険だと考えておられる」
「皇太后様が?」
「ご自分の息子のことを『良くも悪くも普通の人間』と評されているのだ」
皇太后様は、息子が一般の善良な民であればよかったと嘆いている。皇帝にするまで、口に出せない苦労をなさっただろうに。
「分かりました。お伝えくださり、ありがとうございます」
「文に記すと、読まれてしまう。なので、直接出向いたのだ」
文の内容までチェックされているなんて。
「ありがとうございます」
ぱちぱちぱちぱち
演奏が終わり、父と私は母に拍手を送った。
「どうだ、久しぶりに聴いた感想は。珊瑚の母君は誠に二胡の名手であろう」
「母君、素晴らしいです」
二胡の音が止んだ静寂の空間に、親子の会話が穏やかに響く。
「ありがとう、珊瑚。辛いこともあるでしょうけれど、周りの皆さんに教えていただきながら頑張ってね。あなたなら、きっと楽しく過ごせるでしょう」
「はい、母君」
衝撃の事実を聞かされて、もはや、夜伽のことなんてどーでもよくなる。
「珊瑚。杏から報告があったぞ。まだ子供なのは分かっている。しかし、求められたら応じなさい」
「……はぃ」
父親から言われるなんて。勘弁。
これ、絶対に侍女達に聞かれてる。正室、側室全員に秒で伝わるわ。




